拝啓 僕の天使

半チャーハン

拝啓 僕の天使

『10月9日 拝啓 僕の天使 

 今日、初めて君の髪の匂いを嗅いだ。きっかけはちょっとした事故だったけど、とても嬉しかったよ。初めて嗅ぐのに、どこか懐かしい匂いだった。おばあちゃん家の畳の匂いを思い出したよ。あ、君が老けてるって言いたいわけじゃないんだ。それほど落ち着く匂いだってことだ。本当に合う人は、一緒にいると眠くなるっていうじゃん。僕たちとってもお似合いなんじゃないかな?』


『10月12日 拝啓 僕の天使

 今日は一段と君の笑顔に癒された日だった。やっぱ疲れたときはチョコだよね。そう言って僕が差し出したチョコを、君は春の日の優しい太陽みたいなとびっきりの笑顔で受け取ってくれた。そのとき指先が少し触れちゃったんだけど、あれにドキドキしたのは僕だけ? 君は男に触れることなんて慣れっこなのかもしれないけど、でも、僕はあの感触を忘れられない。小さくて白くてスベスベで、思いっ切り泡立てたクリームみたいだって思ったよ』


『10月13日 拝啓 僕の天使

 今日、思いがけないところで会ったね。とてもびっくりしちゃった。ランドセルを背負っていない君は新鮮だったよ。でも、君が最初気づいてくれなかったのは悲しかったな。あんなに近くにいたんだから、君から声をかけてくれたって良かったじゃない。……いや、ごめん文句ばっかり言って。嫌な男だよな。でも、それくらい君のこと好きなんだ。許してくれ。きっと、君はとってもシャイだから話しかけられなかったんだろう。今日はもう寝るよ。おやすみ』


『10月19日 拝啓 僕の天使

 今朝一緒に歩いていた男は誰だい? あんなのただのクソガキじゃないか。ひどいじゃないか。僕を裏切るなんて。君は素知らぬ顔をしていたけど、僕の気持ちを考えたことはあるのか!? そうだ、君はあの男に騙されているんだ、ああ、とてもむしゃくしゃする。めちゃくちゃにモノを壊したい気分だ。だけどそれは紳士的ではないよな。酒でも飲んで忘れてやるよ』

 

『10月20日 拝啓 僕の天使 

 今日も君はあの男と歩いていたね。それも二人っきりで! 僕は迷わず声をかけた。当たり前じゃないか。なのに男は防犯ブザーを鳴らしやがったんだ。おかしいだろ。なんでなんだ。ババアたちがうじゃうじゃ集まってきたから、俺は急いで逃げたよ。正義のヒーローが悪者扱いされたらたまらないからね。大丈夫、僕が絶対に君を救ってあげるよ』


『10月22日 拝啓 僕の天使

 にゃんにゃん。今日はネコの日だね。先月、君は日付に2が重なっただけで訳もなく喜んで、僕に無邪気な笑顔をくれたのに。「ネコの日」っていうのを教えてくれたのも君じゃないか。なんで今月はダメなんだ。もしかしたらハロウィンのある月だからダメなのか。そうか、そういうことか。きっとせっかくの可愛いネコも化け猫になってしまうんだ』

 

『10月30日 拝啓 僕の天使

 今日は、特別な日になったね。なんの日だろう? ハロウィーン前夜かな。とか無粋なことを言う奴らは僕が蹴散らしてやる。そう、今日は君と僕が一つになった日だ。ああ、思い出すだけで心が満たされる。君の涙は真珠にも劣らない美しさだったよ。雪原に眠る花の蕾が露わになったとき、あの興奮を、僕は二度と忘れないだろう。君の身体は白いのに、皮膚の内側からはあんなに真っ赤な液体が溢れるんだ。人間って不思議だなって思った。でも、当然なのかもしれない。人間だって動物だろ。生き物は皆平等なんだ。だから、君のことは自然に還してあげたよ。幸せに過ごしてね』


 10月31日、拝啓、僕の天使。どうやら僕、もうすぐ死んでしまうみたい。トラックが急に突っ込んできてさ、避けるひまもなったよ。


 死ぬの自体はそんなに怖くないんだけど、やっぱり君の近くで最期を迎えられなかったのは残念だな。


 でも安心して。きっと生きてたときより近くで、幸せに過ごせる。なんの邪魔も入らないんだ。


 ああ、安心したら、意識が朦朧としてきたよ。光がチラチラしてるね。うっすらと見える人型のモノは、天使かな、羽が生えてる。


 あれ、うそ、君じゃないか。ああ、君に迎えられるなんて、本当の天使に導かれるなんて、僕はなんて幸せなんだ。……なんだか怖い顔をしているね。どうしたの? 


 何か嫌な顔なことがあったの? 僕で良かったらいくらでも話を聞くからね。


 とりあえず今は、僕を連れ去ってくれ。


「ぼ、くの、てん、し……」


 視界が真っ暗になった。

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