私の愛弟子

瑠栄

師との別れ

『ま、ほぼ勝ったみたいなもんですね、私が 』


 私の小さな一番弟子が、意地を張ってそう言った。


 膝は擦り剝け、腕も所々怪我をしているのに、この意地だけはどうにも曲がらん性格らしい。


『フハハハハ!!やってみろ』


『あれれ、そんな調子こいてると、痛い目見ますよ???』


『だったら、私も…!!!』


 大人気なくもやる気を出している私を見て、弟子はフッと笑った。


『生きる活力の90%ぐらい、師匠倒しになってる気がする…』


『なんか怖い弟子いる』


『まぁ、半分冗談はさておき、倒しはしますよ??? あなたは私が。尊敬の念があるからこそ、倒してやる』


 そう言っていた弟子の顔は、期待と希望に満ち溢れていた。


 そしてその言葉通り、尊敬の意思が宿る目を私に向け、明るく笑っていた。



* * *



 ある夜、あの私達がよく剣を交えていた森で。


 私は血を流しながらも倒れ、その近くには両手を力なく下ろした弟子がいた。


 浅い呼吸をしながらも、私は震える手を伸ばし、弟子の昔より遥かに逞しくなった手を包み込んだ。


 もう、出会った時の立つ気力もなかった幼子とは違う。


「立派になったのね……。あなたなら、やってくれると思ってたの。もう1人で立てるわね。いきなさい、がんばって、ね」


「はい、師匠…。あなたからは沢山のことを教わりました…」


 月が2人を照らし、師の状態がはっきりと見える。


 ――助かる見込みのないと嫌でもわかる、その身体が。


 思わず、弟子の喉がヒュッと鳴った。


 そして、両手を私の冷たくなる手の下でギュッと握った。


「師匠…。貴方を超えたいと長年願っていたはずが、叶った途端に感じる、この虚しさは一体何でしょう……っ」


 少しずつ涙声になり、しばしの間、弟子の嗚咽が夜の森に響いた。


 死期を悟った私は、最期に弟子への試練を与えた。


「いいのよ、それで。いきなさい……もっと、高みへ……」


 その言葉に、弟子は鼻をすすりつつも涙を拭い、あの時と同じ尊敬の目で私を見据えた。


 その先にある、未来さえも視ているような意志の強い瞳で。


「忘れません。あなたのことは絶対…」


 その言葉を聞き、私は力なく微笑みながらも弟子から手を離した。


「ありがとう……さようなら……」


 私の言葉の意味を受け取ったのか、弟子は何も言わずに立ち上がった。


 弟子が私から離れていく足音を聞きながら、私は安らかに目を閉じた。


「今まで……がんばったね……」


 少しずつ冷たくなる顔は、暖かく微笑んでいた――――



* * *



 師匠は、私から手を離して笑いながらも"さようなら"を口にした。


 あなたの最期まで見守りたかった私に、"過去師匠であるわたしではなく未来自分であるあなたを見ろ"という試練を与えて…。


「最期まで、弟子に厳しい方だ…。この悲しさは、なんだ。涙が止まらない……」


 ああ、師匠。


 私は、貴方の最期であり私の最後である試練を、超えられましたか。


 私は――――、貴方の自慢の一番弟子でしたか。






 ――――――その顔には、弟子のまだ幼いけれど確実に成長した人間としての涙が、雨のように降り注いでいた

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私の愛弟子 瑠栄 @kafecocoa

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