第3話 裂界獣
「静かにね」
逃げた先に偶然
……いや、本当ならこういうのって男である俺が率先してやるものだと思うのだけど……生憎と、俺にはハードルが高すぎるもののようだ。
「にしても、驚いた。あれが裂界に巣くうと噂の
あははと笑いながら言うその様は、あまり恐怖心を感じさせない。
それが意図して隠しているからなのか、それともただの雑談程度に言った言葉であってそこまで深く思ってはいないのかは分からない。
「……凄いな、日葵ちゃんは」
そんな彼女の様子を見ていると、自然と口から言葉が漏れ始める。
こんな生きるか死ぬかの状況だからだろうか。
体育座りをしながら、昔を思い返してしまったのは。
「え?何が?」
「いつもこうやって俺を導いてくれてさ。昔だって、俺の両親が裂界獣に殺されて……立ち直れなかった俺を立ち直らせてくれたし」
……俺の両親の訃報を知った時、怒りなんて感情は一切湧かなかった。
その代わりにあの時、俺の感情を支配したのは――どうしようもない悲しみと絶望。
そして知ったのは……理不尽な現実だった。
両親の優しい笑顔、一緒に過ごす時間、些細な喧嘩。
それらがもう二度と、体験できないという現実を知った俺は、内向的な性格に自然となってしまった。
誰かと関わりたいとも、行動したいとも、外に出ようとも何も思わず。
ただ元の家と近所だからという理由で住まわせてもらっていた母方のばあちゃん家の中で過ごす毎日。
そんな俺を変えてくれたのが、日葵ちゃんだった。
「こう見えて、感謝してるんだよ。本当」
「…………違う」
俺のその言葉に日葵ちゃんは一言否定の言葉を述べ、そして――目じりに涙を溜め、口を開く。
「私が喉が渇いたとか言って、公園に寄り道しちゃったから……だから、こんな状況になっちゃったんでしょ?だから、私が無理にでも先頭に立って導かないといけないじゃん」
「……え」
その時。
先程の化け物が、俺達が隠れている岩の上から顔を覗かせるように、這って出てくると――その拳を握った黒い腕が、日葵ちゃんを一直線に目掛け伸びた。
「危ない!!」
自然と、体が動いていた。
不甲斐ないとばかり思っていた俺も、こういった状況では後先考えなければ動けるのだと――そう思いながら、俺は日葵ちゃんの体を押し飛ばし、身代わりとなる。
「ガッ、――――!!」
背中にもろに拳を食らい、吹っ飛ぶ。
それと同時に、普通に生きていればまず聞きなれない骨が砕けるような音が耳をつんざいた。
地面に着地し、5度転がりうつ伏せの状態で回転が止まる。
「まなとッッッ!!」
霞む意識の中、日葵ちゃんが俺の名前を呼ぶ声だけが聞こえて来た。
“叫ぶな、逃げろ”
“頼む、俺を置いて逃げてくれ”
それらの言葉を投げかけたいのに、口が思うように開かない。
「ぐ、うぅ」
止めどなく涙が溢れ始める。
どうして、どうして俺には力が無いんだと、この理不尽な現実を恨む。
頼む、誰でもいい。
俺からもう……奪わないでくれよ…………。
『ならば、奪われる前に殺せばいいだろう』
刹那、どこからともなく聞こえてきたのは――。
『実に簡単な話さ』
どこか無邪気さを感じさせる、少女の声だった。
最強の悪魔と契約すれば、モブでも世界を変える事は出来ますか? @Nier_o
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