赦しの光─apocalypse─

遊月奈喩多

Ask,and it shall be given you.

 世界を魅了したトップアイドル、星川ほしかわセイナが11歳の若さで命を落とした。彼女が自ら作った楽曲は世界中に狂信者を作り、バラエティ番組に出れば毎回数万人が過呼吸に陥った。ドラマで演技をすればまた数万人が架空の世界に心を置き去り、ライブをすれば各国の首脳陣がその機能を停止させてまでも参加を躊躇わなかった。

 ライブチケットを巡って町ひとつが滅ぶ争いが起こり、転売されたチケットには国が傾くほどの額が設定されるというのもザラ。様々なトラブルの対策として、世界で初めてライブチケットと購入者のDNAを紐付けて、会場で照合する仕組みが実用化された。

 そんな星川セイナの死は、かの『黒い日曜日』を上回るほどの自殺者を世界中で生み出した。中にはそれで国民のいなくなった国もあるというほど。


 今日は、収録アルバムの発売を待つばかりだった彼女の遺作の発表、そしてその追悼を兼ねた番組が放送されていた。

 それまで何の情報も解禁されていなかった、誰もが予想していなかった新曲の存在に世界中が浮き立ち、日本のみならず世界中のテレビ局が星空セイナの番組を放送した。

 争っていた国々は停戦し、十三階段を昇った囚人たちは恩赦として死刑の執行が停止された。マフィアの抗争もこの日は止まり、密輸組織もこの日ばかりは団欒をした。長距離トラックの運転手たちもサービスエリアに集まり、敬虔な信仰者たちも祈りを忘れた。

 これはその日放送された、数多くの番組の中のひとつ。日本国内の視聴率100%を誇ることとなる番組の一幕。

 セイナの経歴を軽く振り返った後の街頭インタビューは、彼女を悼む声ばかりだった。


「俺っちはガキの目ン玉くりくだけが生き甲斐のつまんねぇ男だがよ、セイナちゃんの『愛sight』はそんな俺にも生きてていいって、ガキの目ン玉くり貫くなら、いっそ集めたらいいだろうって導いてくれたんだ。それからはもう、生活に弾みが出てよぉ……」(53歳男性・市議会議員)


「私は教え子の声が好きで。前に教室ごと蒸し焼きにしたときはいい声聞けたわ。けど、それ以来刺激不足でね……。デビュー曲の『はじめて』で初めて、生きている人間の声で心が弾んだの! いつかあの子の喉をこの手で潰すって……それが生きる望みだったのにねぇ……」(59歳女性・小学校教諭)


「嬰児の臓器って見たことありますか? 外界のものを摂取する前の、まだ真っさらな小腸、肝臓、胃袋、心臓……。どれもが生への希望に満ちていてねぇ。セイナちゃんの『鼓動音はあと』もまた、それを感じさせました。嬰児の心臓でしゃぶしゃぶ作るときのいいBGMだったのになぁ」(29歳無性・産婦人科医)


「ご主人様に言われて何人も殺してきたけど、去年『カワイイ☆ぎゃらくSee』で目が覚めたんだ。この歌だったら、人を殺さなくても国のひとつやふたつ引っくり返せたって。この子の歌こそが本当に信じるべきものだって。この子以外に信じるものなんてこの世界にはない……なかったんだよ」(13歳両性・フリーター)


「こないだ盗みに入った先でセイナのブロマイド見つけちゃって! もう報酬なんていらなくなりましたよね、これだけあればどこでも生きていけますし。今じゃ闇バイトとかそーゆー怪しい案件じゃなくて、自主的にブロマイド探しに明け暮れてますよ(笑) あなた持ってます?」(21歳人間・消防隊員)


「ねぇ聞いて! 家族と町内会の気に入らないやつらをすり鉢で潰したら、セイナちゃんがうちの町にロケで来てくれたの! やっぱり願えば叶うんだね。セイナちゃんはね、わたしに諦めない気持ちを教えてくれたんだよ! また来てほしいなぁ~、次は誰を潰そうかなぁ?」(6歳有性・幼稚園児)


「セイナちゃんの歌を知るまでは、ただ目につく選手の頭をカチ割るしかできませんでした。けど、『brilliant fearness』を聴いてから相手を選べるようになったんです。あの子を知らなければ、きっと僕は試合のたびに必要以上に人口を減らしていました、感謝してもしきれません」(72歳男性・野球選手)


「セイナちゃんを語るなら『YouDaユダ』は欠かせませんな。あの曲はパッと聴くと普通のメロデスですが、ポップさやキュートさ、そして彼女の我々への愛が込められているのがわかるはずですよ。『葡萄の枝』もシンプルな演歌ながら、……(以下、数日にわたる)」(105歳中性・催眠術師)


「双子を繋げ合わせる手術に飽きたときに『こねくと♡これくと』を聴いて、迷いが晴れましたよ。そのお陰で、最近やっと生きた状態で手術を終えられまして。まさか青色ダイオードが関係してたなんてなぁ。いつかあの子も、うちの娘と身体を繋げてみたかったですよ」(36歳女性・小児科医)


「セイナちゃんのお蔭でアイドルになりたいっていう子がそこら辺で増えたじゃないですか。そういう子たちがたまたまあの社長と同じ名前の僕を訪ねてくれるようになりましてねぇ。ふへへ、今ならあの社長の気持ちがわかりますよ! YOU、脚開いちゃいなよ!ってね!」(92歳男性・ジァニィ)


 その他、世界中からセイナへの感謝を述べるインタビューが続いたあと、とうとう番組も終盤。

 セイナの遺した新曲が発表された。


 『赦しの光』


 それは、セイナを喪って悲憤の中にある世界を照らす、タイトル通り「光」と呼ぶべき楽曲だった。セイナは生前、前代未聞とまで言われた容姿はもちろんのこと、可憐さの中に力強さも併せ持つボーカルが話題だったが、この歌では全てを包む優しさをも声に宿して。

 誰もが、セイナを悼み、偲び、黙祷を捧げて。


 この世界から、罪人が残らず消えた。

 『罪』という概念と共に。


 この世界で、誰が罪を犯さず生きられようか。

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