かけがえのない

りつか

かけがえのない

「流れ星に何を願いたいの」


 しんと冷えた静かな帰路。星が点々と瞬く空をひとすじの光が切り裂いた。住宅街の真ん中であたしたちは白い息と感嘆の声をあげた。そう、そこまではよかった。

 流れ星に三回願うと夢が叶う──そんな迷信をかたくなに信じる良太リョウタは流れ星探しに目の色を変えた。暗い夜道できょろきょろと空を見上げ、何度もあたしにぶつかり何かに蹴躓けつまずき……とうとう足を止めることになった。


 そこで冒頭の台詞である。

 仁王立ちに睨みつければ彼は「ごめんごめん」と全く悪びれることなく口角を上げた。


「あんなに大きな流れ星初めて見たからさ、また流れないかなと思って」

「そんなに大きな流れ星でなくちゃ叶えられない夢なわけ?」

「そういうんじゃないんだ。アンと一緒ならもう一回見られそうっていうか、奇跡が起こりそうっていうか?」

「何言ってんの?」


 あたしは半眼を閉じる。

 今日みたいに一緒に出かけたり、一人暮らしをする彼のためにご飯を作ってあげたりもする。だけど決定的な言葉を貰ったことはない。

 友だち以上恋人未満、今のあたしたちの関係はまさにそれだ。

 そんな良太はたまに──いや、いつもかもしれないけれど──理解が及ばないことを言うので困る。地味に困る。できる限り寄り添いたい気持ちはあるものの良太をわかろうとするのはかなりの至難だ。

 向こうはこちらの懐にするりと入ってくるのに。

 どんなに不機嫌な顔を向けようが思い切り雷を落とそうが、良太の態度が変わることはなかった。時に嬉しそうな顔さえするからあたしの頭の中は疑問符で埋め尽くされていく。




 どう思っているんだろう。

 怒りっぽくて、思ったことはそのまま口にしてしまうあたしを不快に感じたりしないんだろうか。




 いつの間にか心の奥に居着いてしまった彼を追い出せるわけはなく。かといって本心を問いただせるはずもなく。

 だからこの時もあたしはツンとあごを上げただけ。


「調子いいことばっかり言ってるんじゃないの」

「嘘じゃないって。杏の隣にいると全てがいい方向に転がっていく気がするんだよね。だから大きな流れ星はきっと見られるし願いも叶う。明日は雲ひとつないお天気で、おやつはアップルパイ! 夜ご飯はすき焼きが食べたいな」

「……財布と要相談ね」

「タイムセールに期待しよう」


 なむなむと手を合わせた良太はへらりと相好そうごうを崩す。鼻を赤くしてまるで子どもだ。

 それでも彼の隣は心地好ここちよくてあったかくて、世界は限りなく優しいのだった。





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かけがえのない りつか @ritka

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