第6話 銀杏型かんざし




「君の名前は、五百枝いおえって言うの?」

「はい。俺の名前は、五百枝。犯罪者の子どもです」


 違うな。

 自らを五百枝と認めた少年が立つ取次よりも下の位置に在る三和土に千両下駄を履いて立ったまま、それでも少年よりも目線が高いかえでは、そう思ってしまい。

 閃いたと言ってもいいその直感を、咀嚼する事なく、少年に言ってしまった。

 五百枝じゃないでしょ。


「今、五百枝って認めたばかりですけど」

「うん。君は認めたけど、嘘でも、違っても、認める事はできるでしょ?」

「俺が五百枝だったら、犯罪者の子どもだったら困るから否定してるんですか?」

「困るけど。君が五百枝でも五百枝じゃなくても、困ってるけど。けどさあ。本当に困ってるなら、否定するんじゃなくて、君を追い出すだけの話。なんだけどさあ」


 カランコロン、と。

 楓は音を立てながら千両下駄を脱いで式台に上がりしゃがみ込むと、漸く目線が同じになった少年を見ながら首を傾げた。


「ねえ。何でさあ、僕。君を追い返さなかったのかなあ?」

「俺の願いを叶える為です」


 即断した少年に、楓はそうじゃないんだよなあとぼやいた。


「だって、僕、君を花にしてあげる事はできないもん。って、あらら。物騒だなあ」


 楓が花にできないと言った瞬間、何処に隠し持っていたのか、少年は深紅一色の銀杏型かんざしの二本足を楓の喉元に突き立てたのであった。


「さっさと俺を花にしろ」


 従順時間はとても短かったなあ。

 生命の危機的状況にもかかわらず、楓はのんびりと思ったのであった。











(2024.12.17)



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氷空に庵に花の流れ散るらん 藤泉都理 @fujitori

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