第7話 窮地からの逃走
囲まれているヘルサーペントの群れに向けて、大剣を振り回して牽制し、オルト伍長が大声で叫ぶ。
「ライア、俺だけに任せようとするな! レンと二人で援護しろ!」
「わかっていますよ。伍長はせっかちだな!」
ヘルサーペントから少し離れた場所で立ち止まったライアは、クルリと身を翻し、一本の曲剣を鞘に収めると、その手で胸元に張りつけてあった極小の円盤を引き千切り、水平に投げる。
その円盤は高速に回転しながら、凄い速さで空を切り、ヘルサーペントの首元で大爆発を起こした。
それに気を良くしたライアはニヤニヤと笑うと、鎧の極小の円盤を次々と剥ぎ取り、素早い動作で投擲する。
ヘルサーペントの群れに届いた円盤は連続で爆発を起こし、それに巻き込まれたヘルサーペントの何体かは体の一部を失って地面に倒れた。
ライアが扱っている円盤もまた魔道武器で、小型の手榴弾といったところだろう。
円盤が回転することで、内部の魔石がエネルギーを放出を開始して、着弾と共に爆発する仕組みだ。
オルト伍長とライアがいれば魔獣との一戦も楽勝かもな。
そんなことを考えていると、煙の向こうからオルト伍長の大声が聞こえてくる。
「まだ安心するのは早い! 新手が現れたぞ! レンもサッサと攻撃を始めろ!」
伍長の「新手」という言葉に反応して周囲の森に注意を向けると、樹々の隙間からボトムウルフが飛び出してきた。
こちらも群れで十数体。
ボトムウルフは一体だけであれば、苦労することもなく討伐できる魔獣だ。
しかし、ボトムウルフは群れで動いているので、囲まれれば地獄行きと言われているのだ。
そのボトムウルフがヘルサーペントの群れを避け、俺とライアの元へと殺到してくる。
それに恐怖に、俺は手に持っている剣銃のアクションバーをスライドさせて、咄嗟にトリガーを引いた
すると間近まで迫っていたボトムウルフの腹に大穴が開いて吹っ飛んでいく。
剣銃の威力に驚いていると、俺の周辺で爆発が起きて、その煙の中からライアが飛び出してきた。
そして俺の手を握ると強引に後方へと走り出す。
「ボヤボヤしてると死ぬぞ。 これだけの数の魔獣を相手にしてられない。砦まで撤退するよ」
「え? オルト伍長は?」
「伍長なら大丈夫だ。適当にヘルサーペントの相手を済ませたら、ボトムウルフを蹴散らして砦に戻ってくるさ。人のことを心配している暇があったら自分のことを守れる。足手まといにだけはならないでくれよ」
ライアの口調は軽いが表情は険しい。
彼も手一杯の状態で、俺を保護する余裕はないようだ。
後ろを振り返ると、ボトムウルフの群れが追いかけてきている。
砦を出てから軽く身体強化もしているのに、引き離すことができない。
俺は立ち止まり、狙いも定めずに剣銃から魔弾をぶっ放す。
すると瞬時にボトムウルフは散開し、一体も倒すことができなかった。
「そんな撃ち方で当たるはずないだろ! さっさと走れ!」
先を走るライアから叱責が飛ぶ。
俺達二人は、太い樹々の隙間を抜け、砦に向けて必死に森の中を駆け始める。
しかし横に視線を向けると並走するボトムウルフの姿が見える。
「ライア、ダメだ! 追いつかれた!」
「わかってる! これから迎撃する! 俺から絶対に離れるなよ!」
ライアは急激に体を止め反転して、周囲のボトムウルフに向けて小型円盤の投擲を開始した。
彼の傍まで走り着いた俺は、アクションバーを引いて、ボトムウルフに狙いを定めて、トリガーを引く。
一体のボトムウルフを吹き飛ばすことに成功したが、その横から別のボトムウルフが襲い掛かってきた。
「うわーーー!」
「任せろ!」
目の前を影が過ったと感じた瞬間、ライアが向かってくるボトムウルフを曲剣で切り裂いていた。
そして次々と襲い掛かってくるボトムウルフを、ライアは舞いを踊るように次々と両断していく。
その華麗な動きに見惚れる時間もなく、俺は向かってくるボトムウルフへ銃剣を発砲する。
瞬く間に弾倉の弾丸が底をついた。
魔道銃剣を扱ったのは今日が初めてだし、訓練もしていない。
そんな俺が、照準も定まらず撃ってるんだから、動きの速いボトムウルフが、そう簡単に当たるはずがない。
俺は慌てて銃剣に取り付けてある弾倉を投げ捨て、腰のフックに吊るしてある弾倉を銃剣にセットする。
しかし、それに数秒の時間を取られてしまい、無防備な隙を晒してしまった。
焦って周囲を見回すと、ボトムウルフが大きな口を開け、鋭い牙が、回避不能の所まで迫っている。
殺されると思った瞬間、俺の目の前にライアが腕が現れた。
ボトムウルフは俺を殺す代わりにライアの左手首と手甲を引き千切って、すぐ横を走り去って反転して身構える。
「いってーーーーー!」
ライアは失った手首を庇うように左腕を右腕で掴み、その場に崩れ落ちた。
俺は無我夢中で彼に近寄り、声をかける。
「大丈夫か! しっかりしろ!」
「僕のことはいいから、早く戦うんだ! 戦場では自分を守れ!」
「わかった! 少し待ってろよ! 必ず助ける!」
叫び声をあげて周囲に視線を送ると、既に三体のボトムウルフが襲い掛かってくる。
この距離では、一体を倒せたとしても残りの二体を撃退するのは無理だ。
そう思った瞬間、何かがカチリとハマる音が頭の中で聞こえ、一瞬にして世界の視え方が一変した。
襲い掛かってくるボトムウルフ、周囲の森の樹々、自分の体からも湧き出るオーラが視え、周囲の空気の中には、無数の光の粒子が視える。
訓練中にオーラが発現してから、意識を切り替えれば、人や動物のオーラを視ることができるようになった。
だが、周辺の物体から湧き出るオーラや、空気中の光の粒子なんて視えたことがない。
そして、それを察知した瞬間、頭の中にハッキリとした言葉のイメージが流れてきた。
精霊? 力? 何でもいいから助けてくれ!
心の中で叫ぶと、周囲の景色が元に戻り、三体のボトムウルフが間近に迫ってくる。
意識を外していた一瞬が致命的な隙となった。
もう助からないと目を伏せ、体を強張らせる。
しかし死は訪れず、「ギャン!」というボトムウルフの悲鳴が顔先で聞こえてきた。
その声に何が起きたのかと目を開けると、周囲の樹々や草から蔓が伸び、ボトムウルフの体にグルグルと巻き付いて、群れの動きを封じ込めている。
「うわーーー!」
後ろから悲鳴を聞きこえ振り返ると、自分の左腕を右腕で掴んで、ライアが驚愕の表情をしている。
その視線を追って、彼の腕を見ると、左腕の傷口がボコボコと動き、徐々に肉が増えて、手の形になっていく。
あっという間に元通りになった左手に驚いたライアは、目を見開いて俺に声をかける。
「これって、どうなってるだ?」
そんなの俺に質問されても、わかるはずねーだろ!
しかし俺達を助けてくれた何らかの力があることはわかる。
たぶん、あの光の粒子や、樹々のオーラと関係があるだろうけど、今は考えている時じゃない。
周囲で植物の蔓に絡まって地面に転がっているボトムウルフへ視線を向ける。
「早く、ボトムウルフを何とかしようぜ」
「そうだな。オルト伍長より遅くに砦に入ったら、また伍長に自慢されそうだからな」
ノロノロと立ち上がったライアは、ニッコリと微笑んだ。
この様子なら、左手首を失ったトラウマはなさそうだな。
ススメ第四小隊!~転生兵士の異世界戦場サバイバル~ 潮ノ海月 @uminokazuki
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