エピソードーN・Gー発狂の時
ハナビシトモエ
実家、害虫と害獣に苦しめられる。
小学生の時にねずみ取り機に引っ掛かった。
大したものでは無い、粘着性でねばねばさえ取ればよく、血が出るものではない。私はそれによく引っ掛かり、家の床をねばねばにして、母によく怒られた。
ねずみが出るということは食料がよく出るということだ。
そのころの実家はとてもひどくて、ネズミゴキブリだけではなく、穀物にわくゴマみたいな虫、ハエが発生しており、どこかで何かが常に生活を邪魔している状態であった。
母はなんとか穀物、特に玄米の近くに乾燥剤を置くも発生した物に関しては効果はなく。涙を流しながらどうしたらいいのかと絶望していた。今思えばその当時、家にはノートパソコンがあったので、パソコンに聞けばいいじゃないかとも思った。そこから二十年経った今、母はまだパソコンを使いこなしていない。
昆虫の専門家ではないので、その虫が何でどう駆除したらいいかなんて、もう過去の話であるので、今更調べるのも記憶をたどることは出来ないが、あの時の我が家は発狂状態であったといっても過言ではないだろう。
さて、ねずみの話に戻るが、ゴマみたいな虫を奴らは相手にしているわけではない。何か容易にタンパク質を取れるゴミである。私達はかなり気を遣ってもゴミ箱に袋が破られた痕跡があり、中には顔を突っ込んだねずみが現れることがあった。人間なめられっぱなしである。ゴキブリの姿も見たので、実家の食物連鎖カーストは上位は害獣害虫も入っていたとしか思ない。
さて、そんな生き物に無抵抗なままな人間であったわけではない。ねばねばのねずみとりを導入し、設置し三回に一回はゴキブリとねずみが引っかかった。二回は私が引っかかっていたので、床をねばねばにされた母は絶望していたことだろう。二十年経った今でもまるで発狂するがごとく怒られたことを覚えている。
引っかかった方の絶望も考えて欲しい。
ねずみは夜に天井裏で運動会。発狂した母が虫取り網を父に持たせ、天井裏に行って確保してこいと迫った件に関してはここまで書いた発狂とは比べられないくらいの発狂ぶりであることも確かだが、父は天井裏を開けて「この小ささでは上に入ることが出来ない」と、泣く泣く諦めたように見せた。
まだ私は小学生だったので、もしその体のまま高校生になっていれば、突入部隊に私が選ばれていただろう。もちろん高校生になって成長を見せたので、動員されることも無かった。
そしてその家に住み続け、最後の一日を迎えたところ当時を懐かしみチキンを床で食べていた。ねずみがいれば大喜びである。引っ越し作業は終わり、亡くなった父の遺影を挟んで日本酒を飲んでいた。
父は八海山が好きだった。ろくに日本酒を飲めぬ私と母は少し無理をしていたのかもしれない。
もう電気が来ていなかったので、私はあの虫に苦しめられたまだ水は出た暗い台所によろよろと手を洗いに行った。
何か踏んだ。
「おかん、踏んだ」
「何がよ」
「なんか固いやつ、多分ゴキブリ」
引っ越し作業は終わっていて、掃除機も向こうに持って行った後だ。ほうきとちりとりくらいしかない。さすがにぺちゃくちゃになり、様々なものが飛び出したゴキブリの四肢を片すのには役不足である。
「そんなん言われても困るわ。え? 何もないで、ティッシュしか。しゃあない、足上げて」
ゴキブリを踏んだ人なら分かるだろうか。潰れたゴキブリを見るまではゴキブリを踏んだとは確定しないのだ。
「嫌や」
「ほら、ほら」
そうは言っても母も腰が引けている。まさかここに来て最大のピンチを迎えるなんて誰が想像したか、私は足をそっと上げた。微かな光の中、何かは動かずに留まっている。
「死んでる?」
「死んでるな」
私の震え声に母は冷静に返した。中身をぶちまけることなく、ゴキブリは圧死していた。
「おかんティッシュ」
「そんな足で歩き回らんといて、ケンケンパでお風呂まで行って」
ケンケンパではパの時に床に足がつかないだろうか。パでは両足が地面につくのだ。背後で母が動く気配がしない。そしてワッと母は叫んだ。
「生きとる! 逃げた」
あまりの唐突さに母はのけぞり、床に頭をぶつけた。振り返り母を助けようとしたゴキブリを踏んだ足は母の腕を踏み、母はギャーと声をあげた。私の足はゴキブリを気絶させ、ゴキブリは自らは死んだと思った。
死んだふりならず、三途の川を渡る寸前だったのだろう。
ゴキブリ道に三途の川があるかは知らないけれど、今ではそう思うことにしている。
実家で起きたねずみ虫との戦いの日々は今となっては懐かしい。
昨日、共用廊下を大きなゴキブリが走っていった。
もう勘弁して欲しい。
エピソードーN・Gー発狂の時 ハナビシトモエ @sikasann
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