後編 痒みの円環
病室を出て最初の獲物は退院が決まったサラリーマンだった。
「痒いぃ〜〜!!痒ぴ〜〜!!」
突然の襲撃に、彼の命はその生命の意味を果たせぬまま、ばけものの痒みを紛らわせるために果たして使い捨てられた。
病院内の人間たちは生命力が弱くすぐに死んでしまい、ほとんど役に立たなかった。とうとう院内に生命がいなくなると私は2階の窓から飛び出し、街へ繰り出す。
窓から出ると、病院を取り囲むようにパトカーと警官がずらりと並んでいる。彼らは驚いた顔をしてこちらをみている。
私は高まり続ける痒みに我を失っていた!
体の全てが痒い。肩が、腹が、足が、腕が、脳みそが痒い!
肩甲骨の先端の痒みがどんどん鋭利になり、神経が尖り続ける。私は逆さまになって肩甲骨をガリガリとアスファルトに擦り付ける。肩甲骨は無限に尖り狂い、双肩よりねじれ曲がりたる禍々しいスカイツリーが生えたかのようだった。
それほどに私の痒覚は尖り優っていた。
身体中に無茶苦茶な力が入る。その結果、私の筋肉は断裂と超回復を繰り返し、もはや異形のマッチョメンへと変貌した
「きみ!きみぃーーーッ!!とまりなさい!とまりなさぃー!!」
「どうなってるんだ!あれは人間なのかァッ!?」
「発砲許可は下りないのかっ!!」
さらなる異形へと変貌する私を見て警官たちは騒然となる!すぐに応援に駆けつけた機動隊が、半包囲に陣形をとった。
しかし、その時には既に私の痒みは最終到着点(ファイナル・ディスティネーション)へと至っていた。私は機動隊の構えるライオットシールドを障子のように貫き、最精鋭たちを強襲した。
隊員たちはシールドを構えて、おしくらまんじゅうのように私に体当たりし、確保しようとした。抵抗も虚しく私は1人づつ隊員たちのシールドを貫き隊員たちの体内へ、ぶりぶりと四肢をねめ込んだ。恐怖のあまり泣き叫ぶ隊員たちに圧迫されながら、私は機動隊員の脳みそを痒み止めの軟膏のように塗りたくった。
5分もすると、その場にいたものたちは全て効果の切れた肉軟膏として地面にへばりついていた。
ダメだ、これでは足りないのだ。すぐに死んでしまっては、また痒みの地獄へ逆戻りだ。もっと、もっと生き汚い魂でなければ。醜悪で、残忍で、排水溝に粘りつく汚物よりも執念深く俗世にへばりつく寄生虫のような人間を!
すぐに死んではダメだ。なまなかなことでは生命を手放さぬ生体が必要だ。、誰よりも生き汚く、姑息で醜悪愚劣な、ゴキブリのような生命力を持った、鬼畜生の鼠公どもが……。
このようにして、私は濁流の如く蠢く一筋の痒みの巣となりて、街中を蹂躙した。
s県t市の人口は瞬く間に激減し、無辜の民の生命は、ほんの一瞬私の痒みを満足させるために消費された。私が街に放たれてから38時間後、警察では対処できない事態となり、自衛隊が出動することとなった。
彼らは一人一人がまさしく精鋭と言うべき見事な隊列で、手際よく廃墟となった市街地に陣取った。
「殺してくれえ!」
そう叫びながら自衛隊へ向かって行く。
「撃てェェーーー!!」
自衛隊による一斉掃射が始まった。雨あられのように銃弾が、ミサイルが飛んでくる。
しかし、もはや私にとってミサイルの爆炎は、一瞬痒みを落ち着かせるムヒでしかなかった。そして鉄の雨も痒みを紛らわせるためのもろこしシヘッドに過ぎなかった。
無慈悲なもろこしヘッドが私を襲う。しかし、その度に筋肉の再生を繰り返した私は小山ほどの大きさまで成長し、自衛隊員を呑み込んだ。
生命力の高い自衛隊員の肉体は長持ちし、私の痒みをしばし抑えてくれる。だがどんなに美味しい飴玉も舐め続けめば溶けて無くなるように、自衛隊員たちもすり潰され撤退していった。
こうしてとうとう越県した私はビソモペラソン菌類の思惑どおりに生命を喰らいくした。否、もはやこの恐ろしい虐殺は私自身の意思、いや、はるか昔からの切願であったかのようにすら思う。私自身が、人の本来持つ暴力性の、決して理性などではせき止められぬ肉体より出し憎悪と侵略の本能の濁流ではないか。
なるほど、これほどの恐ろしい細菌がこの世に蔓延っていないのは、このあまりの痒みのため、次なる宿主をころしてしまうからか……。いや、もしかすると古代のエジプトを治めた偉大なる王たちは皆この細菌にかかりながらもそれを抑え込み、力にするほどの器を持っていたのやもしれない。痒みという名の恐怖と絶望、そして私欲に屈さぬ気高き魂ッ!!
永遠のようにも感じる放浪の末、とうとう私はこの世で最も意地汚く、どこまでも執念深く弱者を踏みつけ生を求める個体の反応を見つけた。
そこは高級そうな一軒の料亭であり、正門からは私を押し留めようとするSPが数人出てきた。しかし、筋肉の断裂と超回復を繰り返し山のような大きさとなり、さらに凝縮し5メートルほどの痒みの玉となった私の肉体を止めることは不可能であった。鍛え抜かれたSPたちもまた、数秒ほどの痒み止めとなり死んでいった。
料亭の門を押し入り、目につく客を片っ端から平らげていく。そして、とうとう最も豪華な離れの個室に辿り着いた。
そこには限りなく醜悪な銀縁メガネをかけた男がフィリピン人の赤子の生き肝に吸い付いていた。手には白米の代わりに金箔が盛られた天目茶碗が握りしめられており、腹を捌かれた赤子は泣き叫び、その生き肝は薄口醤油で味付けされていた。KSDと書かれたタスキを両肩にX掛けしたその男は私が押し入るのにも気付かず、金箔を口一杯にかき込んだ。
また、その正面にいる額に翔と書かれた若い男は、中国人の女の肛門を舐めながら包茎の皮を盃のように広げ、その中にドンペリを注いでいた。
KSDはこちらに気がつき、あまりの異形に驚き、人骨から削り出された塗り箸を放り投げた。その塗り箸は部屋の隅にあるレコードのアームに当たった。
レコードの針が落ちる———
そしてミシェル・ポルナレフの『シェリーに口づけ』が流れだした。
私はお構いなしに、まずはKSDへと一直線に向かい、痒みのあまり無数の水疱ができ、泡だったようにすら見えるペニスを、その横皺が深く刻まれた額に突き刺した。おでこの骨は発泡スチロールのように陥没し、私のペニスは前頭葉をしたたかに掻き混ぜた!
勢いそのままに、私はキンタマを両目の眼窩に叩きつけた!容易くメガネを突き破った人智を超えしキンタマは狙い誤たず、濁り切って黄ばんだ眼球に突き刺さる!
眼球はブルリとゼリー状の汁とともにこぼれ落ち、二つのキンタマという名の痒みの巣が、眼球の代わりにはまり込んだ。
睾丸の中ではザーメン1匹1匹が痒みに狂っており、金玉を突き破り眼窩へ放出された。針金のようになった狂ーメンどもの顎(agito)が脳下垂体や脊椎に喰らいつく。
KSDはゴキブリのような生命力でこの一撃を耐え切ったが、続いて襲いくるダンテの描いた神曲をペラ1にまとめたが如き濃厚無比なる痒みの前に一瞬で理性を失い、3匹のフィリピーノの赤子を串刺しにすると同時に、おでこに翔と書いた青年に襲いかかった!
「文お父さん!!」
青年は驚きのあまり、中国人の女の肛門を噛みちぎった。KSDは両足の親指を青年の耳に突き刺し、勢いそのままクルブシまでねじり込んだ。あまりの衝撃に発奮した青年の耳からは防衛反応から耳毛が噴き出すように伸び、その防御によって彼もまた一命を取り留めた。
しかし、その現世への妄執から生き残ってしまった薄汚い魂を持った生き汚い悪党どもは、何の抵抗もできず痒みに狂う。
我々3匹の悪魔どもは手当たり次第に生き物を襲い、しばらくするとあたりにはひとっ子1人、蟻の1匹居なくなった。すると中国人の肛門を前歯に貼り付けた青年は、強力無比な私の肛門括約筋を噛みちぎり、体内へと侵入する!
3匹はウロボロスの如くぐるぐると回り続けた。
そうして私たちは一つの輪っかとなった。恐ろしき痒みの輪として!
その時、3つ分の脳みそが直結し、この世の中のありとあらゆるものの答えが導き出された!
———42。
それが生命、宇宙、そして万物についての究極の疑問の答えであった。
もうすぐ私の寿命も尽きる。その前にこの答えを伝えられないことだけが残念でならない。しかし、私は成し遂げたのだ。万物の真理を導き出したのは、このちっぽけな老いぼれた霊長類なのだ!!
そして2年後、カラカラに乾燥し黒ずんだ輪っかはWHOに回収された。私は上位次元にアセンションした意識体となり、それを見ていた。
解析された輪っかからは未知の酵素14種類が発見され、それらは全て栄養価の高いビスケットの材料となった。
終劇
死にいたる痒み 老々堂つるきよ @lowlowdo_turukiyo
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