8話 銀世界
どこで、何を間違ったのかしら?
まず民自党の前に、コンサル会社の偽情報を掴まされたこと。
それは、彼の話しからだった。
そう、飛行機で近くに座った人と再会するなんて偶然なんて普通はない。
しかも、最初から私に近づいてきた。
こんな私に、あんなに優しくしてくれるのもおかしい。
普通だったら、再会しても通り過ぎるぐらい。
こんなゲスな私なんて面倒な女と思うだけ。
それなのに、ずっと笑顔で見守ってくれていた。
おかしい。
今から考えるとすべておかしい。
なんで、気づかなかったのかしら。
飛行機に乗る前からターゲットとされていた?
政治家のプライドを傷つけられたとか?
男はプライドで生きているから、本気で私を潰そうと考えるかもしれない。
損得で生きている女とは別の生き物だもの。
そう、危ない。
ここに私が来るのは想定の範囲内だと思う。
そう思った時には、もう遅かった。
後ろから布のようなものを被せられ、なにか注射で打たれたの。
気を失い、その場に倒れてしまった。
気がつくと、飛行機の中にいた。
そして、あの飛行機で出会った男性が前に座っていた。
ニタニタとしながら。
「あなたは、誰なの? 結城 克也という名前も嘘なんでしょう?」
「まあ、そんなに焦るなよ。そもそも、お前には何も話せないんだから。でも、お前は面白かったよ。愛情に飢えてますって、顔からにじみ出てたもんな。そんなに、久しぶりだったのかよ。」
「男に騙されて、男に失望していたのよ。だから、愛情に飢えてなんてなかったわ。」
「本当か? 僕が優しくしたら、すぐに纏わりついてきたじゃないか。あんなに、抱いてオーラを出すやつなんて初めて見たよ。笑いを堪えるのが大変だったんだ。」
「私のことなんてどうでもいいの。あなたは、どうして、私をだましたの?」
「まあ、せっかくだから、少しだけ話してあげるよ。だいたい察しているとおり、お前が総理大臣をはめたのがきっかけだ。俺達は、ある目的のために集まっているんだが、敵が総理大臣をはめたお前に着目したんだ。どうも、敵が僕らを攻略するために、お前が持っている体質、能力が使えるらしい。まだ、お前がどの程度、敵にとって役立つかは分かっていないが、敵が着目した以上、お前を敵に渡すわけにはいかない。」
「全く、話しがみえないわよ。もう少し、わかりやすく話して。」
「その時間もないようだな。お前が住むところが見えてきた。」
飛行機の窓から見える景色は、雪で真っ白に覆われた山脈だった。
「ここなの?」
「ああ、親切に伝えておくと、ここは北海道の日高山脈。その一角に僕らが作ったコテージがある。一応、言っておくけど、逃げようとするなよ。死ぬからな。ここから、20Km以上は、人が住む集落はない。そもそも、こんな山脈の頂上から、登山家の男でも、道も知らずに、装備もなく5Kmも歩けないと思う。しかも、3面は崖っぷちになっていて、もう1面も角度が45度もある傾斜で、多分、お前から見たら崖にしか見えないと思う。」
「そんなところで、どうやって生きていけるのよ?」
「まずは半年分の水と食料は用意してあるから、それで生きていけ。通信とかはないから、暇でしかたがないと思って、かなりの数のDVDと、かなりの数の世界的名作の書物を置いてあげたぞ。ありがたく思え。ただ、今どきのネット世代がDVDを使えるかは、お前次第だけど。」
「6ヶ月後はどうするの?」
「その時に考える。まずは、6ヶ月後に来てあげるから、それまで我慢しろ。そういえば、忘れていた。横の倉庫に薪が蓄えられている。それを暖炉で燃やして暖をとれ。また、1人だから多少臭ってもいいかと思うが、薪で炊くお風呂も用意しているから、うまく使え。用意した説明書を読んでな。また、光は自家発電で電気は使えるから使え。まあ、そんなところかな。」
「ひどいじゃない。あなたは一緒にいないの。」
「嫌だよ。まず、こんな貧しい生活したくないし、お前のエッチも、退屈だったぞ。黙っておいてやるけど。あ、そうだ、もう1つ。トイレは一応あるけど、すぐにいっぱいになるらしい。だから、大の汚物は時々、崖から下に落としてくれだって。雪が溶けたら、流れるから自然に戻るらしい。小は、したら雪といっしょに崖から投げればいいし。まあ、トイレ清掃員だったから、お得意か。あはは。」
「生きていけるかしら。」
「まあ、なるようになるさ。死んだら、それが、お前の人生だったということだろう。」
飛行機は、プロペラ部分を回し、ヘリコプターのようになってヘリポートに降り立った。
オスプレイとか言ったかな。
どうしてアメリカ軍用機で私は運ばれているの?
私は、吹雪が荒れ狂う中、1人で山頂に放り出された。
そして、あまりの寒さにコテージに走り込む。
飛行機は私1人を残し、早々に飛び立ち、消えていった。
コテージはかなり頑強な建物だった。
それはそうよね。こんな山頂で吹雪の中で壊れないように作られているんでしょう。
部屋に入り、電気を付けた。
電気は灯油を定期的に自家発電設備に入れなければいけないと書いてある。
薪が備蓄されている倉庫とか、施設を探索してみた。
この施設は6ヶ月生きるためのものがすべて揃えられている。
だから、かなりの広さがあることがわかった。
小学校の体育館ぐらいあるんじゃないかしら。
食料は、自然の寒さで凍ってる。それを火で解凍したり、焼いたりするらしい。
でも、電子レンジも用意されていたのは助かった。
レトルトとか、冷凍ご飯とかもたっぷりある。
電子レンジは電気を食うから、あまり使うなとは書いてあるけど。
薪で焼き肉とかを混ぜながら、うまくやりくりしていけってことね。
そうはいっても、生活するだけで1日が終わりそう。
慣れかもしれないけど、DVDとか見る暇はないかも。
でも、さっきの話しはなんだったのかしら?
敵ってなに?
私の体質、能力って何?
何も分からなかった。
敵に渡せないと言いながら、殺されなかったのは良かった。
でも、ここで死ぬんなら、それでもいいと思っているみたい。
人を自分の手で殺したくないだけだったのかもしれないわね。
DVDを見ていると、シャイニングというホラー映画が出てきた。
雪に閉じ込められて気が狂う? 幽霊に遊ばれる?
そんな話しだけど、私はずっと1人で暮らしてきたから、気が狂うことはない。
でも、こんなDVDを置いておくなんて悪趣味ね。
晴れ渡った日の山頂からの眺めは素晴らしかった。
外にそのまま出ると、氷の地面を滑って崖から滑落してしまう。
刃のようなアイゼンが用意されていて、それを靴に付けて出る。
ダウンジャケットを着込んで外で息を吸うと、寒すぎて肺が痛い。
でも、たまには外にでないと退屈すぎるもの。
本当に外の景色は素晴らしかった。
雪に覆われた尾根が繋がり、光と影を生み出していく。
すべてが銀箔に覆われた世界。
ここから出れないけど、この風景はいつ見ても、心が洗われる。
夏になると、緑の木々に覆われるのかしら。
そうして時間は過ぎ、6ヶ月を迎えたけど、迎えは来なかった。
私はそんなに食べないから、まだ食料は残っている。
でも、そうは言っても更に2ヶ月が経ち、食料も不安になってきていた。
8月になり、温暖化で北海道も、それなりに暑い日々が続いていた。
もう、近くの集落に降りていくしかない。
その場で食べられそうな食料と水をリュックに入れ、山頂から降りることにしたの。
彼が降りれないと言っていたから、そう信じ込んでいたんだけど。
崖ではない1面は、木をたどり降りていくとゆるい斜面に出た。
そうはいっても、登山なんてやったことないし、何回も転び、大変だった。
3日歩いた頃、やっと道路に出ることができたの。
キツネとかには会ったけど、クマとかに襲われなかったのはラッキーだった。
道路を5Kmぐらい歩くと、小さな集落に出た。
でも、そこに人は誰もいなかった。
雪に閉じ込められた私は、日本で何が起きていたのか何も知らなかった。
世界規模でのことなのかもしれない。
トイレの花子さん 一宮 沙耶 @saya_love
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