トイレの花子さん

７話 コンサルタント

「ごめん。昨晩は、泊めてもらっちゃった。早く帰るから、寝てて。」

「いや、今日は土曜日だし、もう少し、ゆっくりしていきなよ。」

「でも・・・」

「朝ご飯作るからさ。」

なんとなく、帰るタイミングを逃しちゃった。

もう少し、彼と一緒にいたかったからかもしれない。

彼がさっと作った朝ご飯は期待以上に美味しかった。

「美味しいじゃない。料理、得意なんだね。」

「一人暮らし長いし。」

「どんなもの作るの？」

「ミートソーススパゲティなんかは簡単だけど、そのほか、筑前煮とか春巻きとか、一通りはできるかな。」

「すご〜い。そういえば、昨日は私ばっかり話してたけど、結城さんは何歳なの？」

「結城さんなんて固苦しいな。昨日は克也って呼んでただろう。美羽。」

「じゃあ、克也さん。」

なんか、しっかり下の名前で呼ばれていた。

記憶はないけど、昨晩の飲み会で伝えているのね。

「僕は、ちょうど30歳。美羽よりも８歳上だね。交際可能な範囲に入ってる？」

「それは大丈夫だけど。」

ビジネスコンサルって、よく知らなかったけど、給料はいいみたい。

30歳で、ボーナス込みで年収1,500万円って、すごくない。

まあ、情報料で言えば私の方が多いけど。

「でも、コンサルって年俸は高いけど、結構、悪どいことやっている人もいてさ。」

「どんなことしてるの？」

「委託先って、個人事業主のコンサルが多いから、結構、融通がきくんだよ。だから、年間、2,000万円発注するけど、そのうち500万円はキックバックしてもらって発注者の懐に入れるなんて感じかな。委託先は、もともと1,500万円で利益は十分に出てるし、継続的に取引ができれば、嬉しいし。」

「なるほど、会社は500万円を損し、その金額が社員の口座に入るということだから、隠れた横領ということね。」

「さすが、美羽は飲み込みが早いね。」

「お金持ちって、結局、もっと儲かるように世の中はできてるのね。克也さんは、そんなことしないでね。」

「もちろんさ。僕は正義に燃えてるから。ところで、そんな話しはどうでもよくて、今日は、どこか一緒に出かけよう。」

「そうね。今日は、とっくりのセーター買いたくて、付き合ってくれる？」

「もちろんさ。これ、合鍵だけど、渡しておくよ。暇な時には、いつでも来てよ。」

「いいの？　まだ会ったばかりだよ。」

「何言っているんだ。僕らは会ってからもう３ヶ月経ってるじゃないか。」

「飛行機で会ってからはそうだけど・・・。」

意外なところで情報を仕入れることができた。

次は外資系コンサル会社にトイレ清掃員として潜り込もう。

でも、克也さんはアパレルショップに嫌がることなく付き合ってくれた。

こんなに笑顔でずっと横にいてくれる男がいるなんて思わなかった。

お昼から雪になったけど、さりげなく傘をさしてくれている。

素直に素敵な男だと思った。

甘えても、暖かく見守り続けてくれる。

何よりも、性格が穏やかで、上品なのがいい。

私みたいに人の悪口とか言わない。

この人と一緒にいれば、私も上品な人たちの１人になれるような気がした。

横を見ると、笑顔の克也さんがいる。

そんな彼との時間は居心地が良かった。

どうしてかしら。気持ちが浮かれている私がいた。

彼の部屋でも、気付かないうちに、観葉植物に話しかけていたのを思い出した。

いつもの私じゃない。

私って、こんなに可愛く振る舞えたのかしら。

雪で滑りそうになった時は、腕を支えてくれた。

よく見ると、体もかなり鍛えている。

昨晩、この腕に抱かれたかと思ったら、なんか恥ずかしくなった。

そして、寒いと言いながら、彼の腕にギュッと抱きしめた。

彼の体に触れると、温もりが伝わってくる。

彼の顔を見上げると、優しい彼の目が私を包み込む。

こんな時間がずっと続いてくれればと考えていた。

どうしちゃったのかしら。

男には懲り懲りだったのに。

でも、彼は、私を幸せにしてくれる気がした。

こんな私でも。

もうしばらくしたら、情報屋から足を洗ってもいいかもしれない。

私も、人並みの女としての幸せが来るかもしれない。

そんなことを考えていたら、顔から笑みが溢れていた。

次の月曜日、早速、外資系コンサル会社に潜り込んだ。

１週間が過ぎた時、トイレの個室で男が独り言を言っているのをマイクがとらえた。

「これで、また500万円ゲットだな。この会社もちょろいや。また、委託先も一蓮托生だもんな。これで、今年も年収2,500万円アップ。今夜は、キャバクラで贅沢をしようっと。」

なるほど、会社のお金を横領する人って、こんな悪どい顔してるのね。

もうすぐ捕まるのも知らないで。

翌日、廊下で、委託先と話しているところも押さえた。

「なんだって、もうやめたい。お前たちは、今更、やめられないんだよ。キックバックしていたなんてわかったら、うちからは出入り禁止だかなら。だから、今回も、500万円のキックバックを払え。わかったな。檜垣コンサルっていう会社は本当に往生際が悪い奴らだ。」

これで確定ね。

私は、その悪者と委託先の会社の実名とともに、その情報を週刊誌に売った。

そして、もらった20万円で彼へのプレゼントを買いに出かけた。

彼は、何をもらったら嬉しいと思うのかしら。

そういえば、ナイキのランニングシューズ、だいぶくたびれていたわね。

あれは、エアーのタイプ。たしか、27cmだったはず。

同じものの新品を買えば喜んでくれると思う。

そしたら、もっと、私のこと大切に思ってくれるかしら。

そんなことばかりを考え、私の顔は笑顔で満ちていた。

３日後、週刊誌は、「コンサルの横領の手口」という見出しで記事を出した。

その直後、そのコンサル会社からその週刊誌の会社が訴えられたの。

全くの事実無根で、名誉毀損だと。

週刊誌の会社も粘ったようだったけど、ダメだったみたい。

内部調査で、不正は何一つ見つけられなかったって。

でも、あれだけの情報があるのに、どういうことかしら。

会社もグルで、証拠を握りつぶしたとか？

その時、私のスマホが鳴った。

依頼主からだった。

「今井か？　以前、総理大臣のことをはめただろう。それを民事党が問題にしていて、その時に関わった人を捕まえようと騒いでいるという情報が入った。早く、逃げろ。捕まるぞ。捕まったら、殺されるかもしれない。」

どういうことかしら。

そんなことは後でもいい。早く逃げないと。

私は、新しく買ったランニングシューズを持って彼の家に向かった。

さすがに、彼との関係までは知らないだろうから、当面は隠れることができる。

彼も、１週間ぐらいなら泊めてくれると思う。

いえ、ずっと一緒に暮らせるかも。

でも、彼に迷惑をかけることはできないわね。

１週間だけ、お世話になって、その後は当面、姿を消すことにしよう。

合鍵で彼の部屋のドアを開けた途端、一瞬、目を疑った。

そこには、何もなかったから。

一緒に過ごしたダイニングテーブル、ベット、何一つなかった。