6話 銀行員
「この銀行の男はカモね。」
久しぶりに女子トイレから情報が入った。
男の中にはトイレ清掃員に気を使う人もいる。
でも、女はほぼ全員、女のトイレ清掃員を見下している。
だから、トイレ清掃員から攻撃されるなんて考えたこともないと思う。
「私達、派遣社員はバカにされているじゃない。どうしてカモなの?」
「私はね、この会社の3人の男と付き合っているのよ。」
「どうして、そんなことするの? 三股なんて危ないでしょう。見つかったりしないの?」
「大丈夫。恋愛じゃないから。それぞれに、社内恋愛が見つかったら出世できなくなるでしょうと男には言ってあるし。しかも、それぞれ奥様がいるし。」
「不倫っていうこと? いくら魅力的でも、不倫は自分を滅ぼすわよ。」
「大丈夫。3ヶ月ぐらい経ったら、奥さんがいたのに私を誘ったのねと大騒ぎする。今は、奥様がいることには気づいていない設定なのよ。そして、会社にも奥様にも黙っておいてあげるから慰謝料として300万円を支払えというと、誰ももめることなく支払うわ。銀行員って、減点主義の組織だから、バツをつけられたくないのよ。また、奥様と離婚というのもバツになるみたいだし。」
「そんなことしているの。それって、詐欺じゃない。」
「詐欺じゃないわよ。不倫をしている男に反省させてるだけ。この銀行員なら、300万円なんて端した金よ。」
「そうかな。私は巻き込まないでよ。私も言わないから。」
「何だ、この手口の仲間にしようと思ったんだけど、無理かな。じゃあ、お互いに忘れましょう。他の人に言ったら、暴力団の知り合いにあなたを売っちゃうかも。」
「やめてよ。」
また、とんでもないことをトイレで話してるじゃない。
まあ、悪い男を懲らしめ、お金を巻き上げるのは間違っていない。
でも、今回は、私に聞かれたのが失敗だったわね。
まずは3人の男とホテルに入るシーンを写真に収めた。
そして、数カ月後に、300万円を男たちがその女に支払うシーンも撮った。
そして、また、その女が3人の男と入るシーンを。
本当に活動的で、お下品な女ね。
もちろん、その女のトイレでの発言は録音してある。
でも、どのぐらい、男を騙してきたのかしら。
毎週木曜日の夜はホスト通いをし、派手に遊んでる。
男を騙し、男に貢ぐ。
なんか、お金がぐるぐる回ってるだけで意味がないんじゃない?
そう言えば、どこかで聞いたような話しね。
女たちにSNSで男から貢がせるマニュアルを販売。
そこで、儲けた金をホストに貢ぐ。
その女は捕まってニュースになっていたっけ。
まあ、この女もいずれは捕まるわね。
それを少しだけ早めてあげるだけ。
週刊誌に情報を渡し、20万円をいただく。
その3日後、「銀行は詐欺女の狩り場か!?」と実名入りの記事がでた。
多分、お金を払った男達は、奥様からも会社からも見放されたんだろうね。
その女は詐欺罪で捕まったとニュースになっていた。
まあ、あんな下品な女はいなくなればいいけど。
今夜はとても寒い。
雨が降れば雪になりそう。
吐く息が目の前を白く覆う。
いっそ雪が降ればいいのに。
雪は好き。
汚いものをすべて隠してくれるから。
その時だった。
先日、LINE交換した男から、今から飲みに行こうと連絡が入った。
今からというのはちょっとと返事をすると、今何処にいるか聞かれた。
今は電車の中で神田駅に到着した所と返事をする。
すると、神田駅なら、自分もいるから、そこで飲もうと言ってきた。
それを見て、私は、知らぬ間に電車を降りていた。
今更失うものはないし、まあ、いいかって。
たまには、こんなことがあってもいい。
彼も、感じは良さげな人だったし。
居酒屋、本当に久しぶり。
外で飲むなら高級レストランばかりだったから。
神田の街はおじさんたちばかりだけど、若い男女のサラリーマンもいる。
なんか、雑然とした雰囲気ね。
でも、いつも私が懲らしめているような悪人は少なそう。
みんな、底辺でひたすらがんばっている感じなのかしら。
彼は神田駅南口の改札を出た所で待っていた。
手をふりながら。
「どうしようかと思ったけど、きちゃった。」
「来てくれて嬉しいですよ。急で、ごめんなさないね。でも、なんとなく、前回は運命的な再会だったし、今日も来てくれるんじゃないかって思っていたんですよ。」
「運命的なというのは大げさだけど。で、どこに行くんです?」
「この目の前の 『神田のまぐろトラエモン』というお店に行きましょう。今電話して、2席確保しておきました。」
「準備万端という感じね。でも、あのドラえもんみたいな絵のお店でしょう。トラエモンって、完全にパクリよね。」
「そうですよね。そういうユーモアがありながら、刺し身とか、値段の割に美味しいんですよ。私は、気を許せる人達と、よくこの店に来るんです。」
「そうなんですか。結城さんは、どんなお仕事をしてるんですか?」
「まあ、そんな話しは後にして、まずはお店に入りましょう。」
あっという間にお店に付き、階段を降りてお店に入った。
「何を頼みます? 私は、まずはビールと、トラノモンマウンテン、トラノモン海鮮サラダで、今井さんは飲み物はどうします?」
「そうね、じゃあ、アセロラサワーをお願いします。」
店員にそう告げると、彼は話し始めた。
「さっき、聞かれた話しだけど、僕はコンサル会社でビジネスコンサルをしてるんです。今井さんは?」
「私は、言いづらいんだけど、清掃会社に勤めていて、主にトイレ掃除をしているの。私、山形の田舎の生まれで、家庭が貧しかったから学費がなくて大学に行けなかったの。だから、高校を卒業して、清掃会社に入ったわ。友達が、大学で楽しそうに過ごしているの、本当に悔しかった。」
「苦労したんだね。」
「だから、外食なんて滅多にしなくて、こんな居酒屋も新鮮だわ。」
「それは誘って、良かったな。」
なんかお酒に酔ったせいか、ずっと、私は喋り続けていた。
いえ、ずっと1人だったからかもしれない。
堰を切った水のように、言いたいことが溢れてしまったんだと思う。
私がお酒に酔うなんてめずらしい。
もちろん、酔っ払ったからといって、情報屋の話しをするほどバカじゃない。
でも、久しぶりに楽しかった。
ふと気がつくと、彼は、大笑いをしていた。
「そういえば、飛行機で一緒のとき、真ん中に座っていた女性はいびきかいてたね。まあ、可愛かったから、そんなに迷惑でもなかったけど。」
「かわいい? あんなくそ女が?」
「そこまで言わなくても。」
「なんか、文句あるんですか?」
「文句はないよ。いっぱい話す今井さんがかわいいなって思って。」
「それで、聞いてくださいよ。トイレの中って、みんな私達、清掃員のこと人と思っていないんですよ・・・・。」
だいぶ酔っ払った。
多分、ほとんどは私が話していたんだと思う。
笑顔でうなづいていた彼の顔しか思い出せない。
あれ、ここはどこだろう。朝日が窓から漏れる。
私は、横に寝ている彼がいるのに気付いた。
彼はなにも身につけていない様子。
そして、私も産まれたままの姿。
あ、やっちゃった。
多分、あのままここに来たのだと思う。
ここはホテルじゃないし、私の部屋でもないから、彼の家だと思う。
ベットと机、クローゼットしかないから、キッチンとは別の部屋もあるのだと思う。
私は、静かにベットから起き、床に散乱している下着と服を身につけた。
よく覚えていないけど、少し気持ち悪い。二日酔いという感じ。
彼は、目を開け、私に話しかけた。
「あれ、起きたんだ。おはよう。昨日は楽しかったね。」
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