【短編】ふとした言葉に囚われるとき
のんびりした緑
ふとした言葉に囚われるとき
「幸せになりたいな」
友人である彼女、
「なんでそう思うの?」
「だって何もないもん。お金も力も繋がりも何もかも。自分の強みがないなって」
彼女は苦笑いしながら、自嘲しながら幸せじゃない理由を語った。強みがないとな?
強みが無くても生きて行けると思う。僕にもこれと言った強みが無いと思うし。
「私、時々ね。なんで生きてるんだろうってなるの。
「僕は、そうだね。ゲームしてたい。寝たいしお風呂でボーっとしたいし、夜更かしだってしたい。やりたい事沢山あるから」
「良いなー。私もそういったのあると良いな」
他の人の迷惑にならない程度に、自分のしたい事をすれば良いと思うのだが、それは駄目なのかなって思ってしまう。
ただ彼女のその儚げな姿は男達の保護欲を掻き立てて虜にしていった。無論、僕もその一人だ。支えたいと思い、告白した。
「付き合ってください」
「ごめんなさい、お付き合いしてる人がいるの」
呆気なく恋心は破れた。
「このゲーム面白いよ」
「へえ、どんなの?」
だからといって春野と僕の関係が激的に変わるわけではなく、いつもと変わらない日々を過ごした。僕が異性として好きが鳴りを潜めて、友人として好きが表に出てきたからだ。
彼女の方は分からない。だけど、こうやって春野の方からオススメしてきたりと、交流をとってる以上は友人ぐらいには思ってくれてるのだと感じる。
「春野の奴、ビッチだろ」
「何がだよ」
「男をとっかえ引っ変えしてるからだよ」
春野をビッチと罵倒してる会話が聞こえてきた。すぐに別れては付き合うを繰り返し、男が毎回変わるんだとか。
しかし
「私ね、結婚してからじゃないと初めてなんて捧げたくないんだ」
「貞操観念高くて良いんじゃない?」
春野の言葉を信じるのなら、まだ誰にも股を開いてないと言う。だがまだ学生で、特にエロに興味を持ちだした中学3年。女の子がそういう夢を持ってても不思議では無いと思う。
「なのにさ、理解してくれない。ならいいやってなっちゃうの」
「次は良いことあるさ」
「そう思いたいね」
儚げに、でも笑みを浮かべながら春野はそう呟いた。次があるさきっと。
中学を卒業し、高校へ入学して高校生となった。と言っても見知った顔ばかり。そこには友人の姿も、春野の姿もあった。
春野は高校生になっても、その儚げな姿で男達を虜にした。中学と違うところは、中学が一緒だった奴は引き止めるようになってて、告白される数が違うってところか。
「愛されたいな」
「お付き合いしてる人いるんでしょ?」
「でも自分勝手。私を見てくれてないもの」
あれからも春野は別れてはお付き合いをしてる。しかし長く続かない。中学の時より早くビッチ呼ばわりされた。
「私はただ愛されて幸せになりたいだけなのに」
なんで上手くいかないんだろうと、春野は表情を見せない為か、上を向きながらそう語る。
「猪瀬君の幸せって?」
「変わらない日常を過ごせればそれでいいや」
嘘偽り無い言葉を伝えた。朝起きて、準備して、授業を受けて、自宅に帰り、ゲームをして、早く寝ろと怒られて寝る。
その変わらない日常が過ごせるのが幸せと感じてる。
「私、君と同じ生活を送ってるはずなのにさ、何故か満たされないんだよね」
なんでかなと、消え入りそうな声で呟いた。
そんなある日、春野は体を壊した。交通事故に遭った訳でも無く、オーバーワークをした訳でも無く、精神的摩耗で倒れたんだと。
「しんどい・・・ただひたすらにしんどい・・・」
「無理しないで。ゆっくり動こう」
「なんで幸せになれないんだろう・・・」
動かしたい心と動きたくない心が相反し、自棄を起こして塞ぎ込む春野に僕は励ます。自分の力で立ち上がれると信じて。周りは誰も手を貸さなかった。
「僕がずっと傍にいるよ」
「ごめんね、お付き合いしてる人いるの」
春野は苦笑いしながら、僕のプロポーズともとれる言葉を拒否した。恋心が破れたのかは分からない。前のような身を引き裂くような思いをしなかったから。
それでも彼女から離れようともせず、交流を図っていたある日、友人が僕に言い聞かせるかのように肩を掴んで語ってきた。
「お前さ、もう春野を見限れよ。あんなに尽くして振り向かないのならもう脈ナシだって」
「……なんでだろうね、離れようという気が湧かないんだ」
「お前なら良い彼女を作れるって。あんなの忘れろよ」
しかし、友人からの小言に僕は聞く耳を持たず、春野の傍にいようとした。春野は変わらず男をとっかえ引っ変えしてる。でもそれに対して憤りを覚えたりしない。彼女らしいやとも思う。
ふとこんな事を考えた。僕は所謂ヤンデレと言うものではないのかと。しかし、ストーカーをしてるつもりは無い。春野の方から接触してくるし、僕から接触しても笑顔で応対するし、四六時中って訳でも無い。
そんな事を友人に相談した時、こう返された。
「執着してるだけなんじゃね?」
「執着?」
「振り向かせようとする執着。何がお前をそんな風にしちまったんだよ」
執着、執着か。だから振られてもダメージが無かったと。
「ちょっと一人させてもらっていい?ありがとう。相談に乗ってくれて」
「おうよ。抱え込むなよ」
友人はそう言って僕を見送り、一人青空を眺めながら思考する。
何をそんなに執着させるのか。
幸せになりたいな
ふと、そんな事を思い出した。春野が呟いた事だ。
「春野、お前は何が満たされないんだ?日常を過ごせたら、それで幸せじゃないか」
だけど春野は満たされなかった。
幸せってなんだろうね
【短編】ふとした言葉に囚われるとき のんびりした緑 @okirakuyomu
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