満福猫草子 平毛物語

満福猫草子 平毛物語(たひらけものかたり)

予防接種（よばふせつしゅ）の猫（ねこ）の声（こゑ）　情け無用（なさけむやふ）の響（ひび）きあり

なほちゅ〜るを開（あ）くる音（おと）　　済者必携（せふしやひつくえひ）の理（ことはり）をあらはす

おごれる猫（ねこ）も久（ひさ）しからず　　たゞ春（はる）の見合（みあ）ひの敗者（はひしや）のごとし

猛（たけ）き猫（ねこ）もつひには打（う）たれぬ　　ひとへに風（かぜ）の前（まへ）の削節（けづりふし）に同（おな）し

遠（とほ）く異町（いちやふ）をとぶらへば　　

新橋（しむはし）のちょこら　　神田（かむだ）のおうの

両国（りやふこく）のちい　　東金（とほかね）のろくさあぬ

これらは皆（みな）　獣医飼主（じういかひぬし）の説教（せつきやふ）にも従（したか）はず

楽（たの）しみを極（きは）め　　諫（いさ）めをも思（おも）ひいれず

食費（しよくひ）の乱（みた）れむことを悟（さと）らずして

主（あるじ）の愁（うれ）ふるところを知（し）らざりしかば

久（ひさ）しからずして　　肥（こ）へ斃（たほ）れし者（もの）どもなり

近（ちか）く本町（ほむちやふ）を伺（うかが）ふに

昌平橋（しやふへいはし）の政九郎（まさくらふ）　　電気屋（でむきや）のしゅみつと

交番（くわうばん）の吉（きち）　　塀沿（へいそ）ひの蚤寄（のみより）

これらはおごれるこゝろも猛（たけ）き事（こと）も

みなとりどりにこそ　　ありしかども

ま近（ちか）くは六段腹（ろくだむはら）の入道（にゆふどう）　前（さき）の体重（たひじふ）と段違（だむちが）ひ

平（たひら）げまっしよひ特盛公（とくもりくわふ）と申（まふ）しし猫（ねこ）のありさま

伝（つた）へ承（うけたまは）るこそ　　注射（ちふしや）の針（はり）さへ及（およ）ばれね

あゝこれは堪（たま）らぬ　誰（たれ）そ熊用（くまやふ）の針（はり）をもて