妖怪シークレットサービス

赤瀬涼馬

第1話 巫女と妖怪

  草木も眠る丑三つ時。一人の少女の声が周りに響く。

「おかしいわね………まったく妖怪に出くわさないなんて――――」

 誰もいない済南学園の敷地内にて巫女装束に姿艶やかな黒髪を肩口で揃えたローポニーテールに紫紺の瞳を持つ少女が独り言をぼやいていた。

 少女の名前は九条院紗代。代々この地域を護る役目を担っている由緒正しき家系の巫女だ。

 そのため日々の修練は欠かさずに行っている。どんなに体調が悪かろうと役目を休むことは許されていないため日常の体調管理も厳しく言いつけられている。

「一体、いつになったらお母様に一人前の巫女として認めてもらえるのかしら」

 そんなことを独り言ちていると目の前の暗闇から火の玉が見えたような気がした。

「…………? 今なにか見えたような気がしたけど気のせいかしら?もしかして疲れているのかしら」

 眠気を吹き飛ばすためにパチンと自分両頬を叩いてやる気を出す。

「もっとしっかりしないと――――」

 そうして次の見回り地点に行こうと踵を返したところでまたしても火の玉が見えた。

「どうやら気のせいじゃなかったみたいね」

 先ほどよりも大きくはっきりと視認できたため今度は確信に変わり有無を言わさずに滅殺する。

「なんだ、ただの野宿火か。こんなところにいるなんて珍しいけど……。まぁ、いいわ」

 そう言いながら袖の中の霊札の数を確認し、まだ余裕がある事を把握してから学園の敷地を出る。

 当然ながら守るべき場所は学園だけでなくこの街の全体である。一折の確認をしたのならさっさと次の場所へと移動しなければならない。

 そうして紗代は月明かりが照らす街中へと姿を消した。


 翌朝、紗代は大きな欠伸をしながら通学路を歩いていた。もう何年もこの生活を送っているが、この朝の眠気だけはなかなか慣れてない。

 そんなことを思いながら歩いていると「やあ、おはよう。西園寺さん」

 後ろから声をかけられ振り返ると男装の麗人のような見た目をした艶のある青みがかった黒髪に唐紅色の瞳を持つ少女が立っていた。

―――彼女の名前は神宮寺馨子、中性的な見た目から男子と間違われることも多々あるれっきした女の子である。

「おはよう。神宮寺さん」

 そっけなく挨拶だけ返して歩き出す。

 そんな紗代の様子を見た馨子は時に驚きもせずにごく自然と紗代の隣に来て「相変わらず九条院さんは冷たいなぁ、ボクは悲しいよ」と冗談を言いながら肩を並べて学園に向かう。

 紗代は教室に入ってから軽く挨拶をして自分の席に座るが、一方の馨子は彼女が教室に入った瞬間に男女問わずたくさんのクラスメイトから声をかけられていた。

 そんな馨子を横目で見ながら紗代は読書をする。それから朝のホームルームが始まり担任の先生から転校生が来たと知らされる。

 男勝りな口調が特徴的だが、性格に問題はなく言動とは裏腹に生徒想いで優しい先生である。

 教室に入るなり騒がしい場を

「静かにしろ!さっそくだが転校生を紹介する―――おい!入っていいぞ」

 乱暴な言い方とともに一人の男子生徒が教室に姿を現す。女性のように艶やかな黒髪と唐紅色の瞳を持つ好青年だった。

―――きゃあああああああなすごいイケメンなんだけど!?カッコいいと言った声が女子生徒の間で上がり一部の男子からは敵意の籠った眼差しを向けられていた。

「おい!静かにしろと言っているだろが!うるさくてすまないな。さっそくだが自己紹介を頼む」

 先生のドスのきいた声が教室中に響き渡り一瞬で喧騒が収まる。

 静かになったころを見計らったように黒板の前に立っている少年は男子にしてはやや細長い指でチョークを持ち、自分の名前をきめ細やかな字で書き始める。

「森藤透也と言います。よろしくお願いします」

 頭を下げるとパチパチと握手が鳴り響き歓迎の声が上がる。

(すごい人気ね。ほとんどが女子からだけれど)

 そんなことを一人で考えていると先生が「お前の席は右奥の窓際だ」と言って私の左側を指さす。

「はぁ――――?どうして私の隣なの?」

 あまりの衝撃に呆けた声が出てしまった。

 透也は「わかりました。ありがとうございます」と短くお礼を言ってからこっちに向かって歩いてくる。

 クラス中の視線が私に集まる。どうしてあいつの所なんだと言外にいわんばかりに。

 その視線を見ていたクラス委員・神宮寺馨子が「良いじゃないかボクは賛成だ」

 と、私を擁護するような発言をする。

 その発言を訊いたクラスメイトたちは神宮寺さんが言うならと渋々納得していた。

 優雅で自信に満ち溢れた足取りで私の隣まで歩いてくる

持っていた荷物を窓際の空いているスペースに置いてからくるりと振り返って「よろしく西園寺さん」と人懐こい笑みを向けてくる。

 周りの特に女子生徒からは嫉妬に近い眼差しを向けられるが気にせずに「ええ、こちらこそよろしく」

 それだけ返して正面を向く。

―――なんだろう、ほんの一舜だけすごく嫌な予感がした。私の気のせいならいいのだけど。

 一抹の不安を覚えはしたが気のせいだと言い聞かせながら先生の話に耳を傾ける。

 その後は先生から細々とした連絡を受けてホームルーム終了となった。

 一時限目の授業が始まる。そこからお昼になるまであっという間だった。

 さて、とお昼にしようと持参したお弁当を広げていただきますと食べようとした矢先。

「おいしそうだね―――」

 真横から声が聞える。驚いて声のした方を見ると、いつの間にかニコニコと笑みを浮かべた透也が座っていた。

―――まったく気配がなかった。一体いつからそこにいたのかと不思議の思っていると。

「そんなに怖い顔しないでよ。九条院さん―――いや、紗代ちゃん?」

「さ、紗代ちゃん………!?」

 出会ったばかりの透也に馴れ馴れしく名前で呼ばれることを不快に感じていると、その感情が表情に出ていたようで――――。

「そんなに怒らないでよ、紗代ちゃん」

 さらに馴れ馴れしく絡んできた挙句、私の毛先に触れてくる。とうとう透也に対して我慢の限界が来た私は「いい加減に―――」

 抗議するために席を立とうとしたその時。

「どうしたんだい九条院さん」

 背後から声をかける。声の主はわかっているので振り返らずに「あなたには関係ないことよ」と答える。

「その認識は間違っているじゃないか九条院さん。ボクはクラス委員だ。目の前で起こりかけているトラブルを見逃すことはできない」

 意思の籠った瞳で射貫かれる。まるでなにがあったのか話してごらんと言われているようだ。

「はぁ―――別に大したことじゃないわ」

「どうしても話す気にはなれないと?」

「つまりはそういうことになるわね」

 周りの目もあるためここで素直に話す気になれなったので拒否権を行使することにする。

「仕方ないな」

 そう呟くとよいしょと言って馨子が自分の机を私の隣に持ってくる。

「なにのつもり?」

「なにって見ればわかるだろ?ボクも一緒にお昼ご飯を食べるんだ」

 そう高らかに宣言した男装の王子様は持参したお弁当机の上に広げてパクパクと美味しそうに食べ始める。蓋を開けた時にちらりとお弁当の中が見えてしまい、可愛らしいお弁当箱の中に彩りの良い健康的なおかずがたくさん入っていてとてもおいしそうだった。

 思わず見惚れてしまい箸が止まる。すると、私の視線に気が付いた馨子がまだ口をつけていない部分を私にどうぞと差し出してくれた。

「っ!ごめんなさい別にそういうつもりじゃくて――――」

 慌てて否定するが「いいから遠慮しないで。ボクが九条院さんに食べてほしいんだ、ダメかな」

 端正な顔立ちを活かした上目遣いでそう言われて答えに困ってしまう。

―――図らずもドキッとしてしまった自分がいたことに気づく。そしてどうして彼女が同性から異常なほどの人気を得ているのかを身をもって理解する。

「食べてあげもいいんじゃない、紗代ちゃん」

 すでに食事を食べ終わった透也がそう口を挟んでくる。

「な!好き勝手なこと言わないでくれるかしら。そもそも誰のせいでこんなことになっていうと思っているの?」

 またしても余計なことをしてくれた透也にふつふつと怒りが沸いてくる。

 それを見ていた馨子が「すまない。そんなに嫌ならいいんだ」

 少しだけ悲しそうな顔をしながらそう言う。その表情を見たらなんだがこちらが申し訳なくなる。

 お言葉に甘えて一つだけおかずをもらうことにした。未使用な爪楊枝があったのでそれを使って美味しそうなだし巻き卵をもらう。

 ただ食いは気が引けたので私も口をつけていない部分を馨子に差し出す。

「はい、良かったらど、どうぞ」

「もらってもいいのかい」

 驚いた様子で訊いてくる馨子に「当然でしょ。私も頂いたのだからそのお返しよ」

 普段はこういうことはしないため顔から火が出そうなくらい恥ずかしい気分になる。

 バクバクと心臓の鼓動がうるさいほどに鼓膜に反響している。

―――お願いだから早くして、恥ずかしさでどうにかなりそうだから。

「ありがとう九条院さん」

 私にお礼を言ってから一つのから揚げを口に運ぶ。もぐもぐと食べている馨子を横目にしながら「どう、かしら」

 訊いてみると――――。

「とても美味しいよ、ありがとう九条院さん」

 太陽のように輝く笑みを浮かべながら答える馨子。

「ならよかった」

 ひと安心して残りのご飯を食べる。全部食べ終わった頃に「そういえば、あのお弁当は九条院さんの手作りなのか」

 ぱちくりと瞬きをさせながらそんなことを訊かれる。いつもは一人でご飯を食べているからそういうことを訊かれるのは初めてだ。

「今日はお母さんに作ってもらったわ」

「‘’今日は‘’ことは自分で作ることもあるのかい」

 興味津々といった様子で尋ねてくるのに便乗して透也が「良いな――俺も紗代ちゃんの手作り料理食べてみたいな」などと言っていた。

「確かに暇なときは作ることもあるけれど森藤くんには作らないから」

「ええ―――どうしてなの紗代ちゃん」

―――冗談じゃないどうして巫女である私が妖怪相手にご飯を作らないといけないの?

 オーバーリアクションをしてくる透也を無視して席を立つ。

「どこ行くのさ、紗代ちゃん」

「お手洗いよ。ついてこないでよね」

 そう言い放って教室を出る。

 それから午後の授業が始まったがそれ以降透也が絡んでくることはなかった。



 巫女装束に着替えた紗代はいつものように人に仇なす妖怪を退治するために玄関で草履を履いていて丹念に準備をしていた。

 といっても、最近はそれほど凶悪な妖怪は出現しておらず大半がイタズラの注意や街全体に異常がないかと見回るだけになっているのだが――――。

 しかし巫女としての使命である以上はいついかなる時も全力で職務に臨む必要があるため気を緩めることは許されない。

 一日も早く立派な巫女になるために日々の鍛錬を怠ることなく弛みない努力と不屈の精神が必要不可欠であり、だからこそ与えられた役目もしっかり果たさないといけない、と自身を鼓舞する。

 玄関の前にある姿見でしっかりと巫女装束が乱れていないかを確認してから外に出る。

 昨日と同じルートで見回りをしていると。

 ふらっと青城学園の校舎裏で人影が見えたような気がした。まさか妖怪と思い急いでその場所に向かうとそこには――――。


 やっと来た。待ちぼうけを食らっていた俺は本当に彼女がここに来るのか、気が気ではなかった。どうやらカラスたちの情報は本当だったようだ、後でご褒美でもあげるかと考えていると紗代がこちらの向かって走ってくるのが見える。

「そこのあなた! そんなところでなにをしているの?」

 パトロール中の警察官よろしく職務質問のような真似をされる。

 必死になって走っている紗代が可愛らしく思えた透也は少し意地悪をする。さも、被害者だと言わんばかりに大仰な演技でまるで妖怪に襲われてなんとかここまで逃げてきたんだとアピールするかのように。

 全力疾走した先には紗代と同じ年くらいの少年が背中を丸めて俯いていた。

 その少年にどこか見覚えがあるような感じを覚えながら詳しい話を訊く。

「大丈夫? なにがあったの?」と怯えるように下を向いている少年に声をかける。

「いきなり妖怪に襲われて――――」

「それで? その妖怪はどこにいるのかしら」

 辺りを見渡しながらそう訊くと、次の瞬間―――。背後に悪寒が走る。

「ここだよ、紗代ちゃん」

 声と同時に大きな竜巻が起こり無数の黒いものが空中を舞う。それが目に入らないように手で覆いながら状況を整理する。しばらくして衝撃の光景を目にする。

 そこには今日、私のクラスに転校してきた男子生徒・森藤透也が人ならざる姿で立っていた。

「し、新藤くん?! あなた、その姿もしかして―――」

 背中に漆黒の大きな翼を生やした透也が何食わぬ顔で目の前に立っていた。

 まさかクラスメイトが妖怪だったことの衝撃と一日中一緒に気付かなかった自分の未熟さに呆然として立ち尽くす。

「どう驚いたでしょ? 紗代ちゃん。それともずっと一緒にいたのに気が付かなかった自分に失望しているのかな」

 私の心の中を見透かすようなことを言ってくる透也が音もなくゆっくりとこちらに近づいてくる。

 そんな紗代を見た透也がにこりと笑みを浮かべて「まあ、無理もないよ。だって俺は純血の妖怪じゃないし巫女である紗代ちゃんが気づけないのも仕方ないことなんだから」と慰めるようなことを言ってくる。

「純血じゃない? どういう意味かしら?」

「そのままの意味だよ」

 さも当然のように‘’だって俺は人間と妖怪の間に生まれた先祖返り‘’なんだから。

「俺はね、人間である父親と妖怪である母親から生まれた、簡単に言うと人間と妖怪のハーフなんだよ」

 と自分の身体を見ながら訊いてもいないのに自分の事情をべらべらと語り始める透也。

「別にあなたの家の事情なんて知りたくもないし興味もないわ」

 そう言って、巫女装束の袖から霊符を取り出す。

「………霊符か面白いものを使うね」

 そう言いながら透也もどこからか扇子を取り出す。

「やっぱりあなたは危険すぎるわ」

「どうしてそう思うのかな?」

 昼間、見せたあの人懐こい笑みをうかべながら訊いてくる。

「その姿、烏天狗よね。古から烏天狗は天狗さらいをしているとされているわ。障りを起こす以上この街に居させるわけにはいかない。大勢の人たちが犠牲になる前にここで滅殺するわ」

 取り出した霊符を構えながら凛とした声で言い返す。

「俺としては紗代ちゃんとは戦いたくなのになぁぁ―――」

「黙りなさい! 人に仇なす妖怪のくせに馴れ馴れしくしないでくれるかしら」

 ため息交じりにそんなことを言っている透也に対して機先を制するため光の霊符による先制攻撃を仕掛ける。

(―――良し!これで視覚を奪って一気に片を付ける!)

 だが、紗代の作戦は透也の思いもよらぬ反撃のせいで失敗に終わる。

「甘いよ、紗代ちゃん」

 余裕の笑みを浮かべながら扇子を一振りする。刹那、あと少しに迫った霊符がこちらに向かって跳ね返ってくる。紗代は咄嗟に防の霊符で閃光を防ぐ。

 しかし閃光の影響でしばらく呆然としていると、背後に気配を感じ振り向く。そこには先ほどまで目の前にいたはずの透也が何食わぬ顔で立っていた。

「いつの間にそんなところに――――」

 急いで裾の中から数枚の霊符を取り出して目の前にいる透也に向けて一斉に投げる。

 だがまるで紗代が投げた霊符の軌道がわかるかのような動きですべて避けてしまう。

「………ッ! カラスのくせだけあってちょこまかと鬱陶しいわね―――」

「そのカラス相手に苦戦しているのはどこの誰かな?」

 売り言葉に買い言葉といった感じで透也が私を挑発してくる。

「見た目に反して案外口も回るなんて本当におしゃべりなカラスなのね」

「そうだね。でも可愛い見た目なのに毒舌な巫女よりは数百倍マシだと思うけどね」

 またしても減らず口を叩く。

―――絶対に滅殺してやる!という思いで目の前の敵に向かって霊符を投げる。

 透也が扇子で風を起こすたびに、防の霊符で防ぎ、爆の霊符で動きを牽制しながら様子を窺う。

 そうしているうちに気が付くと両手に持っていた霊札を使い切ってしまった。

 紗代は再び攻撃を仕掛けるために急いで霊符を取り出そうとするが――――。

 逆にその隙を突かれて透也の左手に両手を押さえられて壁際に押し付けられる。

「は、離しなさい。こんなことしてタダで済むと思っているの?」

「そんな大声出したって誰も助けに来ないよ。でも、強がっている紗代ちゃんも可愛いからいいけど――――」

 端正な顔が間近に迫りまるで恋人にするかのように耳元で囁く透也。好きでもない相手にこんなことされても不快なだけだのに―――――。

「あらら―――こんなに真っ赤にしちゃってもしかして興奮しているの?」

「そんなわけないでしょ!頭、沸いているんじゃないの!?」

「そうだよね。滅殺するべき存在である妖にこんなことされて嬉しいはずないよね」

「だから誰があなたなんかに――――」

 くっと怒りを込めて睨みつけるが当の本人はどこ知らずと言った感じで気にしている様子はいないようだ。

「…………」

「ちょっとなにか言いなさいよ」

 紗代がそう言うと突如として両手の拘束が解かれる。

 体の自由が利くようになった私は即座に臨戦態勢に入ろうとするが―――――。

「そんなに身構えなくても良いよ。もう紗代ちゃんにちょっかい出すつもりはないから」

「はぁ―――? 一体どういうつもりなの」

「そのままの意味で他意はないよ」

 正直、霊符の数も足りなくなりそうだったため、悔しいがホッとする。そのことを敵である透也に気取られないように虚勢を張る。

「良いのかしら? ここで私を逃がしてもきっと後悔するわよ」

「ホントに君は可愛いね。それでこそ俺の✖✖✖―――――だ」(俺の恩人だ)

 まるで愛おしい物を見るかのような眼差しをこちらに向けてくる。

「お生憎様だけれど……私はあなたに一ミリも興味も好意も抱いていないわ」

 私の言葉を訊いた透也がふと口元に笑みを零す。

「ま、今はそれでも良いよ。いずれ必ず俺のことを意識させてみせるから」

 そう言い残すと、闇の彼方へと姿を消してしまう。

「…………待ちなさい!」

 透也が消えた場所に走って向かうが間に合わずに取り逃がしてしまう。

「またね紗代ちゃん」

 手を振りながら、暗闇の彼方に姿を消す。

「………次こそ滅殺するわ」

 透也が向かった方を見ながらそう固く誓う。

 

 透也を取り逃がした次の日。悶々とした気分で学校に向かっていると――――。

「やあ、おはよう九条院さん」

 いつものようにクラス委員の馨子が話しかけてくる。

「大丈夫かい?ずいぶん疲れているようだが」

「ええ、問題ないわ」

 本当は少し疲れていたけれど馨子にいらぬ心配をかけたくなかったのでそう答えた。

「…………」

 だが、私がそう言うと一瞬、さらに心配そうな顔をするが、「本当に大丈夫だから」

 重ねて言うと「九条院さんがそういうならそういうことにしておくよ」と渋々納得してくれる。

 それから、他愛ない話をしながら通学路を歩いていると、背後から「おはよう、紗代ちゃん」と挨拶をされる。

 この声は!と急いで振り返ると、そこには昨日と同じように人懐こい笑みを浮かべた透也は立っていた。

「あなた、なんでここに――――」

 驚きのあまりそう口走る。

「なんでって」

 私の言葉を聞いた透也は笑いを堪えたような仕草をする。

 それを見た私はハッとする。よくよく考えてみると当たり前だ、彼はこの済南高等学校の生徒なのだからここにいっても別に不思議なことではない。

 右隣に歩いてきた透也が小さく笑みを零して、「紗代ちゃんって面白いこと言うよね」と言ってくる。

「やっぱり疲れているんじゃないかい?」

 と、心配した馨子が私の両頬を掴んで顔を覗き込んでくる。

 端正な顔立ちに綺麗な桜色の唇が間近に迫る。

「な…………神宮寺さん!いきなりなんてことするの!!」

 驚いた私は、ぐいっと馨子の肩を押して距離をとる。

「ああ、すまない―――」

 申し訳なさそうに謝って離れていく。

「馨子ちゃんってもしかして、紗代ちゃんのこと好きなの?」

 一連のやりとりを見ていた透也がそんな爆弾発言を投下してくる。

「「はあ――――?」」

 思わず声が重なる。

「ちょっとなに言っているのよ」

「そうだボクたちは女の子だ。そんなことあるわけないじゃないか」

 慌てて馨子も否定する。

「ふーん?」

 どこか疑うような視線を送ってくる透也。

「ちょっといい加減にしなさい!」

 と、気づけば大きな声を出していた。

「そんなに大きな声出さないでよ、紗代ちゃん」

 わざとらしく透也が耳を押さえる。

 やりとりを見ていた馨子は苦笑を浮かべていた。

 学校に着くまでの間、チラチラと周囲の視線が集まっていたような気がするが、気にせず歩いていく。

 短いホームルームが終わってからあっという間にお昼休みになる。

 いつものように教室でご飯を食べようと、机の上にお弁当を並べていると――――。

「今日のご飯も美味しそうだね」

 隣の席からそう言われる。振り返ることなく「あなたにはあげないから」

「それじゃあボクは貰っても良いかな」

 男装の王子と謳われるクラス委員の馨子が爽やかな笑みを浮かべながら机を運んでくる。

「神宮寺さん…………どうして毎日私とご飯を食べたがるのかしら?あなたくらいの人気者だったら一緒に食べる相手なんていくらでもいるでしょに――――」

 ため息交じりにそう言うと、馨子はいつも以上の真剣な声色で「ボクは誰でもないキミと一緒に食べたいからだよ。九条院さん、いや、さっちゃん?」

 イケメン男子顔負けの笑顔とともにそんなことを言ってくる。

「な、な―――――――――――!」

 あまりの破壊力に言葉を詰まらせる。

「さっちゃんねぇ―――?」

 その言葉を聞いた透也は興味深そうに声を漏らす。

「か、神宮寺さん、学校ではその呼び方はやめてって言ったじゃない」

 馨子が突然、昔の呼ぶ方をしてきたので、恥ずかしくなって彼女の口を両手で押さえる。

 慌てて周囲を見渡して訊かれていないか確認をするとクラス中ががやがやとしていたためぎりぎり聞かれずに済んだようだ。

「はあ―――」

 一安心してため息をついた瞬間、近くに訊いた人物がいたことを思い出す。隣をちらと見るとニコニコとした透也と視線が合う。

「一応聞くけれど今の会話聞いてないわよね?」

 ムッと睨みつけるようにして聞いてみる。

「ばっちり聞こえていたよ。でも周りの皆には聞こえていないみたいだから大丈夫だよ」

――――っく!不覚だわ。よりによって忌むべき相手である妖怪に聞かれるなんて。

 今すぐにでも滅殺したいけれどクラスメイト達や馨子がいるしそもそも霊札をもっていないからなにもできない。

 悔しさと屈辱からイライラが込み上げてくる。不機嫌なオーラが顔に出ていたのか馨子が申し訳なさそうに視線をちらちらと向けてくる。

「つい、うっかりとはいえすまない」

「別に気にしなくてもいいわよ。神宮寺さん」

 多少、イライラしていたせいか言い方がとげとげしくなってしまう。

 そんな重たい空気の中、いつものようにお昼ご飯を食べる。

 そんな私たちを見かねた透也が馨子に話しかける。

「ずっと気になっていたんだけれど神宮寺さんってさ、学校では男装の王子様って呼ばれているんだよね、それって何か理由があるの」

 いつもの人懐こい笑みを浮かべながらそう訊いてくる。

 いきなり話題を振られた馨子は「ボ、ボク――――?」

 戸惑ったように反応を見せたが透也はお構いなしに話を進めていく。

 話を振られた馨子は箸を置いて、んぅーと腕組みをして考える仕草をする。それから数秒してから、「多分、それはボクの見た目や声が他の女子に比べて男っぽいからじゃないか?ああ、それからこの喋り方のせいか」

 困ったような笑みを浮かべながらそう答えを出す。

 馨子の言葉を聞いた透也は特になにも言うことはなかった。

―――なにが狙いなのかしら?

 透也の不審な行動に引っかかりを覚えたが追及はしないかった。

 放課後、早く帰ろうと帰り支度をしているところに馨子から声をかけられる。

「九条院さん途中まで一緒に帰らないか」

「悪いけれどほかの他を当たってくれないかしらそもそもどうして私なの?」

 ただの中学からの付き合いで顔馴染みというだけで特に仲が良いわけじゃないのに。

「そう言わずにいいじゃないか」

 と、言うと強引に腕を引っ張って教室をでていく馨子。

「ちょ―――神宮寺さん!?」

 そのまま学校の外に出るまで腕組みをされて連行される。

「そろそろ話してもらえるかしら」

 済南高校が見えなくなったところで馨子にそう言う。

「ああ、すまない」

 私の申し出に気が付いたように手を放す。

 それからは肩を並べて歩く。しばらくは二人とも黙って歩いているだけだった。

「どうしてさっちゃんなんて呼んだの?」

 気になってそう訊いてみる。別に攻めているわけではないのだが。

「別に深い意味はないよ、ただ思い出してしまってね」

 と、悲しそうな顔をする馨子。

 彼女の顔を見て、私も嫌なことを思い出す。

「変なことを訊いてごめんなさい」

 なんとなく気まずさが残る空気の中、帰路につく。

 透也を取り逃がした次の日。悶々とした気分で学校に向かっていると――――。

「やあ、おはよう九条院さん」

 いつものようにクラス委員の馨子が話しかけてくる。

「大丈夫かい?ずいぶん疲れているようだが」

「ええ、問題ないわ」

 本当は少し疲れていたけれど馨子にいらぬ心配をかけたくなかったのでそう答えた。

「…………」

 だが、私がそう言うと一瞬、さらに心配そうな顔をするが、「本当に大丈夫だから」

 重ねて言うと「九条院さんがそういうならそういうことにしておくよ」と渋々納得してくれる。

 それから、他愛ない話をしながら通学路を歩いていると、背後から「おはよう、紗代ちゃん」と挨拶をされる。

 この声は!と急いで振り返ると、そこには昨日と同じように人懐こい笑みを浮かべた透也は立っていた。

「あなた、なんでここに――――」

 驚きのあまりそう口走る。

「なんでって」

 私の言葉を聞いた透也は笑いを堪えたような仕草をする。

 それを見た私はハッとする。よくよく考えてみると当たり前だ、彼はこの済南高等学校の生徒なのだからここにいっても別に不思議なことではない。

 右隣に歩いてきた透也が小さく笑みを零して、「紗代ちゃんって面白いこと言うよね」と言ってくる。

「やっぱり疲れているんじゃないかい?」

 と、心配した馨子が私の両頬を掴んで顔を覗き込んでくる。

 端正な顔立ちに綺麗な桜色の唇が間近に迫る。

「な…………神宮寺さん!いきなりなんてことするの!!」

 驚いた私は、ぐいっと馨子の肩を押して距離をとる。

「ああ、すまない―――」

 申し訳なさそうに謝って離れていく。

「馨子ちゃんってもしかして、紗代ちゃんのこと好きなの?」

 一連のやりとりを見ていた透也がそんな爆弾発言を投下してくる。

「「はあ――――?」」

 思わず声が重なる。

「ちょっとなに言っているのよ」

「そうだボクたちは女の子だ。そんなことあるわけないじゃないか」

 慌てて馨子も否定する。

「ふーん?」

 どこか疑うような視線を送ってくる透也。

「ちょっといい加減にしなさい!」

 と、気づけば大きな声を出していた。

「そんなに大きな声出さないでよ、紗代ちゃん」

 わざとらしく透也が耳を押さえる。

 やりとりを見ていた馨子は苦笑を浮かべていた。

 学校に着くまでの間、チラチラと周囲の視線が集まっていたような気がするが、気にせず歩いていく。

 短いホームルームが終わってからあっという間にお昼休みになる。

 いつものように教室でご飯を食べようと、机の上にお弁当を並べていると――――。

「今日のご飯も美味しそうだね」

 隣の席からそう言われる。振り返ることなく「あなたにはあげないから」

「それじゃあボクは貰っても良いかな」

 男装の王子と謳われるクラス委員の馨子が爽やかな笑みを浮かべながら机を運んでくる。

「神宮寺さん…………どうして毎日私とご飯を食べたがるのかしら?あなたくらいの人気者だったら一緒に食べる相手なんていくらでもいるでしょに――――」

 ため息交じりにそう言うと、馨子はいつも以上の真剣な声色で「ボクは誰でもないキミと一緒に食べたいからだよ。九条院さん、いや、さっちゃん?」

 イケメン男子顔負けの笑顔とともにそんなことを言ってくる。

「な、な―――――――――――!」

 あまりの破壊力に言葉を詰まらせる。

「さっちゃんねぇ―――?」

 その言葉を聞いた透也は興味深そうに声を漏らす。

「か、神宮寺さん、学校ではその呼び方はやめてって言ったじゃない」

 馨子が突然、昔の呼ぶ方をしてきたので、恥ずかしくなって彼女の口を両手で押さえる。

 慌てて周囲を見渡して訊かれていないか確認をするとクラス中ががやがやとしていたためぎりぎり聞かれずに済んだようだ。

「はあ―――」

 一安心してため息をついた瞬間、近くに訊いた人物がいたことを思い出す。隣をちらと見るとニコニコとした透也と視線が合う。

「一応聞くけれど今の会話聞いてないわよね?」

 ムッと睨みつけるようにして聞いてみる。

「ばっちり聞こえていたよ。でも周りの皆には聞こえていないみたいだから大丈夫だよ」

――――っく!不覚だわ。よりによって忌むべき相手である妖怪に聞かれるなんて。

 今すぐにでも滅殺したいけれどクラスメイト達や馨子がいるしそもそも霊札をもっていないからなにもできない。

 悔しさと屈辱からイライラが込み上げてくる。不機嫌なオーラが顔に出ていたのか馨子が申し訳なさそうに視線をちらちらと向けてくる。

「つい、うっかりとはいえすまない」

「別に気にしなくてもいいわよ。神宮寺さん」

 多少、イライラしていたせいか言い方がとげとげしくなってしまう。

 そんな重たい空気の中、いつものようにお昼ご飯を食べる。

 そんな私たちを見かねた透也が馨子に話しかける。

「ずっと気になっていたんだけれど神宮寺さんってさ、学校では男装の王子様って呼ばれているんだよね、それって何か理由があるの」

 いつもの人懐こい笑みを浮かべながらそう訊いてくる。

 いきなり話題を振られた馨子は「ボ、ボク――――?」

 戸惑ったように反応を見せたが透也はお構いなしに話を進めていく。

 話を振られた馨子は箸を置いて、んぅーと腕組みをして考える仕草をする。それから数秒してから、「多分、それはボクの見た目や声が他の女子に比べて男っぽいからじゃないか?ああ、それからこの喋り方のせいか」

 困ったような笑みを浮かべながらそう答えを出す。

 馨子の言葉を聞いた透也は特になにも言うことはなかった。

―――なにが狙いなのかしら?

 透也の不審な行動に引っかかりを覚えたが追及はしないかった。

 放課後、早く帰ろうと帰り支度をしているところに馨子から声をかけられる。

「九条院さん途中まで一緒に帰らないか」

「悪いけれどほかの他を当たってくれないかしらそもそもどうして私なの?」

 ただの中学からの付き合いで顔馴染みというだけで特に仲が良いわけじゃないのに。

「そう言わずにいいじゃないか」

 と、言うと強引に腕を引っ張って教室をでていく馨子。

「ちょ―――神宮寺さん!?」

 そのまま学校の外に出るまで腕組みをされて連行される。

「そろそろ話してもらえるかしら」

 済南高校が見えなくなったところで馨子にそう言う。

「ああ、すまない」

 私の申し出に気が付いたように手を放す。

 それからは肩を並べて歩く。しばらくは二人とも黙って歩いているだけだった。

「どうしてさっちゃんなんて呼んだの」

 気になってそう訊いてみる。別に攻めているわけではないのだが。

「別に深い意味はないよ、ただ思い出してしまってね」

 と、悲しそうな顔をする馨子。

 彼女の顔を見て私も嫌なことを思い出す。

「私の方こそ変なことを訊いてごめんなさい」

 なんとなく気まずさが残る空気の中、帰路に就いて自室のベッドに倒れ込む。

「はあ………」

 大きなため息を吐きながらさきほどの馨子の言葉を思い出す。

―――嫌なことを思い出してしまってね………。

 その言葉から忘れていた、いや、忘れていたかった出来事が脳裏にフラッシュバックする。

――――大きな神社の一人娘だからって、地域に影響力があるからってさ、調子に乗ってない?などと言った根も葉もないデタラメな噂や言いがかりをつけられたことがあった。

 そんなくだらない噂に踊らされることなく、唯一私のことを見てくれたのが馨子だった。

「やぁ元気かい! 九条院さん」

 最初のきっかけは私がクラスから浮いていた時に話しかけてくれたことだった。初めの頃は、鬱陶しい存在だとどうせ彼女も私の正体に気づけば離れていくとそう考えていた。

 二日経っても、三日経っても、一か月経っても、馨子が私から離れていくことはなかった。

「おはよう九条院さん」

「まったくあなたも懲りないわね」

 毎朝、顔を合わせるうちに一言、二言、話すようになっていき気が付けば一緒に登下校するようになっていた。


 ちらりと部屋の中に差し込む月明かりで目を覚ます。机の上の時計に目をやると、時刻は夜の十時を回っていた。寝ぼけ眼を擦りながらベッドから起き上がり、諸々の準備をしてから巫女装束に着替えて妖怪退治に向かう。

 いつものように済南高校の敷地内に向かい既定の巡回ルートを回る。校門のさしかかったところで、見知ったシルエットを見つける。

「こんばんは紗代ちゃん」

 視線を向けると校門に座ってニコニコとした人懐っこい笑みを浮かべている透哉が目に入る。

「こんなところでなにをしているのかしら?」

 キッと威嚇するよう睨み上げるが残念なことに透哉には全く効果がないらしくケロッとしている。

「そんなに怖い顔しないでよ」

 さらにニコニコにとした笑みを浮かべながらそう言ってくる。

 笑みを崩さない透哉にいら立ちを隠せずにいると――――。

「あれ?どうしたの、そんなにイライラしてせっかくの可愛い顔が台無しだよ」

「黙りなさい!あなたにはそんなこと言われる筋合いはないわ」

 ああいえば、こういう透也に辟易しながら話をする。

「っていうか、いつまでそこにいるつもりなの?いい加減に降りてきなさい」

 いつまでも校門の上に座っている透哉にそう呼びかけるが、「別にいいじゃん」と聞く耳を持ってもらえずに強引に引きづり降ろそうとしたところで、アクシデントに見舞われる。

「紗代ちゃん、そんなに強く引っ張らないでよって、おおっと」

「ちょ、なにして、きゃっあ!!」

 突然、バランスを崩した透哉が私の方に倒れ込んできた。咄嗟に両手で受け止めようとするがいきなりのことで上手く受け止めきれずに二人して倒れ込む。

「―――痛い!!」

 砂埃を上げながら「けほけほ、なにするのよ」とこの原因を作った張本人に文句を言おうと透哉に探すために辺りを見渡すがまったく見つからない。あれ?おかしいと思った矢先。

「痛ててぇぇぇ―――ケガはない?紗代ちゃん」

 声のした方を見ると私を庇うように下敷きになっている透哉がいた。

「な、なんのつもり!? どうして私のことを助けたの!?」

 咄嗟に出た質問に透哉は一瞬きょとんとした表情を浮かべてから、何でもないように答えた。

「なんでって好きな人を助けることに理由が必要なの?」

「こんなことしても私のあなたに対する心証は変わらないわよ…」

「別にいいよ、恩を着せたくて助けたわけじゃなくから。それより紗代ちゃんがケガしてなくて本当によかった」

 ふっと安堵した笑みを浮かべる透也。

「………」

 透也の笑顔を見た瞬間、なんでかよく分からないが不思議な気持ちになる紗代であった。

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妖怪シークレットサービス 赤瀬涼馬 @Ryominae

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