第18話 殺したいのか死にたいのか

 意識が戻ると、大丈夫か? とスオウ副団長のブルーグレーの瞳が上から覗き込んでいた。

 アツリュウが驚いて身を起こすと、頭がひどく痛み、次いで首にも鈍痛が広がった。


 離宮で毎日のように利用する、宿直部屋に寝かされていた。セウヤ殿下のことを尋ねると、今は落ち着いて居室に戻り眠っているという、護衛が見守っているとの言葉に安堵のため息が出た。


「アツリュウ、セウヤ殿下の計画をどうして私に報告しなかった」

 シンライガ団長が、椅子に座り腕を組んで、不機嫌に言葉を投げた。


「ブリョウ、おまえ知っていたらどうした? セウヤ殿下の言うとおりにして、あの場で殺させたか?」

 いつもは団長に敬語で話す副団長が、家名ではなく名を呼び捨てても団長は気にする風がない、少し驚いたが二人の間では普通のことのようにみえた。


「私はアツリュウに助けられたように思う。あんな自暴自棄になったセウヤ殿下を、説得して止めることは無理だったのではないか? 命とあらば殿下の思うままにさせたか?」 

 私もアツリュウと同じことをしたかもしれない……、スオウ副団長はそう言って、おまえならどうした?とシンライガ団長にまた問うた。


「私だったら、もっと確実な方法を提案した」

 シンライガ団長の言葉に、返す言葉を見つけられなかった。スオウ副団長も驚いた表情で「本気か?」と呟いた。


「セキレイド、おまえセウヤ殿下の言葉を信じていないのか? リュウヤ殿下はハリーヤ殿下に殺され、さらにセウヤ殿下も殺されかかった。たまたまアツリュウが飛び込んで助けたから生きている。ハリーヤ殿下は息子を2人殺したんだ」

 シンライガ団長は組んでいた手をほどくと、スオウ副団長に座れと指さした。三人頭を寄せて座ると、団長は声音を落とした。


「アツリュウ、今日おまえがセウヤ殿下を止めたことで、この話は片が付いたと思うか? いや違う、これから始まるんだ、俺の言っている意味が分かるか?」


 シンライガ団長の言葉の意味が分からず首を振った。


「ハリーヤ殿下は気づいただろう、今日の明らかに不審なセウヤ殿下の行動に『息子が何かおかしい』と。セキレイド、おまえはひどく頭が切れるのに、時々呑気なことを言い出だすから俺は驚かされる」


 シンライガ団長は、声音を落として話を続けた。


「これからセウヤ殿下は命を狙われる。セウヤ殿下に覚悟があるのならば、ハリーヤ殿下に警戒されていなかった今回を逃したことは悔やまれる。俺が始まるといったのは、父と息子の……」


 殺し合い…… 


「姫様は?」

 思わず口から出た言葉に、シンライガ団長が「おまえのここはお花畑だな」と俺のおでこを指で強く弾いた。頭が割れそうな強烈な痛み。

「姫様は殺されない。何故なら彼女はハリーヤ殿下の手駒になるからだ」


 父と息子で殺し合い、娘は手駒…… セウヤと姫がいるこの王家という異常な場所。俺はどうしたら良かったんだろう、団長の言うように、セウヤ殿下の父殺しを手伝うべきだったのか? 


 いなと己の心が返事をする


『私はどうすればいいかわからないんだ』

 妹を心配して問うてきた17歳の少年の顔が思い出された。

 

 セウヤの心は、今日父を殺していたら完全に壊れただろう。

 俺は姫様を守れるならなんだってする。だから、姫様が愛する兄を失わせたくない。

 

「セウヤ殿下は父を殺してシュロム王になる。俺は喜んでセウヤ殿下のしもべになる。彼の望むままに俺がハリーヤを消してやる。覚悟を決めろ、アツリュウ、セキレイド」


 シンライガ団長の目の奥で燃える何かがあるようだった、セウヤ殿下が自分ではなく、団長に頼っていたら、間違いなくハリーヤ殿下は今日死んでいただろう。


「違うだろブリョウ、おまえはセウヤ殿下をシュロム王にすることなんか考えてない」

「なんだと」


「おまえは、おまえの復讐をしたいだけだ。リュウヤ殿下を殺した奴を八つ裂きにしたいだけ。俺が呑気にしていると言ったなブリョウ、その言葉をそのまま返す。リュウヤ殿下を失った悲しみに明け暮れて、守れなかった己を責めさいなんで、何も考えず呑気にしているのはおまえだろうが!」


 シンライガ団長は返事をしなかったが、そのにらみはスオウ副団長をぶった切って絶命させる激しさだった。


「おまえが殺し方を提案などしなくとも、セウヤ殿下はどんな手だって思い付く。あの方の聡明さを知っているだろう。だが殿下はこんな子供の思い付きのような殺し方を選択した。どうしてなのか言ってみろブリョウ」


 声音は低かったが、スオウ副団長の怒りが込められていた。

「アツリュウ、こいつに教えてやれ、セウヤ殿下が望んでいることは何かを」


「セウヤ殿下の望みは……死ぬこと」


 シンライガ団長の目が見開かれたと同時にスオウ副団長が立ち上がって、団長のえりぐりを両手で掴んだ。


「聞いたかブリョウ。どうする、今度は守れるのか? リュウヤ殿下を守れなかったおまえが、セウヤ殿下を死なせずに守り通せるのか? 」

 

 スオウ副団長は両襟をさらに握り締めて持ち上げた。

「リュウヤ殿下を失ってから半年だ。その間おまえはずっとふぬけのままだ。ブリョウ目を覚ませ、セウヤ殿下はたった一人でリュウヤ殿下殺害の真相を突き止めた。どれほどの洞察力をもっているのか計り知れない。私は恐ろしい、セウヤ殿下が心から恐ろしい」


 スオウ副団長はシンライガ団長の大きな体を突き放した。よろめいた団長は何も言わない。

「リュウヤ殿下からの最後の命だ。我々はセウヤ殿下をお守りする。ブリョウ、私にはそれができるか自信がない。あの方は………」


 副団長が言わんとしていることが、俺にはよく分からなかった。


「セウヤ殿下はシュロムの天使と言われてきた。だがあの人は、悪魔にもなるぞ。どうするブリョウそれでもおまえはセウヤ殿下のしもべになる覚悟があるか?」


 シンライガ団長は拳を握りしめたまま、長い事黙っていた。


「ああ、俺はあの方が何になっても……お側にいる」


 団長のアーモンドの眼差しの、漆黒の瞳は深く悲しみに覆われている。


 ああ、この人も死にたいのだ。

 リュウヤ殿下を失ってからずっと……悲しみの中に生きているのだ。


「アツリュウ、今日のことで殿下がおまえにどのようなさいを下すかは分からぬ。もしかしたら命を取るかもしれぬ。どうする? ここを去るか? ここに残ればおまえを守ることはできないが、去るおまえを追わないようにしてやることはできると思う」


 ここを去る? 考えてもいなかったスオウ副団長の言葉に、いいえ残りますと即答した。


「おまえは初めから、死ぬ覚悟で殿下をお止めした。それは分かってはいたが…… 堀に飛び込んだ時も、今回も、おまえは自分の命などどうでもいいように扱うのだな」


 スオウ副団長は首を振ってため息をついた。


「ここは死にたい男ばかりだな。リュウヤ殿下に会いたいよ。あの方なら笑い飛ばしてくれるのにな」

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見ているだけで満足な姫と、死んでも触りませんと誓った剣士の、叶いそうにない両片思いの恋物語 まつめ @hananoki2024

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