第8話 魔法かな。と思ったらおまじないだった。

 ギシ、ギシと階段がきしむ音をさせて、僕は個室から、一階のホール兼食堂に降りてきた。

 階段を降りたところにあるカウンターに宿屋の主人、オルト・ローベンが新聞を読みながらくつろいでいた。


「おはよう。オルトさん」

 僕は、まだ眠気の残る目をこすりながら、オルトに挨拶した。


「これは。おはようございます。勇者様」

 オルトを僕を見ると、読んでいた新聞をカウンターの下に入れ、立ち上がった。


「勇者様はやめてください。しばらくは勇者ということは関係なく活動する気ですから」


「これは失礼いたしました。タケル様」

 そのかしこまった口調もやめてほしいなぁ。と思いながら、僕は、オルトに朝食を頼んだ。


「トーストとコーヒーをお願いします」


 言って、しばらく待つと出てきたのは、おそらく朝、町のパン屋で、仕入れたのだろう、フッカフカの表面カリカリのバターを塗った香ばしいトーストと、プリップリのソーセージ、トロットロの半熟卵の目玉焼きと、甘みのあるブロッコリーとニンジンのソテー。旨味を感じる粗塩と、湯気の立つ香りのよい深い味のコーヒーだった。


 なるほど、あまり豪華とも言えない宿屋だが、グランドが勇者に勧めたのは、信用あってこそか。


 しばらくもしゃもしゃ食べながら、一日の計画などを考えてみる。


「ありがとう。ご馳走様。さっそく今日から、ギルドに行ってみることにします」


「はい。いってらっしゃいませ」


 宿屋から出て、ギルド会館までの通りを歩く、今日は、パウルは置いてきた。パウルもパウルで、「ギルドで仕事をしてくる」と言ったら、「いってらっしゃ~い。気を付けてね~」と言っただけで、そのまままたくてっと寝てしまった。

 子供連れの親子や、ご年配の方とすれ違う、もう昼前なので、働いている人は、もう出勤しているのだろう、こうしていると、元の世界とあまり変わらない。


 元の世界か、、、僕が死んで悲しむ人はいたのだろうか?両親は泣いたのかな?それともせいせいしたのかな?まぁ、もう、帰る気もないし、帰る体も向こうにはないだろう。

 友達も、恋人も、お金も、仕事も、居場所さえあっちにはなかった。

 そのうち僕も、向こうの世界のことをもっと考える日が来るのだろうか?


 そんなことを考えていると、ギルド会館の前まで来ていた。


 ギギギ、立派な木製の扉を開ける。


 冒険者たちがの視線が一瞬僕に集まったが、胸にかけているカッパーのプレートを見ると、皆、興味なさげに視線を戻した。


 カウンターの受付の親父は、一瞬僕に、目礼したが、それ以上何もしなかった、僕が勇者ということは伏せておくよう言われているのだろう。


 仕事の依頼を見ようと、掲示板まで行くと、先客が二人いた。


 しばらく二人の後ろから、貼られている紙の依頼を見ながら二人の様子をうかがう。


「どうしよう。お兄ちゃん。コボルト退治なんてまだ早いよね?」

「やってみなけりゃわからないけど、ダメでしたって、コボルトが逃がしてくれるわけがないしなぁ」

「そうだよね。失敗したら殺されちゃうんだよね」


「これは?どぶ川の清掃」

「いやだよ、汚い」

「汚いだのきれいだの言ってる場合じゃないだろ。俺たち冒険者なんだぜ?」


「じゃあこれは、猫ちゃんの探索」

「ん~。報酬がなぁ。ポーション一本って、、せめて、昼飯二人分だったら考えるんだが、、」


「ちょっといいかな?」

 僕は後ろから二人に声をかけた。


 二人はびっくりしたように僕を振り返る。

 

 女の子は、緑の髪で琥珀色の目をしている。すごい美少女だというわけではないが、可愛い愛嬌のある顔をしている。


 男の子は、茶色い髪に、琥珀色の目をしていた。凛々しい顔をした、なかなか、学校ならモテそうな少年である。


 似たような恰好をしていたが、女の子は動きやすような軽装で、男の子は防御力の高そうな装備をしている。女の子は魔法使いで、男の子は戦士なのだろう。


 二人はしばらく言葉に詰まっていたが、男の子が


「はい。なにか?」


 と返事をしてくれた。


「僕も、冒険者になりたてでさ。できればご一緒できる仲間が欲しいんだよね」


 二人は僕の胸から下がっているカッパーのプレートを見ると。


「ああ。そういうことなら!」


 言って、少し明るい顔をした。


「きみ。戦士?魔法使い?」


「一応どっちもいけるかな」


「え?すごいじゃん!ってことは魔剣士志望?」


「ま、まぁね」

 少しニュアンスが違うんだが……


「俺は、戦士志望のアラン・クライン、よろしく!」

「わ、私は、回復術師志望のメル・クライン、お兄ちゃんともどもよろしく」


「僕は、タケル。タケル・スドウ、まぁ、魔剣士志望(大嘘)。よろしく!」


「やったねお兄ちゃん、パーティーが3人になったよ。しかもバランスよくない?戦士、魔剣士、回復術師。これなら、コボルトぐらい行けそうだね!」


「いや。やっぱり知能を持ったモンスターはまだ早いよ。初めは大蜘蛛か大蝙蝠あたりにしとこう」


「そっかー。そうだよねぇ」


「ところで、きみ、出発の準備はできてる?」


「ああ。できてるよ」


「じゃあ、これ、このF級依頼、大蜘蛛討伐。俺らのはじめての依頼はこれで!」

 言って、アランは掲示板から、『F級依頼、大蜘蛛討伐、報酬30シルバー』と書いた依頼書をはぎ取った。

 アランは、依頼書を受け付けの親父のところに持っていった。

 親父は、一瞬僕のほうに目を向けたが、何もなかったように依頼書をアランに返すと、アランが戻ってきて。

「許可下りたよー。30分後出発で!」

 と言って、トイレに向かっていった。


 僕も、昨日グランドに用意された飲み水やら、食料やら、装備の点検をして、奥のカウンターに座ると、飲み物を注文して、時間を待つことにした。

 考えてみたら僕もモンスター討伐は初陣だ。負ける気は全然しないが、緊張はする。

 考え事をしていると、メルがちょこんと横の席に座って、オレンジジュースを注文した。


「緊張してる?」


「少し」


「緊張緩和の魔法かけるよ」


 言って、何やら呪文を唱えると、「エイッ」と僕の背中を叩いた。


 僕は一瞬ビックリした。


「これが魔法?」


「これが、緊張緩和のおまじない。効果あるでしょ?」


言ってメルは小さく笑った。


本気なのか冗談なのか、、


僕は運ばれてきた、アイスコーヒーを一口飲んだ。

 




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