悪魔なH(エイチ)

明日香

「ごめんなさい」



ふ、ふられたぁぁーーーー



瞬殺。

あたしの高校生活終わった。

これから

これから、あたしのバラ色の高校生活を語っていこうとしたのにーー



無謀でした。

あたしなんかがかなう相手じゃなかった。



放課後。

ひとけのない屋上。

学園いちのイケメンが一人で佇む。



雰囲気にながされすぎたぁ。

もうダメだ。



きっと明日には、あたしが玉砕した噂が広まっているにちがいない。



もう生きていけない。



ぼーっと立ち尽くしていたら、



「ちょっといい?」



いきなり手首を捕まれて、ひっぱられる。



は?

何なに何?



もしかして、彼が思い直して戻ってくれたとか?

って、そんなはずじゃなかった。



目の前にいるのは別人で。

ってか、一体誰?

顔は、向こうを向いているからわからないけど、あたしの手を、痛いぐらいに掴んで、強引にどこかに連れて行こうとしてる?



「ちょ、ちょっと、なんなんですか?」



「いいから、ついてきて」



なにコイツ。

あたしが失恋直後と知っての行動ですか?



らち?

ゆうかい?

身代金目的?



ちょっと待って。

あたしん家、100万だって出せるかどうか。



あぁ……って、なワケないか。



気付くと、どこかの教室に連れられていた。



なんか油くさい。



えっどこ?



「じゃー、脱いでくれる?」



……は?



はぁーー!?



今、なんと?

やっぱり誘拐?

あたしを乱暴しようっていうのね。

こんなあからさまな犯行あったもんじゃない。



最悪。

今日は人生最悪の日だわ。

朝の占いじゃ、1位だったのにぃー

訴えてやる。



いやいや、まずはコイツに一言を文句を言おうと思ったんだけど……



息が止まった。

目の前にいるそいつの顔が、驚くほど美形だったから。

なんで、こんなにキレイになれるの?



「ぼーっとしてないで早く」



「あっ、ハイ……」



あたしは思わず、ボタンに手をかけた。



って、ちょっと待てーい。

何言うこと聞いてんのよ。

コイツは単なるチカン

変態

悪魔よ。



いや、本当に悪魔かも。

だって、魔力にかかって思わず脱いじゃうところだったもん。

人間の美しさじゃないもん。



「この悪魔!! あたしをどうする気?」



「あ? 描く気」



「あ…くき?」

何?

悪魔の名前?



まぁ、いいわ。

でも、いくら傷心中のあたしといえども、さすがに悪魔に処女は渡せない。



だって……



「わかったよ。冗談で言ってみた。服は着たままでいいから、そこ座って」



え?



冷静に見まわすと、そこは美術室だった。

何枚かの絵が、木の台(イーゼル)に飾ってある。



「あたしにモデルになれってことですか?」



「当たり前じゃん。他に何をしろっての? ストリップでもしてくれんの?」



「はぁ? するわけないでしょ。あんたが、いきなり連れてきたんでしょ。で、いきなり脱げ、モデルになれ、で、なるわけないでしょ?

頼み方ってないんですか?」



「だから、ついてきてってお願いしたじゃん」



あれが?

お願い?

こういう自己中男、だいっきらい。

返す言葉もないわ。

無視して、教室を出て行く。

やってらんない。



「バイト料五千円」



なぬ……?

五千円!?



座っているだけで五千円。

楽なバイトだ。

悪魔でも、もののけでもかまわない。

おとなしくやってやろうじゃない。







あたしは言われるままイスに座った。



「あんた名前は?」



「そういうあなたはなんていう名前なんですか?」



「俺が聞いてんの。名前もわからない女じゃ、描く気ないから」



ムカつく。

やっぱり悪魔だ、コイツ。

まぁ、でも大人しく名前ぐらいは教えてやろう。

バイト料五千円のためだ。



「明日香です」



「何あすか?」



「三石明日香」



「……。」



リアクションなし!?



「あなたは?」



「鳴神ヒトナ」



神?

よりによって神?



悪魔じゃなくて?



なるかみ?

ひとな?

神、なる、人な?



「く…く…く」

思わず失笑。



「おいっ、何笑ってる」



「ごめんごめん」



そうだよね。名前で笑っちゃいけないよね。

でも神って……



たぶん、30分くらいはたった。

楽なバイトじゃない。

全身がつる。

あたしはヒトナの方向から45度傾いて座っている。



「まだですか?」



そう言いながら、ヒトナの顔を盗み見る。



「動かない」



ハッとする。



まるで獲物を狩るライオンのような眼だった。



そんなライオン見たことないけど。



そんな鋭い眼であたしをずっと見てたんだ。

ちょっとドキッとした。

いや、かなり。

鼓動が速まる。



「な、何の絵を描いてるんですか?」



「あんたの絵」



……これだから自己中は。



「なんの、た・め・に、あたしの絵を描いてるんですか?」



「今度、県展に出すから」



「けんてん?」



「コンクールに」



「コ、コンクールに出すんですか?」



「動かない。その下書き、っていうか、今、スランプだから、いろいろ試してんの。デッサンもかねて」



そっか、そうだよね。

コンクールに出すような絵をあたしなんかにするわけないよね……



でも



「なんで、あたしをモデルに?」



「だから、デッサンの練習。たまたま見かけたから」



たまたま。

そうだよね、誰でもよかったんだよね。

デッサンがどういう意味かは知らないけど、いい意味ではなさそうだ。



「ほら、動かない」



「いや、なんか、用具入れの方で何か物音が」



「気のせいだろ」



「そう?」



にしても、首がつる。







1時間はたった。

沈黙に飽きて、あたしは一つの疑問を聞いてみた。



「ホントにヌードも描くの?」



「描くよ」



「エッチ!」



「何言ってんの。普通じゃん」



「普通じゃないよ。高校生だよ? どうせスケベな事を考えながら描くんでしょ!」



「当たり前じゃん」



え?

てっきり照れて言い訳するかと思ったのに、つまんない。



目だけ動かして、チラッと盗み見るけど、動揺まったくなし?



「スケベな気持ちがなきゃ、女性の体をキレイに描けるわけないから。お前に言ってもわからないと思うけど、これしかないっていう絵が描けるの、めちゃくちゃ気持ちがいいんだ。

これしかないライン、これしかない色、S○○の何倍も気持ちがいいんだ」



は?

何コイツ真面目な顔して言ってんの?



でも……

あたしの体は妙に熱くなってきた。







2時間近くかかって絵は完成した。



そこに描かれているのは本当にあたしなんだろうか。

ものすごくキレイな女性の姿が描かれていた。



悪魔の眼から見ると、こんな風に見えるのだろうか。



「よかったら、持っていっていいよ」



「いいの?」



あたしは、まるで子供のようにはしゃいだ声で応えた。



「言ったろ、練習だって」



「ありがとう」



「じゃあ、バイト料五千円」



「いい……この絵が、バイト料でいい」



「そう。お前が言うなら別にいいけど。じゃ、ありがとな」



そう言って、ヒトナはあっさりと教室を出て行った。



一人残されたあたしは、なんとも言えない幸福感と、ドキドキでいっぱいだった。

数時間前に失恋していたことなんて、忘れていた。







その夜は、まったく眠れなかった。



それから

数週間。



ヒトナと、会うことはなかった。



寂しい?

会いたい?



まさか!?

あたしの気持ちは……







どうしても気になったあたしは、ある場所へと向かった。



そこには

あたしの目の前には……



天使がいた。

美しい裸の絵だった。



ヒトナの絵は、みごと大賞を取っていた。



あたしなんかよりもずっとキレイな女性。



別人だよね……



あたしの瞳からは一粒の涙がこぼれていた。



それは、感動の涙なのだろうか、それとも、信じたくないけど、失恋の涙?







次の日。

あたしはある場所へと、全速力で走っていた。



バァァン!



勢いよく、ドアを開ける。



「ねぇ、あたしをモデルに、ヌードを描いてみない?」



あたしは両手を腰につけ、エラソーに叫んだ。



コッチを向いたヒトナの眼は点で、筆を持った手は止まっている。



「ノックぐらいしろよ」



告白もしてないのに、失恋してたまるもんですか!



あたしの恋は始まったばかりっ!!







(おわり)







おわりじゃなーーいっ



これから

ドキドキでハラハラで

最高の恋が……



「うるさいっ、終わりだ、終わり」



「えぇぇーーーー!?」



(だから、おわり)



マジで?



続かない?



本当に?



続くよね



ねぇってば……



待って



ちょ、まっ……



(本当におわり)

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悪魔なH(エイチ) @ukak2023

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