深化する侵攻
バトレイヴンの道を駆け抜けながら、シャルロットがレイピアを振るう。
彼女が持つ青い光を帯びた刃が触れるや否や、モンスターたちは凍り付き、切り裂かれた部分は地面に落ちて氷の破片となった。
「シャルロット。」
シャルロットが剣を収めて振り返る。
彼女を呼んだのは、ナルメリス魔法学校の教師アレイラだった。
「この辺りは片付いたか。」
「目に見えるモンスターはすべて処理しました。」
「さすがアフロニア家の次期当主ね。」
アレイラは杖を掲げ、呪文を唱える。
「スカイサイト。」
緑色の魔法陣が現れ、その中から小さな瞳が浮かび上がり、空へと昇っていった。
「まだ残っている奴らもいるけど、バトレイヴンの冒険者たちが対応しているようね…」
アレイラは後ろを振り返る。
学生たちが緊張した面持ちで杖を握りしめ、周囲を警戒している。
「ひとまずホテルに戻ろう。」
「ホテルにですか?」
「ええ。高いホテルにはそれなりの理由があるものだから。」
アレイラが修学旅行の宿泊先にホテルを選んだのには理由があった。
このような事態が起こるかもしれないと考え、学生たちを安全に守れる場所が必要だったのだ。
そのホテルは非常時には建物全体に防御魔法を張り、モンスターが侵入できないようにする仕組みだった。
ドン、ドン。
何かが建物の間から歩み出てきた。
巨大な岩が人の形を成したような姿のモンスター、それはロックゴーレムだった。
シャルロットが剣を抜きかけると、アレイラがその手を制した。
「ミューゼル先生。」
「えっ?」
ゴーレムの上には、白いとんがり帽子を被り、二つに編んだ髪。
ナルメリス魔法学校の教師であることを示す紫のローブを纏い、手には杖を握った、10歳くらいに見える背の低い女性が立っていた。
ミューゼルが彼らを見下ろしている。
「何だ、ここだったのか?」
ミューゼルが出てきた建物の間から、他の学生たちも続いて現れた。
「そちらの状況はどうですか?」
「特に問題ありませんでした。」
その言葉にアレイラが微笑む。
「まあ、この周辺に現れたモンスターで、ミューゼル先生のゴーレムに敵うものなんていないでしょうね。」
「私のゴーレム、ちょっと強いですからね。」
アレイラに褒められ、ミューゼルは得意げな表情で鼻を高くする。
「怪我をした生徒はいませんか?」
アレイラの後ろから出てきたナガイアが、ミューゼルに声をかけた。
ミューゼルが頷く。
「ええ、大丈夫ですよ、ナガイア先生。」
「よかった…」
ナガイアが胸を撫で下ろして安堵し、アレイラが手を挙げて声を上げる。
「では、生徒たち、全員集合!」
集合という言葉に、生徒たちがアレイラの元へ集まる。
「もし友達がいなくなっていると思ったら、手を挙げて。」
「先生!」
アレイラは後ろで手を挙げた生徒の方を見た。
そこにはトライドがいた。
「誰かいなくなったの?」
「あの…さっきからあの三人組が見当たりません。」
「三人組?」
「はい。ニールとアリア、それにエドワードの三人です。」
アレイラは眉間に皺を寄せて生徒たちを見回した。
「エドワード、いたら返事をしなさい。ニール、アリア!」
生徒たちに呼びかけても、三人の声は聞こえない。
「まったく…あの困った奴ら。どこに行ったのよ?」
舌打ちをしたアレイラが周囲を見渡して尋ねる。
「エドワード以外にいなくなった人はいない?大丈夫?」
「いません。」
「ミューゼル先生。」
「はい?」
「生徒たちをホテルまで誘導してください。」
「私がですか?それでアレイラ先生は…」
アレイラは後頭部を掻きながら歩き出した。
「落ちた連中を探しに行きます。」
***
ガン、ガン。
鉄と鉄がぶつかり合う軽快な音が響き渡る。
ヒュッ。
鉄でできた弓を振り回して私を振り払い、そのまま矢を放つ。
右手に持った短剣で飛んでくる矢を弾き、左手に持った杖をそいつに向けた。
「ファイアボール。」
私の目の前に揺らめく陽炎。
そして透明な何かが素早くそいつに向かって飛んでいく。
見えているのかどうかはわからないが、そいつは高くジャンプして避け、何度も続けて矢を放ってきた。
「はあっ!」
ザルファラ姫が巨大な斧を振りかざすが、かなりの速度で動き回るそいつに斧を当てるのは難しい。
斧はそのまま地面に叩きつけられ、強い轟音と共に土埃を巻き上げた。
破片をひらりと避けながら、そいつはまるで飛ぶように宙に浮かび、弓を引き絞る。
「ピアシングアロー。」
矢じりが日光を浴びて輝いているのか、それとも矢じり自体から放たれる光なのか分からないが、その光が矢じりを包み、それがそのままザルファラ姫の体に向かって飛んでいく。
ズバッ。
「ぐっ…」
骨を貫かれたのか、ザルファラ姫が左腕をだらりと垂らす。
「その状態じゃまともに戦えないだろうな。」
地面に着地したそいつがザルファラ姫に向かって歩み寄る。
「ファイアボール。」
再びそいつに向かってファイアボールを放った。
透明なファイアボールはそいつに向かって飛んでいくが、そいつは私のファイアボールを鉄の弓で打ち払い、観客席の方に飛ばしてしまう。
モンスターさえ防げないファイアボールを、たかが鉄の弓で弾き飛ばすとは、何ともやる気をそがれる。
「くっ…」
そいつが姫の頭を掴み上げる。
姫の口から滴る血を手で拭い、その手を自分の口に運ぶ。
「さすが英雄の娘だな。濃度がちょうどいい。」
そいつが姫の頭を地面に叩きつける。
「はあ…はあ…」
私との戦いでかなり体力を消耗したのだろうか。
さっきとは違い、姫がまともに力を使えない。
「お前を先に殺してゆっくり進めたいところだが…」
そいつは腰から杖を取り出し、呪文を唱える。
「テンタクル・レイズ。」
黒い光の魔法陣が宙に現れ、地面から触手が現れて姫の腕と足を縛る。
傷ついた肩から血が滴り落ち続ける。
私は触手に向かってもう一度ファイアボールを使った。
足に巻き付いた触手にファイアボールが当たり切断されたが、地面から新たな触手が現れて再び足を縛る。
「ルアナ!」
そいつがどこかを見ながら叫ぶと、まだ崩れていない観客席からルアナが姿を現した。
「アントラ~、ついに呼んでくれるのね~?」
「くだらない話はやめて手伝え。」
ルアナは観客席から飛び降り、ゆっくりと歩いてくる。
そして私の目の前に立ち、魅惑的な笑みを浮かべる。
「大丈夫〜?エドワード?」
「全然大丈夫じゃないけど?」
「そんな~、こんなに死なずにちゃんと立っているのに、大丈夫じゃないなんて〜!」
私は短剣を持ち上げて、そいつに向けた。
「まず、どうしてこうなったのか説明してくれ。」
「説明~?ここで説明なんて必要?」
ルアナは赤いローブで隠された太ももから杖を取り出し、手に握る。
「こうなっただけよ。」
私に杖を向け、素早く呪文を唱える。
「ダークウェーブ。」
ルアナの杖の先に黒い魔法陣が現れ、暗い波動が破壊された地面を覆う。
「これは何だ?」
ダークウェーブが地面を覆い、岩がゆっくりと溶け始める。
「これ以上近寄らない方がいいわ~」
一歩足を踏み出すと、私が履いていた靴とズボンの裾が溶けていく。
「仕事が終わるまでここには絶対に来ないでね。」
「心配しないで、アントラ~、さっさと仕事を終わらせて!」
アントラがポケットからチョークを取り出し、地面に魔法陣を描き始める。
「ルアナ。」
「なあに~?」
「一つだけ聞いてもいいか。」
「どうぞ~」
「今、俺たちは敵同士で間違いないか?」
ルアナは人差し指を唇に当て、空を見上げて考えるそぶりをした後、微笑む。
「今はそうね~?」
「ありがとう、そう言ってくれて。」
その言葉を待っていた。
私はすぐさまルアナの前に飛び出し、短剣を振り下ろした。
ルアナは慌てて身をよじって避けたが、私は杖をルアナの顔に向けた。
「ファイアボール。」
「きゃああっ!」
悲鳴とともにファイアボールを受けて吹き飛ぶルアナ。
しかし、残念ながらルアナは死んでいなかった。
どうして死ななかったのかと詳しく観察すると、淡く輝く薄い膜のようなものがルアナを包んでいる。
「マナシールドか。」
「驚いたわよ、エドワード!」
ルアナが杖を構え、呪文を唱える。
「コーリングサンダー!」
黄色い魔法陣から発生した稲妻が一本、私に向かって飛んでくる。
「マジックシールド。」
習っておいた魔法の一つだ。
魔法から体を守る青いマジックシールドが私の体を包む。
「防御魔法まで使えるなんて!?まだ防御魔法を習う学年じゃないでしょ!それ、違法だよ!」
頬を膨らませ、不正だと言わんばかりに話すルアナ。
どれほど私を侮っていれば、死にかけた状況でも冗談を言う余裕があるのだろうか。
『お前がそんなに強いってことだな?』
私は杖を持ち上げた。
&&&
アルセルの森の中。
私は杖を手にしたまま目を閉じ、自分の体に意識を集中させた。
それがマナのふりをしているものなのか、それともマナとは異なる何かなのか分からないが、体内を行ったり来たりする気配が感じられる。
できる限り集中し、手に持つマホガニーの杖にその力を集めると、杖の先に透明な陽炎のようなものが立ち上った。
『これがマナじゃないって?』
ではマナというのは一体何で、私が集めたこの陽炎は何なのか。
いくら考えても答えは出なかった。
「まあ、『黄金の夜明け研究会』に行けばヒューズテラさんが教えてくれるでしょう~」
木陰に座り、本を開いた。
びっしりと文字が詰まった魔法書。
その光景を見た瞬間、私は再び本を閉じた。
「もう、習わなくていいんじゃない?」
やはり理論の勉強より実技が一番だ。
もちろん、理論を知り、実技の方法を理解した上での話だが。
実技の方法を知らなければ実践は不可能なので、仕方なく私はもう一度本を開いた。
「ふむ…」
本自体は、マナの運用ができることを前提として書かれていた。
魔法の属性変換や必要なマナの量など。
長い間研究された魔法の精髄がこの一冊に詰まっている。
その中で、私はこの本の中で最も重要だと思われる一節を反芻した。
『魔法陣の構造…』
最後のページに一行だけ書かれた文章。
「魔法陣を理解し、その構造を正確に描き出すことさえできれば、魔法が強くなるのはもちろん、その魔法を応用して類似した別の魔法を使用できるようになる。」
つまり、構造さえ正確に把握すれば、自分の望む魔法を作り出せるということではないか。
「この本を書いた人って…」
私は本の裏表紙を見た。
著者名には「グロウェル・オービタル」と書かれている。
「グロウェル・オービタル…」
どこかで一度は聞いたことがあるような名前。
しかし、じっくり考えてみても誰なのか思い出せない。
「気のせいか…」
とりあえず私は本を閉じて目を閉じた。
体内を巡るマナのようなものをマホガニーの杖に集めた。
一体となったような、一心同体となったような感覚が湧き、私はゆっくりと呪文を唱えた。
男爵家の無属性魔法は世界一 極東エビ @arcadia9909
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