侵攻の始まり(2)
街が煙に包まれる。
四方八方からビホルダーやオーク、オーガが一斉に現れ、村を破壊していく。
「ファイアボール!」
呪文を唱える声とともに飛んでくる火の玉。
それがオークの頭にぶつかり、オークについていたゴブリンの頭を粉砕する。
「どこからこんなにたくさんのモンスターが現れたんだ?!」
「ニール、あそこだ!」
「ファイアボール!」
呪文と同時にファイアボールがオーガに命中する。
頭に直撃したファイアボールの衝撃でオーガが倒れ、周りの建物が崩れ落ちる。
『同じだ…』
突然現れるモンスター。
舞踏会の時とまったく同じ状況だ。
ということは、あの時見た赤いローブの奴らがこのバートレイヴンの中にもいるということ。
そして、奴らが作った魔法陣。
モンスターを生み出すその魔法陣が街の中に刻まれているはずだ。
「アリア、どこへ行くの?!」
アリアが街路を駆け出すのを見たニールが、すぐさまアリアの後を追って走り出した。
「ファイアボール!」
周囲のモンスターを魔法で倒しながら路地に入ったアリアは、路地の奥にいる人々を見つめた。
「見つけた…!」
「あの人たちは…」
ニールは人々の背後にある何かを見て驚愕し、口を押さえた。
うごめく巨大な生物。
それが裂け、分離した肉塊が少しずつ変化し始め、オーク、ゴブリン、ノールだけでなく、ガーゴイルやオーガなど、無数のモンスターへと変貌していく。
「誰だ?!何者だ?!」
赤いローブの人物の一人が立ち上がり、腰に差していたワンドを取り出す。
「やめろ。」
路地を囲む建物の屋根から飛び降りてきた男。
目尻が吊り上がった白い髪、耳には逆十字形のピアスをつけた、かなり荒々しい印象の男。
赤いローブの下に見える革製のベスト型の鎧とは対照的に、彼の手に装着されたガントレットのナックル部分には凶悪な棘が埋め込まれている。
「お前たちは何者だ?」
「こんなことをやっているのはお前たちか?」
「見てわからないか?」
アリアが手にしたワンドを男に向ける。
「やめておけ。」
「やめるもやめないも私の勝手よ。良い言葉で言ううちに消えなさい。ガキども。私も我慢の限界があるんだから。」
「ファイアボール!」
アリアの呪文が発動し、赤い魔法陣が宙に浮かび上がり、その中から無数の火の矢が発射される。
ドカーン!
無数の火の矢が銀髪の男のいる場所に飛び、爆発する。
濃い煙が立ち上り、目を細めて見つめていたアリアの表情が凍りついた。
『どうして…?』
火炎魔法に特化したセリマ家。
そんな自分だからこそ、火炎魔法には自信があった。
なのに、自分の魔法を受けても彼は傷一つなく、その場に立ってアリアを見つめていた。
「なんだこれ?魔法?こんなの?」
男は嘲笑しながらアリアに歩み寄る。
「ファイアボール!」
ニールの声が路地に響き渡る。
男の頭上に黄色い魔法陣が現れ、男の頭を目がけて火の玉が飛ぶ。
しかし、今回も男はまるで気にする様子もなくあくびをしながら近づいてくる。
「今から3秒やる。3秒以内に逃げなければ死ぬぞ。分かったか?さあ、3~」
「あ…アリア、私たちが相手にするべき人じゃないみたいだ。とにかく先生たちにここを知らせないと…」
「ファイアボール!」
信じられなかった。
セリマ家の次期家長となる自分の魔法がこんなに弱いなんて。
そう考え、繰り返し魔法を使ってみるが、やはり彼は気にする様子もなく数字を数え続けている。
「2~」
「アリア、やめて逃げるべきだってば!」
「ファイアボール、ファイアボール、ファイアボール!」
「ここにいてもあの人を止めることはできない!」
「1~」
アリアがニールを路地の出口の方に押し出した。
「アリア!」
「行きなさい!」
ニールはどうしたらいいかわからない表情を浮かべ、怒るアリアと男を交互に見ながら悩んだ末に、振り返って走り出した。
「少しだけ耐えていて!先生を呼んでくるから…」
路地を抜けようと走っていたニールが何かにぶつかって倒れ込む。
ゆっくりと顔を上げたニール。
彼の前には、男が不気味な笑みを浮かべて立っていた。
「ゼロ~」
男が左手を上げる。
ガントレットから突き出た鋭い棘がニールの目に映り、その拳がニールの顔に向かう。
シャァッ!
アリアの顔が驚愕で歪む。
ニールの体が力なく地面に倒れ込み、彼の顔から流れ出た血が、少し空いた首と地面の隙間を伝って滴り落ちる。
「ガキを殺すのはあいつの趣味だが、だからと言って見逃すわけにもいかないしな。」
後頭部を掻きながら呟いた男が、ニールを足で蹴飛ばして吹き飛ばし、アリアを見つめた。
「次はお前だ。」
アリアは男に向かってワンドを突きつけた。
「無駄だ。その程度じゃ。さっき見ただろうが、またやるつもりか?」
「違う、さっきのとは違う。」
アリアは深呼吸をし、目を閉じた。
彼女の周囲に赤いマナがまとわりつき、やがてアリアが目を開けて呪文を唱える。
「ファイアアロー!」
炎で構成された矢が彼女の周りに浮かび上がり、彼に向かって素早く飛んでいく。
アリアの学年では習得不可能な中級火炎魔法、ファイアアロー。
ドカーン!
爆発音とともに濃い煙が立ち上がるが、煙が晴れた後の状況もファイアボールを使った時と大して変わらなかった。
「ファイアアロー、ファイアアロー!」
自分が密かに長い間修練してきた中級魔法、ファイアアロー。
それすらも通用しないなんて信じられなかった。
しかし、何度試しても結果は同じだった。
「本来こんな性格じゃないけど、君にもう一度チャンスをあげよう。」
男は横に避ける。
「たった一人だけ外に出られる。」
「一人だけ…?」
「そうだ、この男の子を路地の外に連れて行き、誰かに見つけてもらって助かるチャンスを与えるか。それとも君が外に出て誰かを呼んでくるか。もしそうなったら…」
男はゆっくりとニールの方へ歩み寄る。
「この男の子は確実に死ぬだろうね。」
アリアは冷や汗を流しながら見つめる。
ニールの言葉を聞いてすぐに外へ出ていれば、二人とも助かったはずなのに。
自分のせいでニールが今死の危機にさらされている。
「今回はたっぷり5秒やるよ。さあ、始めよう。5~」
茶化すような声でカウントを始める男。
‘自分が外に出ても、果たしてこの人が本当に助けてくれるのか?’
頭の中では可能性がないと言っている。
しかし、万が一にもこの人が本当に自分を見逃してくれるなら?
今すぐ先生に知らせてニールを救うことができるかもしれない。
もちろん、自分が外に出るということはニールが死ぬという意味だ。
アリアが考えるのは、ただ自分を守るための防衛本能であり、自分勝手な理屈だということは彼女自身も分かっていた。
「3~」
アリアは唾を飲み込み、ゆっくりと路地の外へ歩き出した。
「2~」
路地の外へ向かって歩きながら、アリアは振り返りニールを見た。
血まみれで焦点の合わない瞳と動く唇。
「逃げて…」
その瞬間、アリアは自分自身に嫌悪感を覚えた。
「うああああ!」
アリアは拳を握りしめて駆け出した。
「1~」
男の目前で拳を振りかざす。
その瞬間、男が腕を上げアリアの拳を受け止め、彼女の耳元で囁くように言った。
「0。」
「ぎゃああ!」
手首が奇怪にねじ曲がり、突き出した拳が圧縮されるように砕ける。
同時に男はアリアを蹴り飛ばし、壁に叩きつけられたアリアは倒れ込む。
男が素早く駆け寄り拳を振り下ろす。
ドガァン!
小さな爆音とともに土煙が舞い上がる。
「ほぉ…」
彼の拳はアリアの顔に届かなかった。
アリアの前には一人の男が立っていた。
跳ね上がるような茶色の髪、熱血に満ちた瞳、革の鎧を身に着け、剣を手にした男。
彼は今回のコロッセオに参加していた挑戦者の一人、マルコ・アークベルだ。
「よう、友よ。」
マルコがにやりと笑う。
男は表情を消し、後ろへジャンプして距離を取る。
「今度は冒険者の登場か?」
「バトレイヴンにこんな大きなイベントが起きたら、冒険者の俺たちが参加しないわけにはいかないだろう。レミル!」
「うん!」
青いローブに、十字架の形をした杖を持ち、ピンク色のワンピースを着たアリアと同じ年頃の少女がニールに駆け寄る。
「状態はどう?」
「大丈夫!この程度なら助けられる!」
レミルと呼ばれた少女がニールの顔に手をかざす。
「ファストヒール!」
短い詠唱とともに深紅の魔法陣が現れ、深紅の光がニールの顔を優しく包む。
マルコとハーメルンが赤いローブをまとった男たちに近づくと、男たちは怯えて後ずさりを始めた。
そんな中、魔法陣の中にあった細胞を踏んでしまった一人の男。
「う…うわああああ!」
後ろにあった細胞が男を素早く飲み込み、次第に巨大化していく。
「た、助けて…助けてくれ!」
飲み込まれる男の体は溶けていき、細胞の栄養分となっていった。
ハーメルンとマルコは残った二人を攻撃して倒し、その後、赤いローブの男たちが育てた細胞をじっと見つめた。
「これ、どうするんだ?」
マルコが剣を振るう。
しかし、ぬめぬめした細胞は剣で斬れず、剣を弾き返してしまう。
「魔法が必要そうだな…レミル、攻撃魔法は使えないのか?」
「私は治癒とバフしか習ってなくて…それだけでも覚えるのが大変だったんですよ。」
「俺たちがやります。」
ニールがアリアに支えられながら、ゆっくりと歩いてくる。
「二人とも、体は大丈夫か?」
「はい。治療していただいたおかげで良くなりました。」
「じゃあ、これをお願いできるか?」
ニールは頷き、アリアと共にワンドを細胞に向けた。
「『ファイアボール!』」
二人の声が路地に響き渡り、二つのファイアボールが合わさって巨大なファイアボールとなり、細胞に向かって飛んでいった。
その瞬間、細胞が爆発して四方に液体が飛び散った。
「うげっ!」
全身に液体を浴びたマルコは嫌そうな表情を浮かべ、体を払った。
「まずは一つ終わり。次はどこにあるんだ?」
「ええっと…たぶん路地にまだあるんじゃないですか?」
「街中の路地を全部回らないといけないのか?」
マルコは腕を組み、考え込むと肩をすくめ、路地の外に向かって歩き始めた。
「とりあえず行ってみよう。」
「はい!」
アリアは三人が歩いていく後ろ姿をじっと見つめていた。
ニールがアリアを見て微笑む。
「行けよ。あの人たちだけじゃ、この細胞を全部処理するのは無理だ。」
「でも…ニール、大丈夫なの?」
「平気さ。あの治療士さんが治してくれたおかげで、傷はもう全部治った。俺は先生のところに行って報告するから。絶対に死ぬなよ!そしたら先生にめちゃくちゃ怒られるんだからな。」
アリアは決意を固めた表情で頷いた。
「わかった!」
「さあ、行け!アリア!」
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