侵攻の始まり
コツコツとヒールの音が響き、背後のドアが開いた。
中に入ってきたのはシャルロット。
彼女は防御魔法の中に座っているただ一人の人物の元へ歩み寄り、頭を下げて挨拶をした。
「アプロニア家の娘、アルメラ・シャルロット・デ・ヴァイントゥス・アプロニアが国王陛下にお目通りいたします。」
「そうか、シャルロット。」
席に座り、痕跡さえ残っていない闘技場で戦う二人を見つめながら、ザルパラ国王は髭を撫でている。
「座って一緒に見守ろう。」
「国王陛下、このまま見守るだけでよろしいのですか?」
ザルパラ国王が鋭い眼差しでシャルロットを見つめた。
「そのつもりだが?」
緊張したシャルロットがごくりと唾を飲み込んだ。
「今、コロッセオ内にいた人々は皆、危険を察知して避難しました。このまま放置して戦闘がコロッセオの外にまで広がってしまえば、国民が危険に晒されるのでは…」
「シャルロット。」
ザルパラ国王が深くため息をついた。
「たとえお前がヒューズテラの娘だとしても、私に越権行為をするなら許すわけにはいかない。」
「こ…越権行為だなんて!私がそんなことを…」
「それならば、静かに見守るといい。」
ザルパラ国王の言葉に、シャルロットは緊張した表情で彼の隣の椅子に座った。
「シャルロット。」
「はい。」
「お前がエクセルシアを知ってから何年になる?」
「私が10歳の時に王女様と初めてお会いしましたから…8年ほどになると思います。」
「8年か…」
ザルパラ国王はシャルロットを見つめながら尋ねた。
「その8年間で、エクセルシアがあんなに楽しそうにしているのを見たことがあるか?」
「え…?」
ザルパラ国王は満足そうに微笑みながらエクセルシアを見つめた。
「本当に久しぶりだな。エクセルシアがあんなにいたずらっぽい笑顔を見せているのを見るのは。」
シャルロットもエクセルシアを見下ろした。
彼女もまた、これまで見たことのない笑みを浮かべながらエドワードと戦っている。
ザルパラ国王は椅子の肘掛けに腕を置き、顎を支えた。
「お前が心配していることを、私が心配していないわけではない。だが、自分の娘があんなに楽しんでいるのに、父である私がどうしてすぐに止められようか?」
ザルパラ国王は深くため息をついた。
「闘技場の外に危害を及ぼす前に私が止めるから、あまり心配するな。」
「はい、国王陛下。」
「それにしても、あのマーヴィン・クローフという男…」
ザルパラ国王が顎の髭を撫でる。
「うちの娘を相手にかなりよく耐えているな。」
「見た目は弱そうですが、実際には強い男です。」
「よく知っているようだな。」
「はい、よく知っています。他人の話をまったく聞かない愚か者です。」
目を細めたザルパラ国王はゆっくりと頷き、再びマーヴィン・クローフを見つめた。
ドオォン!
「ん?」
さっきの爆発音。
それは闘技場から聞こえた音ではなかった。
シャルロットが何事かと思い外に出ようとした時、兵士が王族観客席の扉を開けて入ってきた。
「ザルパラ国王陛下!」
彼らがいる王族の観客席に兵士が駆け込んできた。
「どうした?」
「バートレイヴンにモンスターが現れました!」
&&&
ガキィン!
斧と短剣がぶつかり、火花が散る。
目の前にいるのはザルパラの王女。
この女の目には殺気しか宿っていない。
『俺が何か悪いことでもしたか?』
ユーデル王子みたいに人を殺したわけでもないし、それに王女の名誉を傷つけるようなことをした覚えもない。
かといって王族を侮辱したか?
それもないし、大会で話したのは数言程度だ。
『ああ、それが原因か?』
俺が先に登って来いと挑発したことが?
あれはただ質問に答えるのが面倒だっただけだ。
悪意はなかった。
闘技場はすでに崩壊し、場外のルールはなくなったも同然。
ここで生き延びるには勝つしかない。
いや、勝てなくてもこの人の怒りを鎮めなければならない。
「はあっ!」
勇ましい気合いと共に斧が俺に向かって飛んでくる。
俺は硬化させたクレセントムーンで斧を受け止め、そのまま足を振り回した。
王女が腹を蹴られ後ろに大きく吹き飛ばされたが、苦痛の表情一つ浮かべず、むしろ笑みを浮かべている。
殴られて喜ぶなんて。
『変態かよ?』
ザルパラ王女は斧を地面に突き立てた。
すると、地面が裂け、下から炎が吹き上がる。
炎は斧の刃へと集まり、集まった炎が王女の握る斧の刃を包み込みながら回転している。
一瞬で間合いを詰めたザルパラ王女は、炎をまとった斧を振りかざしながら俺に突進してきた。
ゴォオオオ…
クレセントムーンで斧を防ごうとするが、斧が近づく前に放たれる強烈な熱気で手を近づけることさえできない。
俺は防ぐのを諦め、素早く後方へ跳び退いて距離を取った。
王女は斧の柄の端を地面に突き刺し、俺を見据える。
「ずっと逃げるつもりかい?」
俺だって攻撃したい。
本当に死ぬほど。
早く顔か体に傷をつけて血を出させ、「降参する」と叫びたい。
だが、今目の前にいるこの女は、俺の攻撃を受ける気など微塵もないようだ。
「ロープ・バインド!」
攻撃するためには、まず動きを封じる必要がある。
俺は杖を取り出してロープ・バインドの呪文を唱えた。
空中に浮かび上がる陽炎。
その陽炎の中から透明な縄が現れ、ザルパラ王女の腕を縛る。
「何これ?」
ブチッ。
力がどれほど強いのか。
あの狂戦士ですら力任せには破れなかったものを、簡単に引きちぎった。
「妙な真似をするつもりみたいだけど、どんな手を使っても私には通じないよ。」
ザルパラ王女が笑みを浮かべながら俺に突進し、斧を振り回してくる。
ヒュン!
まるで剣を振り回すような、風を切る鋭い音が耳を刺す。
辛うじて斧を避けた俺の懐に王女が飛び込んで、斧を上に振り上げる。
「くっ…」
黒いローブが裂け、口元の仮面が壊れて地面に落ちる。
『ローブもそうだが…このまま仮面まで壊れたらまずい。』
これまで俺がしてきたことは、どうにかして正体を隠すための行動だった。
ここで顔や素性が暴かれたら、命を懸けてやっていることがすべて無駄になる。
「はあっ!」
斧がローブのフードを剥ぎ取り、俺の顔のすぐ上をかすめる。
体をひねって続けざまに飛んでくる斧をかわし、クレセントムーンを振り上げて斧を弾き返した。
『これ以上、力を消耗するのはまずい。』
もう逃げ続けるわけにはいかない。
どうにか傷をつけて相手の体力を削らなければ。
再び俺に向かって飛んでくる斧。
俺は身をかがめ、ザルパラ王女の懐に飛び込んでクレセントムーンを振り上げた。
王女は俺が飛び込んでくるとは思わなかったのか、驚いた様子を見せたが、すぐに体を反応させて頭を後ろに引く。
「ちっ。」
顔に傷をつけることはできた。
だが、切り傷というにはあまりにも浅い。
血が数滴垂れる程度。
これでは血を集めることはでき…
タッ。
誰かが俺の目の前に降り立ち、着地した。
白い仮面をつけ、赤いローブをまとった人物。
手には弓、腰には短剣を携え、革の鎧を身にまとった女性。
顔は隠されているが、俺はこの女を見たことがある。
少し前に俺が尋問しようとした奴の頭を矢で貫いた女だ。
「マーヴィン・クローフ。」
その女が振り返り、俺を見据える。
「お前の役目はここで終わりだ。」
その女が弓の弦を引き絞り、放つ。
矢が肩に突き刺さり、俺は女との距離を取った。
『なぜだ?』
確かにルアナの依頼は王女の血を手に入れることだった。
そんなことを言っておきながら刺客を送り込むなんて…
『騙されたのか…』
初めから分かっていたのかもしれない。
楽な道を選ぼうとして、信じられない奴の言葉に耳を傾けるべきではなかったのに。
ヒュンッ。
矢が一本、俺の心臓を狙って飛んでくる。
これを受けたら即死だ。
ガキィン!
「ルアナ、よく聞け!」
俺は大声で闘技場に響き渡るよう叫んだ。
きっとルアナはこの状況を見ながら楽しんでいるだろう。
「今からその約束はなかったことにする。そして、新しい約束をしよう。」
最初から考えが間違っていた。
俺があいつらに引きずられ、約束する必要なんてなかったんだ。
「たとえ死ぬことになろうと、お前を含むカオスウェーブの奴らを全員ぶっ潰す。」
俺の弱みを握って脅してくる奴らを、俺の平穏な生活を邪魔する奴らを叩き潰せばそれでいい。
平穏な生活のために、これからしばらく俺はその生活を捨てることにする。
「後悔するなよ。」
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