二匹の怪物の戦い
待合室の外へ歩み出たエクセルシアが、ドアの外で待っていた一人の人物を見つめる。
エクセルシアを見上げて挨拶するその人は、シャルロットだった。
「応援しにここまで来てくれたの?」
「一つお願いがあって参りました。」
「お願い?」
シャルロットが頭を下げる。
「マーヴィン・クロフという人。彼がどんな不敬なことをしようとも、その命だけはお救いください。」
エクセルシアは微笑みながら彼女の方へと歩み寄った。
「数日前に私が聞いたときには、知らない人だと言ってたじゃない?」
シャルロットが無言で見つめると、エクセルシアは肩をすくめる。
「心配しないで。これまでコロッセオで人を殺したことなんて一度もないんだから。でもね。」
エクセルシアはシャルロットの横を通り過ぎながら言葉を続ける。
「もしマーヴィン・クロフが私の興味をもっと刺激してきたら…どうなるか分からないわよ。」
目を大きく見開いたシャルロットは、慌てて後ろを振り返りエクセルシアを呼び止めた。
しかし、エクセルシアの姿は消えており、シャルロットは拳を固く握りしめ、マーヴィン・クロフがいる待合室へ向かって駆け出した。
&&&
『どうすればいいんだ…?』
ヒュデル王子とザルファラ王女の戦いで勝ったのは、ザルファラ王女だった。
ヒュデル王子も相当な実力を持つ人間だったのに、一瞬で敗北した。
その後、数日が過ぎ、とうとう決勝までたどり着いた。
しかし、この時間を使ってどれだけ頭を働かせても、妙案は浮かばなかった。
戦いを見なければ、こんな悩みもなかっただろう。
ザルファラの王女は、同じ人間とは思えないほどの圧倒的な力を持っている。
『正直、あんな力を突破してどうやって血を取るんだ?』
自分がザルファラ王女のような超人的な存在にでもならない限り、不可能だ。
「決勝戦の参加者の皆さん、準備してくださいね~!」
イアンの声がコロッセオ全体に響き渡る。
そろそろ出る時間だ。
『はあ…』
出ると思うと、胸が締め付けられる。
「今からでも棄権しな。」
出入口に向かおうとしていた私の目の前に、シャルロット先輩が現れて言った。
まるで私が死にでもするかのような顔で、本当に表情が良くない。
「もう正式な試合は終わりましたよ。優勝者がイベント試合で棄権なんて。」
「それは心配しなくていい。あなたが棄権の意思を示すだけで、私がどうにかしてあげる!」
シャルロット先輩は、私が棄権するという言葉を期待しているようだった。
だが、彼女の期待に応えることはできない。
「シャルロット先輩。」
「え?」
「この瞬間は、私の人生で一番重要な瞬間なんです。」
私の人生が平凡なものになるのか、それとも家族がカオスウェーブの標的になるのかが決まる瞬間だ。
ここで血を得るのに失敗したら、私の家はカオスウェーブの標的になるだろう。
しかし、血を得ることができれば、何事もなく普通の生活に戻れるのだ。
人生の岐路。
私は今、その瞬間に直面している。
私の言葉に、シャルロット先輩は少し俯いてから、すぐに真剣な顔で私を見つめた。
「あなたがそこまで言うなら、もう止めない。でも、これだけは約束して。」
「何ですか?」
「もし万が一、王女様に命の危機が迫ったら、すぐに逃げて。分かった?」
「ええ、さすがにそれはないでしょう!コロッセオで人を殺したとして、王族まで追放されたエクセルシアが、命を奪うとは思えませんよ。」
逃げる、か…。
暗殺のために育てられた私が、目標を前にして逃げるなんて皮肉だけど。
前世でも目標を暗殺しようとして死んだ自分だ。
目標の前で逃げることなどあり得ない。
「考えておきます。」
そう言ったものの、本当に申し訳ないがシャルロット先輩の約束を守ることはできそうにない。
目標を達成するだけでなく、ここで自分が死ねば、家族に危害が及ぶことはないだろう。
家族のためにも、ここで決着をつけるしかない。
目の前に闘技場が見える。
対面の向こうには王女が立っているのが見える。
身には鎧を纏い、手には巨大な斧を持ち、闘技場へと歩み寄るザルファラの王女。
「よし、やるか!」
私は満面の笑みを浮かべながら、一歩を踏み出した。
&&&
歓声で満ちた闘技場。
優勝者とエクセルシア王女による特別イベントが行われるという知らせに、コロッセオはこれまで以上に多くの観客で溢れていた。
観客たちは座席に座り、あるいは立ちながら、熱心に闘技場を見つめている。
「今年もコロッセオの最終日がやってきました!」
イアンの叫びに、観客たちの歓声がさらに大きくなる。
「今年の決勝戦は例年と違って、王女様が直接参加されました!」
空高く祝砲が打ち上げられ、光とともにエクセルシアの顔が空中に現れる。
「マーヴィン・クロフ選手は今年が初参加にもかかわらず、数多くの強者を打ち負かし、決勝戦に進出しました!」
「マーヴィン・クロフ! マーヴィン・クロフ!」
今度はマーヴィン・クロフの顔が空中に浮かび上がる。
「それでは、少しマーヴィン・クロフ選手の感想を伺いましょう!」
闘技場の左側の出入口から、マーヴィン・クロフがゆっくりと姿を現す。
黒いローブを身にまとい、顔に仮面をつけたまま、マーヴィン・クロフは闘技場の中央へと歩いていった。
「では、マーヴィン・クロフ選手。いくつか質問を…」
しかし、マーヴィン・クロフはイアンの方に向かうことなく、右側の出入口をじっと見つめている。
「感想なんて無駄な時間です。さっさと決勝を始めましょう。」
マーヴィン・クロフが初めて口を開く。
イアンは困惑しながらも視線を右側の出入口へ向けた。
「決勝はすぐ始まりますので、とりあえず質問を少しだけ…」
タッ、タッ。
右側の出入口から、武装したエクセルシアがゆっくりと現れる。
「わ、王女様?」
「イアン、質問は後で。決勝を始めましょう。」
「か、かしこまりました。それでは!順番は少し変わりましたが、これよりザルファラ・コロッセオの最後を飾るハイライト!マーヴィン・クロフ選手と主催者エクセルシア王女による決勝戦を始めます!」
ワァァァァァ!
多くの人々の歓声が、バートレイブン全体に響き渡る。
それと同時に、闘技場を降りたイアンが手を高く上げる。
「それでは、コロッセオの優勝者マーヴィン・クロフ対!エクセルシア王女の試合、開始~!」
試合開始の声が響くや否や、闘技場に鐘の音が鳴り響く。
&&&
ドン、ドン!
闘技場の至る所で、破壊音が轟く。
エクセルシアの振り下ろした斧によって砕け散り、四方八方に飛び散る石片。
そのためザルファラの魔法兵たちが観客席に防御魔法を張り巡らせた。
今、人々は楽しむどころか恐怖を感じている。
「本当にあれが王女なの?」
アリアが小声で呟いた。
試合開始前の美しく高貴だった王女はどこへ行ったのか、今、闘技場にいるのは一匹の獣、いやモンスターだった。
不気味な笑みを浮かべながら、周囲に斧を振り回す姿に、ほとんどの観客が恐怖に駆られて外へ逃げ出した。
「アリア、ニール。君たちも外へ出なさい。」
少し反抗して、もう少し試合を見ていたかったが、周囲の人々が避難する中で、アリアとニールがここに残るわけにはいかなかった。
二人が背を向けて出口へ向かう中、アレイラは防御魔法の中からマーヴィン・クロフを見つめていた。
『確かだ…』
素早い動き。
着ているローブや仮面は少し異なるが、精密な回避や短剣を使う戦い方を見る限り、間違いなく学校に現れたあの黒いローブの男と同じだった。
仮に彼がその男でないにしても、同じ組織の一員であることは間違いない。
『あの人と直接対面さえできれば…』
きっと学校を襲撃した連中の正体を突き止められるだろう。
だが、相手のマーヴィン・クロフは素早い動きでほとんどの攻撃をかわして生き延びている。
しかし、もし闘技場に乱入すれば、彼も避けきれずにあの巨大な斧の餌食となるはずだ。
「アレイラ先生。」
背後からナガイアが近づいてきた。
「生徒たちは全員避難しましたか?」
「ええ。皆、今は外に集まっています。」
ナガイアはアレイラの隣に立ち、試合を見つめた。
「本当に派手に壊してますね。ザルファラの王女という人は。」
「そうですね。」
「これまでこんなことは一度もなかったみたいですね。」
もし毎年こんな風に決勝を行っていたなら、これまで続けられるはずもない。
「何が彼女をあそこまで怒らせたんでしょう?」
「怒っているわけじゃありません。」
「え?」
「本気で楽しんでいるんです。」
これまでエクセルシアが静かにしていた理由、コロッセオを続けて開催している理由、そしてエクセルシア王女の噂。
この三つを組み合わせれば、簡単にわかることだ。
エクセルシアは今までコロッセオを開き、自分が本気で戦える相手を探していたのだ。
そしてついに、自分と同等のレベルの相手が現れたのだ。
これまで待ち望んでいた相手が目の前に現れたのだから、平常心を保てる人などいるはずがない。
だからこそ、エクセルシア王女にとって今この状況は、これまでで最も楽しい瞬間なのだろう。
ドカーン!
大きな爆発音が闘技場内に響き渡る。
闘技場の破片が防御魔法を突き破り、アレイラの隣に巨大な破片が落ちてくる。
後ろに倒れ込んだアレイラが驚いた目で破片を見つめ、ナガイアが彼女を立たせた。
「一旦外へ出た方が良いのでは?」
「いえ、大丈夫です。」
このまま外へ出れば、もうマーヴィン・クロフと接触することはできなくなるだろう。
彼と接触することは、生徒たちのためにも絶対に必要なことだ。
「少しだけ行ってきます。」
「アレイラ先生!」
アレイラはすぐに闘技場内へと飛び込んでいった。
斧が闘技場に触れ、砕け散る。
四方に破片が飛び散るが、アレイラは気にも留めず前へ進んだ。
マーヴィン・クロフに向かって歩けば歩くほど、「死ぬかもしれない」という恐怖が彼女を覆っていく。
しかし、それでも立ち止まることはできなかった。
前に進んでマーヴィン・クロフと話をし、学校を襲った者たちについて情報を得なければならないからだ。
「マーヴィン・クロフさん!」
大きな声で彼の名を呼んでみるが、闘技場が壊れる音だけが響き渡り、姿はどこにも見えない。
「マーヴィン・クロ…」
ヒュウン。
土埃が舞い上がり、彼女の目の前に斧が飛んできた。
ガンッ!
反射的に息を呑んだアレイラはその場に尻餅をつく。
黒いローブをまとった男が淡い紫色の短剣を手にして斧を受け止めている。
彼は震える手で斧を押し返しながらアレイラを抱きかかえ、そのまま後方へ跳躍した。
土埃の外へ飛び出したマーヴィン・クロフは、アレイラを地面に下ろし、そのまま彼女を見つめた。
「申し訳ありません、マーヴィン・クロフさん。試合の邪魔をするつもりはありませんでした。でも、今この瞬間を逃せば、あなたと話す機会がないと思い、危険を冒してここまで来ました。」
マーヴィン・クロフは立ち上がったアレイラを一瞥すると、視線を土埃の中へ戻した。
「今夜、ホテルに伺います。」
その言葉を残すと、マーヴィン・クロフは再び土埃の中へ飛び込んでいった。
『どうして…私がホテルに滞在していることを知っているの?』
彼はまだ自分の名前すら知らないはずだ。
それなのに、名前も知らない相手が自分の宿泊先を知っているなんて。
つまり――
『マーヴィン・クロフが私たちを監視しているのか…?』
その可能性は否定できない。
事件が起こるたびに学校に現れていたのだから。
今回、私たちが修学旅行に来たのを見てついてきたのかもしれない。
『すべては会えば分かることだろう。』
ドガアアアン!
強烈な一撃が闘技場を揺るがし、アレイラは驚きながら闘技場の出口へと急いだ。
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