王女と王子の決闘
誰もいない控室。
柔らかな黄色い光の中、大きな斧を手にし、龍の頭を模した肩当てと胸を覆う胸甲を身につけた女性が壁にもたれて舌打ちをした。
本来、彼女がコロッセオに期待していたのは、本戦に出場することではなく、優勝者とのエキシビションマッチだった。
しかし、コロッセオに参加した王子のせいで、すべての計画が狂ってしまった。
トントン
控室の扉がノックされる音が響いた。
「誰?」
「試合の準備が整いました。」
エクセルシアは腰を上げた。
彼女の下半身を覆う布が鉄製の脚甲の下に落ち、カツンカツンと鉄靴の音を響かせながらゆっくりと扉へ向かって歩き出した。
&&&
「なんだよ、あっという間に終わっちゃったじゃん。」
アリアとニールは残念そうに競技場を見つめている。
「試合、面白かった?」
「どこ行ってたの?今、マービン・クロフ氏の試合が終わったばかりだよ…」
「ちょっと用事があって。どうだった?」
アリアが舌打ちをする。
「早すぎて終わっちゃったよ。戦うところもろくに見れずに終わったの。」
「そう?」
「観客も今、不満たらたらだよ。Aランク冒険者がこんなもんかって。」
「それだけマービン・クロフって人が強かったってことじゃないの?」
なんとなく褒められている気がして悪い気分ではない。
「お前、何でそんなに得意げなんだよ?」
「え?な、何が?俺が好きな選手が勝ったんだから、ファンが喜んじゃダメなの?」
「ファン?お前、いつからマービン・クロフ氏を知ってファンになったんだよ?」
「ファンってのは昔から知ってないとダメなのか?ただ好きになるだけでファンだろ。」
アリアは鼻で笑った。
「ニール、次の試合は誰?」
「今回の試合が…変更された対戦表によると、ヒュデル王子様の…」
「観客の皆様!」
私たちが話している途中で、競技場にいるイアンが叫ぶ。
「ついにこの時が来ました!王子と王女が城ではなくコロッセオで対決する!」
「エクセルシア王女様!!!」
「ヒュデル王子、勝て!」
イアンの言葉に人々が歓声を上げ始める。
「赤コーナー~コロッセオの主!ザルファラの第一王女~ミケラ・エクセルシア・フォン・ドラヴァラウ・ザルファラ!」
エクセルシア王女が左側からゆっくりと歩み出る。
そして。
「青コーナー~今回のコロッセオの優勝は俺がいただく!エスペルド王国の第三王子、ゼルムート・ヒュデル・フォン・プル・エスペルド!」
今回のコロッセオを台無しにする張本人、ヒュデル王子が右側から歩み出る。
『こうして見るとまた印象が違うな。』
肩当てと胸甲、青い布を縫い合わせた鉄脚甲とガントレット、大きな斧を持つ姿は、公女というより戦士に近い。
ザルファラの公女は真剣で威厳のある表情を浮かべながら競技場に上がり、ヒュデルを見つめる。
『どのくらいの実力なのか…』
ミノタウロスさえ一撃で仕留めそうな姿ではあるが、重要なのは外見ではなく実力だ。
ザルファラの公女が強いとはいえ、これまで大きな実力を見せたことはない。だが冒険者を威圧感だけで恐れさせたヒュデル王子に果たして勝てるのだろうか。
「さあ、準備はできましたか?!」
「「ワァァァァ!」」
人々の歓声が競技場内を満たす。
そして、イアンが手を高く上げる。
「それでは試合開始~です!」
&&&
「初めまして、ザルファラの第一公女、ミケラ・エクセルシア・フォン・ドラヴァラウ・ザルファラ公女様。エスペルド王国の第三王子、ゼルムート・ヒュデル・フォン・プル・エスペルドと申します。」
ヒュデルが礼儀正しく挨拶する。
「ええ、ゼルムート・ヒュデル・フォン・プル・エスペルド王子様。王子様の噂はたくさん聞いています。」
「短くヒュデルと呼んでください。」
「初対面の相手に、一国の王子を名前だけで呼ぶなんてできません。」
「私たちはいずれ結婚する仲ではありませんか?名前だけで呼んでも…」
その言葉にエクセルシアがヒュデル王子を睨みつける。
「誰が結婚するなんて決めたんですか?」
一瞬で変わった雰囲気に、ヒュデル王子がゴクリと唾を飲み込むと、ぎこちなく笑った。
「あ、そうですね。このコロッセオで優勝すれば…という条件が付いていましたね。でも、私の実力なら優勝なんて簡単に…」
「もちろん、あなたの実力ならこのコロッセオの優勝は簡単でしょうね。」
エクセルシアが斧を持ち上げる。
「ですが…我が国の祭りとも言えるこのコロッセオの進行を妨害したあなたを…私が認めると思いますか?」
「妨害?妨害とはどういう意味でしょう?私がいつ妨害をしたとおっしゃるのか理解に苦しみます。」
「コロッセオの規則。試合中に人を殺してはいけない。」
その言葉にヒュデル王子が微笑む。
「ああ、昨日の試合のことをおっしゃっているのですね。それは正真正銘の事故でした…が。」
事故という言葉にエクセルシアの目つきが鋭くなる。
「あの者は王族の顔に傷を付けました。本来であれば、その者の一家を全て処刑するのが正しい行いですが、あの者一人だけを処刑したのです。むしろ、死んだあの者に感謝されるべきなのに、公女様にはご理解いただけず残念です。」
「だから私は王族がコロッセオに参加するのが嫌いなんだ。」
エクセルシアが構えを取る。
「神聖な試合が、こんなにも汚されてしまうなんて。」
その言葉が終わると同時に、エクセルシアの姿が消えた。
ヒュデルが目を動かし、エクセルシアを探す。するとすぐに彼女はヒュデルの目の前に現れ、大きな斧を振り下ろした。
風を切る音すらしない斧はヒュデルの構えた剣にぶつかり、彼を競技場の端まで吹き飛ばす。
エクセルシアは一瞬で間合いを詰め、再び斧を振るった。
ヒュデルはかろうじて体を低くして避け、距離を取る。
「さすが無敗の王子ですね。隙を見つけて避けるとは。」
「殺すつもりですか?」
「殺すつもり?ただ遊んでいるだけですよ。」
エクセルシアがにやりと笑う。
「そうでしょう、王子様?」
エクセルシアが再び構えを取る。
高く掲げられた斧から火花が散り始め、その火花が四方に飛び散っていく。
その様子を見て、ヒュデルが深く息を吸い込み、剣を構える。
「あなたが本気で来るのなら、私も本気で相手をしましょう。」
ヒュデルが構えた剣の周囲に風が集まり始める。
競技場内に吹き込む風は土埃を巻き上げていく。
「そうこなくちゃ。」
エクセルシアが走り出し、斧を振り下ろす。
斧が風をまとった剣にぶつかると、風に混じった火花が雷となり、四方に放たれる。
カン、カン!
瞬く間に数度、武器を打ち合わせる二人。
「はあっ!」
二つの大きな力がぶつかり合い、大きな轟音と衝撃波が四方に広がる。
&&&
『あんな相手から…血を取れだって?』
さっきの試合と、今自分が置かれている状況をうまく説明する一言。
ふざけんな。
本当にふざけた話だ。
『あれ、人間じゃないだろう?!』
さっき行われたヒュデル王子とザルファラ公女の試合は、まさに人間離れした者たちの戦いだった。
細剣で魔法を操り、競技場内に風が吹き荒れるわ、
ザルファラ公女の武器からスパークが飛び散り、風と混ざり合って観客席に雷が落ちるわ…
『これが、これが常識的なことかよ?』
これは自分の手に負える範囲をはるかに超えている。
だからこそ、あいつらは自分ではやらず、俺に押し付けてきたんだろうな。
諦めれば楽になるだろう。
だが、自分の正体を知る奴の頼みを断るわけにもいかない。
いっそシャーロット先輩にすべてを話し、アプロニア公爵家の傘下に入って暮らすのも悪くはないかもしれないが…
『父さんと母さんが、絶対反対するだろうな…』
こんな時に頼れる人が一人でもいればいいのに。
「エドワード、あれ見て!」
ニールが俺を揺さぶりながら、二人の戦いを指差す。
「なんでもない。」
「まだ試合終わってないのに、もう帰るの?」
「先にホテルに戻ってるよ。」
「そう…?」
今の戦いを見た以上、じっと座っているわけにはいかない。
どうにかしてザルファラ公女の体か顔に傷をつけて、血を手に入れなければならない。
そのための道具や作戦が必要だ。
『もし何も思いつかなければ…』
その時は、ただ風の吹くままに流れに任せるしかない。
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