特別イベント

空高く花火が打ち上がる。

予選が終わり、本戦が始まるという知らせ。


「今日もお集まりいただき、ありがとうございます!ついに本戦の幕が開けました!」


観客たちの歓声が競技場に響き渡る。

昨日、王子による殺人事件が起こったにもかかわらず、見物客の数は減るどころか、むしろ増えているようだ。

おそらく興味本位だろう。

戦争中ではないこの国では、実際に見るのが難しい光景だからだ。


「では、本戦第一試合に…と入る前に、本日行われる特別イベントについてご案内いたします!」

「特別…イベント?」


控室まで響く声に、私は首をかしげた。


「今回の特別イベントについては、ザルパラ王国の王女であり、このコロッセオの開催を支援してくださったミケラ・エクセルシア・フォン・ドラバルラウ・ザルパラ様からご説明いただきます!」


その言葉が終わるや否や、右側の出入口から一人の女性が歩み出てくる。

淡い金髪を後ろに束ね、ヘアバンドで固定し、真珠のイヤリングやサファイアのネックレスを身に着けた女性。

ドレスで覆いきれない腕には、美しい顔立ちと対照的に目を引く筋肉が浮かび上がっている。

成人したばかりのような彼女は、強さと優しさを兼ね備えた眼差しで観客たちを見回した。


『あれが…ザルパラの王女か…』


実戦で鍛え抜かれたかのような筋肉を見ると、前世の仲間を思い出す。

養子にされ、無理やり訓練を受けていた私とは違い、そいつは養子になった後、自ら望んで寝食の時間以外は全て訓練に費やしていた。

控室の窓から見えるあのザルパラ王女のように、実戦で鍛え上げられた筋肉がそのトレードマークだった。


『まあ、顔は王女様の方が圧倒的に美しいけどな』


そいつに良い思い出はない。

訓練中の相手になると、一日中殴られっぱなしだったから。


『今も元気にしてるだろうか…』


今頃は、元気で私の代わりに標的を排除しようとしているだろう。

それが、私たちが養子にされた理由だから。


「各国の貴族、王族、市民、そして冒険者の皆さま。ザルパラの王女であり、このザルパラ・コロッセオの開催者である、ミケラ・エクセルシア・フォン・ドラバルラウ・ザルパラです」


観客たちの歓声が窓を震わせるほどに響き渡る。


『さすが一国の王女。人気がすごいな』


耳が割れて血が出るかと思うほどの歓声だ。


王女が手を挙げると、観客たちは歓声を止めた。


「今年もこの場にお集まりいただき、ありがとうございます。このコロッセオのイベントの主催者である私から、心より感謝を申し上げます。特に、このイベントを首都で開催する許可をくださった父、ザルパラ国王に深い感謝の意を表します」


そう言い終えると、王女は深呼吸をして、話を続けた。


「昨日、コロッセオの試合中に、参加者のミスで死亡事故が発生しました。そのため、多くの参加者が辞退する事態となり、今年のコロッセオ大会は例年より早く終了することになりそうです。この点については、心よりお詫び申し上げます」


『ほう…』


一国の王女が大勢の前で頭を下げて謝罪する。

なかなか見られない光景だ。


「もちろん、謝罪だけで終わるつもりはありません。これから、今後のスケジュールをどのように進めるか、皆さまにお伝えいたします」


『どうするつもりだ…?』


ザルパラの王女が顔を参加者控室の方に向けた。


「まず第一に、昨日の事故を目撃したにもかかわらず辞退しなかった11名の参加者の皆さまには、一定額の謝礼金をお支払いいたします」


『謝礼金⁉』


金がなくて困っていたところに、謝礼金だと⁉

命を懸けた以上、少額というわけではないだろう。


コロッセオの試合が終わったら、その金で装備を買ったり、お菓子を買ったりするのにちょうどいい。


「第二に、ここにお越しの観客の皆さまに見ごたえのある試合をお届けするため、今回は私が対戦相手を指名し、直接試合に参加いたします」


その言葉が終わると、一瞬静寂が訪れ、その後観客たちがざわめき始めた。

王女が試合に参加する――つまり、


「私が指名する選手は、昨日の事故を引き起こしたエスペルド王国の王子、ジェルムト・ヒューデル・フォン・プル・エスペルド様です」


イベントで終わるのではなく、本戦の試合に直接出場し、他の参加者が戦うのをためらうヒューデル王子に、自ら挑むという意味だ。


「はぁ…そういう展開か…」


後ろから一人の男の声が聞こえる。

鮮やかな金髪、唇の下にほくろがあるかなりの美男子。

青い上着と白いズボンで構成された礼服に、腰には高貴な者が持つ細身剣を携えた男。

昨日の事件を引き起こしたヒューデル王子が鼻で笑いながら呟く。


「コロッセオで優勝しろと言われて、戦争中にもかかわらずこうして参加してやったのに、待遇がなかなか豪華じゃないか」


ヒューデルが立ち上がる。

その目は鋭く光っている。


「では、再び観戦にお越しいただいた観客の皆さまに感謝を申し上げ、これにて失礼いたします」


いくつか話を続けた後、王女は歓声に送られて退場し、ヒューデル王子はため息をついた。


「むしろ都合がいいさ。無駄な時間を省けるからな。王女を倒せば、俺を婚約者として認めてくれるだろう」


そう言い終えると、控室の外へ歩いていった。


『婚約者…?』


結婚相手ということか。

確かに、王族が王族と結婚するのは当然のことだ。


『結婚か…』


私は誰と結婚することになるのだろう。

やはり同じ男爵か、騎士階級の娘と結婚するのだろうか。

たぶんそうだろう。

男爵である父が伯爵の母と結婚したのは、まさに奇跡のようなものだったのだから。


「さて…」


私は立ち上がった。


『俺の番か…』


事件後の最初の試合に出るのは少し気が引けるが、決まったことなら仕方がない。

早く終わらせて控室に戻るしかないな。


腰のホルスターからワンドを取り出し、競技場の出入口へと歩み出した。


「やっぱり!マーヴィン・クロフが残っていると思った!」


アリアは明るい笑顔を浮かべながら競技場を見つめた。

2人の人物が競技場に立ち、お互いを見つめ合っている。

1人はマルコ・アクベル。

剣を使うAランク冒険者。

そしてもう1人がマーヴィン・クロフ。

短剣を使うアサシンだ。


『でも……』


今回の試合は少し違った。

今、競技場に立っているマーヴィン・クロフが手にしているのは短剣ではなく、ワンドだった。


ワンドを手にするということは、彼が身体的な動きよりも魔法を多く使用するつもりだということを意味していた。


「そう……もっと魔法を見せて……!マーヴィン・クロフ!」


アリアは目を輝かせながらマーヴィン・クロフを見つめた。

彼が使う独特な魔法。

その魔法陣が何なのか確認し、分析して、必ず自力でその魔法を習得してみせる。


「ん?アリア。」

「なに?」


ニルが辺りを見回しながらアリアに尋ねた。


「エドワードを見なかった?」

「あの男爵のやつが何だっていうの?マーヴィン・クロフがもうすぐ魔法を使うんだから!」


アリアの言葉に、ニルはぎこちなく笑みを浮かべた。


『どこに行ったんだろう?』


周囲の座席や、後方にあるコロッセオの最上段、そこには生徒会のメンバーが集まり試合を観戦していたが、その中にもエドワードの姿は見当たらなかった。


『この試合を絶対に見てほしいのに……』


元気がなかったエドワードも、この試合を見ればやる気を出して熱心に学ぶかもしれない。


「すぐに来るよね……」


昨日、印象的だった試合を尋ねたとき、マーヴィン・クロフの試合が印象的だと言っていたから、きっと観客席に現れて観戦するはずだ。

もしかすると、もっと良い場所で観戦しているのかもしれない。


『エドワードの性格なら、きっとそうしているわ。』


「それでは、試合を開始します!」


イアンの試合開始を告げる声と共に、2人は同時に動き出した。


&&&


『手加減したのか……?』


マルコという男。

最初にロープバインドを使ったときは避けて攻撃してきた。

しかし、私がワンドを構えると、また使うと思ったのか高く跳び上がった。

その状態でファイアボールを使用。

彼は見えないファイアボールを避けようとして後ろに倒れ込み、地面に落ちた。

その後、ふらつく彼の体を再びロープバインドで捕まえ、近づいてワンドを突きつけると、何度か抜け出そうとした後、ついに降参を口にした。


Aランク冒険者なら、確実にもっと強いはずだ。

たぶん彼は賞金も手に入れたし、王子に会う前に私に負けて合法的に退場できるように小細工をしたのだろう。


「はあ……」


場の空気を読めない相手のせいで、本当に気が抜けるようなことばかり経験する。


『とりあえず戻ろうか……』


試合も終わったし、もう控室にいるのは無意味だ。

ニルやアリアが私を探す前に、さっさと戻るべきだ。


「おい、君。」


私を呼ぶ声に振り向いた。

きれいに切り揃えられた茶色の髪、力強い目つき、腕には布、肩や胸、腹には革を縫い合わせた革の鎧を着た男。

それはさっき私と戦った冒険者のマルコだった。


「マーヴィンと言ったか?君、かなり強いな。」


マルコがいたずらっぽい笑顔を浮かべながら近づいてきた。


「君も冒険者だと言っていたよな?」

「それがどうした?」

「このコロッセオが終わったら、俺たちと一緒にパーティーを組まないか?」

「パーティー?」


マルコがうなずく。


「ちょうどうちのパーティーで魔法使いの枠が空いてるんだ。君を見ているとアサシンと魔法使いのハイブリッドのようだし、ぜひ一緒にやろう。それさえしてくれれば、今君が手にする優勝賞金なんて小さいと思えるほどの収入を保証するよ。」


くだらない話だ。

いくら冒険者が危険手当込みで高収入を得られるといっても、この賞金が小さく見えるほどの収入を得るには相当な難易度の依頼を受けることになるだろう。

どれだけ金が必要でも、命をかけてまで稼ごうと思うほど馬鹿ではない。

そもそも父の金庫には私が一生暮らしても余るほどの金が入っている。

いずれその金庫と邸宅を受け継ぐのだから、ダンジョンを巡って金を稼ぐ必要はない。


「断る。」

「そうか?」


マルコは薄笑いを浮かべる。


「それなら仕方ない。」


『それ以上引き止めないのか?』


十回斧を振れば倒れない木はないというが、たった一回振って傷もつかない木をすぐに諦めるなんて。

こいつ、男として失格だ。


「また冒険者ギルドに来たら探してくれ。一緒に酒でも飲もう。」


そう言い残して彼は控室を出て行った。


『冒険者か……』


もし私が貴族ではなく、普通の家に生まれていたら冒険者になっていただろうか。

いや、冒険者になるというより、農業や牧畜、建築など、家業を手伝いながら生活していただろう。


『その生活のほうが、平凡な日常を求める自分には合っていたのかもしれないな。』


こんな貴族たちよりも村で送る平凡な生活。

想像するだけでも本当に穏やかだ。


『モンスターさえいなければな……』

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