第69話:友の明日を照らせ

宿屋に入る直前、リュウは数キロ先の霊峰の頂上へ鋭い視線を刺した。

「…………」

(あれが噂のモンド公爵。通称──山の王。この距離から魔力を探ってくるとは……帝国魔術師以上の感知能力を持っているようだな、面白い。魔眼ってやつか?まぁ害意はなさそうだし別にいいか)


「リュウよ、どうかしたのか?」

「たった今モンド公爵と目が合った」

「ふぇ⁉どこにいらっしゃるのじゃ‼」

リュウは指を差す。

「あの霊峰の頂上だ」

「お主は一体何を言うておるのじゃ。望遠鏡を使っても見えぬ距離ではないか……」

「公爵は魔眼を持っているのかもしれん」

「ほぅ、魔眼か。興味深いのぅ。資料の数が少なすぎることから察するに、おそらく大陸に何人もおらんのじゃ」

「モンド公爵がそのうちの一人ってわけか。さすがは山の王と謳われるだけの事はある」


「む?お主は魔眼を持ち合わせておらんのになぜ見えたのじゃ?」

「俺は昔から目が良いんだ、シンプルに」

「それも一種の才能じゃな。羨ましいわい」

山の王が見えるのであれば、魔物の王が見えてもおかしくはない。


「山の王には会いたくないのぅ。怖いのじゃ」

「安心しろ、その心配はない」

「なぜそう言い切れるのじゃ……」

「現在霊峰の向こう側には数万規模の敵軍が迫ってきている。公爵が俺達に構っている暇はない」

「なるほどのぅ。そんな状況でも落ち着いていられるモンド領民はさすがなのじゃ」

「裏を返せばモンド公爵はそれほど厚く信頼されているということだな」

日常茶飯事とはいえ、並大抵の胆力ではない。

モンド公爵家も、それに付き従う臣民達も。

「どこぞの子爵とは大違いじゃな」

「やかましいわ」

アードレンはまだまだこれからである。


宿屋には奇跡的に露天風呂付の部屋が一室だけ余っていたが、そこは二人部屋だった。わざわざ一人部屋を追加で予約するのは金の無駄なので、二人は同じ部屋に泊まることとなった。厩舎のアクセルに防寒具を着せた後、出店で購入した夕飯をこれでもかというほど食べてもらい、部屋へ戻る。


今までは一人部屋を二つ借りていたので、相部屋は今回が初である。

「二人部屋は人生で初めてなのじゃ」

「そうなのか。割と賑やかで楽しいぞ」

「ほぅ。お主は経験があるのか」

「レナやスティングレイと同じ部屋に泊まったことがある」

「レナはまだしも、スティングレイとも同室していたとは……変態小僧め」

「誤解だ、誤解。スティングレイ曰く、護衛の面を考え俺を一人にするのは避けたいんだとさ。騎士の精神が~と熱く語られた」

「確かに、あ奴はそこら辺を譲らなさそうじゃな」

「ちなみに俺はエステルには欲情しないから安心してくれ」

「ナイスバディの超絶美女エルフたる儂の魅力に気が付かんとは……残念な小僧じゃのぅ」


リュウが成人男性以上の体格を誇るのに対し、エステルはレナに軽々と抱っこされるほどの背丈しかないのだ。彼からすれば歳の離れた従妹のような感覚であろう。


それから出店で購入した夕食をとりつつ雑談に花を咲かせた後、二人はそれぞれのベッドに座りながら休憩した。エステルは徐に薬学書を取り出し、リュウは倶利伽羅のメンテナンスを行うため抜刀し、鞘をベッドに立てかけた。


「……」「……」

本をめくる音と刀身をみがく音が静かに室内に響き渡る。


「なぁエステル」

「なんじゃ?」

「エステルは───龍の伝説についてどう思う」

「龍の伝説って、龍は人類の進化先云々というやつじゃろ?何がどうなってその噂が広まったのかは知らんが、儂は信じておらぬ。なんせ資料や文献が一つも存在せんからのぅ」


今から千年前に起きた勇者魔王戦争の文献、もっと言えばそれ以前の資料さえ少なからず保管されている。だが勇者魔王と同じくこの世界の題目に連なる龍に関しての文献は一つも存在しない。しいて言えば冒険者協会の図鑑に空飛ぶ絵が載っているくらいだ。詳しい生態についての資料は彼女の言う通り一つも存在しないのである。龍の研究者は自身の憶測で語る者が多いので、エステルのようなれっきとした研究者と比べれば、“自称”研究者とでも呼んだ方が良いかもしれない。


そのため今エステルが述べたことは正しい。

全くもって正しいと言えよう。


───だがこの世界は不思議なもので、その自称研究者の一人が提唱した説如きが真理根源に迫ることがある。


「“知り合いの龍”が言うには、龍は世界に百体も存在しないらしい。だから文献に記されていないのは仕方のない話だ」

「百体も存在しない……?いや、ちょっと待て、その前に“知り合いの龍”と言ったか?」

「知り合いの龍というか、腐れ縁の馬鹿トカゲだな。そんな大したもんじゃない」

「……ふざけているわけではあるまいな?」

「大真面目だ」

「ふむ……」


リュウはしょっちゅう冗談を飛ばし、エステルもそれに慣れているが、これだけはどうしても嘘だとは思えなかった。今回は今までの冗談と比べても一番あり得ない次元だが、それでも彼女の矜持を覆し、信じてしまうような謎の力がそこにあった。


「……お主は一体何者なのじゃ?」

「絶対に他言無用にすると約束してくれるのであれば包み隠さず伝える。いや、伝えさせてもらいたい」

「もちろん誰にも洩らさぬ。たとえ陛下に問い詰められようとも一切情報を吐かないと約束しよう」

エステルにならこんなことを聞くまでもないのだが、悪気なくポロっと言ってしまいそうな危うさがなんとなくあるため一応確認した次第。




「俺は───



リュウはゆっくりと手袋を外した。



───龍の伝説の体現者だ」




「!?!?!?」

エステルは手の甲を覆う白銀の鱗を見て驚愕し言葉を失った。

先ほど“知り合いの龍”と言っていたため、彼が龍の関係者であると共に何か問題を抱えているところまでは想像していたが、まさかリュウ本人が龍に進化するとは思いもよらなかった。


「なんと……」

(初めて会った時からどこか特別だとは感じていたが、まさか伝説の渦中の存在だったとは……因果とは誠に不思議なものよ)

エステルは驚きを通り越し、逆に冷静になった。


「これが俺に定められた運命だ」

「……わざわざ儂に相談してくれたという事は、その運命に抗うつもりなんじゃな?」

「話が早くて助かる」

「龍化を阻止する薬を創ればよいのか?」

「いや、おそらく龍化は避けられない。そう本能で理解している」

「では一体どうするのじゃ。時間は有限じゃろうに」


「実は人は龍に進化する際、記憶をすべて失ってしまう。だが逆に言えば記憶さえ維持できれば龍から人に、また人から龍にいつでも姿を変えられると踏んでいる。いや、俺なら絶対に可能だ」

「ほぅ、考えたものよ。要するに儂は記憶保持の薬を創ればよいのじゃな?」

「その通りだ……頼んでもいいか?」

「もちろんじゃ。友の明日を照らす。これが儂の本懐じゃ」

「……ありがとう、エステル」

「気にするでない。友人として当たり前よ。ちなみに期間はどのくらいじゃ?」

「この進行速度であれば、おそらく二年。早くて一年」

「了解した。儂にドンと任せておけ」


心の友と書いて心友しんゆう

これが今の彼等に一番似合う言葉かもしれない。




その夜、リュウは露天風呂でエステルの小さくも大きい背中を優しく流していた。


「御礼は飴ちゃん百年分と、アードレンの屋敷でいつでも飯を食える権利。これでどうだ?」

「ふむ……悪くないのぅ」


冗談(?)を交えつつモンドの湯を満喫した。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

【あとがき】

作者、最近原神にハマりけり。

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能ある龍は爪を隠す〜無能と罵られた男爵家長男、実は世界最強の一角につき〜 田舎の青年 @masakundes

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