第44話:大業物ー倶利伽羅

計五万の西方戦線軍はセル侯国との国境へ向け、長い長い隊列を組み出立した。護送馬車は列にまばらに配置され、どれに大将と参謀が乗っているのかを悟られぬようにし、兵糧馬車は列の一番後ろに並べられた。食料や物資に関しては、グレイス辺境伯領や首都から今後も運ばれてくるため、そこまで慎重にならなくても良いというのが今回最も恵まれている点だ。また逆に一番懸念しなければいけないのが、勇者が敵として参加するか否かが未だ不明な点である。


リュウの乗っている馬車にて。

辺境伯があくびを噛み殺すように呟いた。

「どのくらいかかるかなぁ、戦線まで」

「大体二週間弱じゃないですか?首都に向かう時と違って、大渓谷やら大森林やらを通る必要が無いので」

「平地を進み続けるのも、それはそれでつまらないよね」

「ちょっと何言ってるかわからないです」


「あ、そういえばさ。昼間、あの馬鹿男爵の腕を斬ったのはリュウ君でしょ?」

「さぁ。魔物か何かの仕業じゃないですかね。東の島国の鎌鼬っていう現象に似てますし」

「へぇ~。まぁそういうことにしておくよ。ところでリュウ君の刀も東の島国で打たれたものだよね?名前はなんていうの?」

「俺の愛刀は倶利伽羅クリカラという名でして。ほら、鞘にはっきりと刻まれてます」

「随分いかつい名だねぇ」


と、その時馬車の外から、

「ク、倶利伽羅⁉」

と騎士団長シャーロットの声が聞こえた。


「なんかおたくの騎士団長に盗み聞きされてるんですけど……」

「うちのシャーロットは五感が鋭いからさ。許してあげてよ~」

「別に全然良いんですけど、露骨にテンション上がってません?彼女」

「シャーロットは辺境一の剣オタクだからね。たぶんリュウ君の俱利伽羅についても詳しいんじゃないかな。せっかくだし聞いてみる?」

「そうですね」


試しに、声が聞こえた方のカーテンを開けてみると。

「ハァ……ハァ……。今、呼びました?」

騎士団長が窓にへばりついていた。

兜の隙間から、赤く光った二つの瞳がこちらを覗いている。


「……」「……」「……」


リュウは無言でカーテンを閉め、

「話は変わりますが、今回の勇者は……」

「ちょっとぉ!語らせて下さいよ!その倶利伽羅について!詳しく!」

「ってことだからさぁ、彼女を呼んであげてくれない?すごい喋りたいんだと思う」

結局馬車の中に興奮状態のシャーロットを招くことに。


「以前見た時からかなりの業物だと考えておりましたが、まさかあの俱利伽羅だなんて……!この手触り、この鞘の紋様、この鍔の輝き……どれを見ても一級品です!さすがはかの大業物に名を連ねる名刀……」

ちなみに男爵の血はすでに拭き取ったので問題ない。

「刀身も見たいなぁ、なんて……」

シャーロットはチラリとリュウを見た。

「もちろんいいぞ」

「ありがとうございます!」


刀を鞘から抜いた。

「はぁぁぁぁ、美しい‼」

「言うまでもないが、そこらの剣と違って少し掠るだけでもザックリ斬れるから気をつけろよ」

「はい、大丈夫です‼」

「本当に大丈夫かよ……」

辺境伯はその姿を眺めながらニコニコと微笑んでいる。

「いやぁ~、シャーロットがご機嫌で何より」

「私にとって、これが一番の福利厚生です!」


シャーロットは再びリュウの方を見た。

「あの~、刀身も触ってみて良いですか?」

「いいぞ。しつこい様だが、くれぐれも手を斬らないようにな」

「私はこう見えて千以上の剣と触れ合ってきたので!ご安心を!」


(そういえば倶利伽羅の刀身を誰かに触らせるのは初めてだな。ま、大丈夫だろう)

その杞憂が何かの前触れだとはつゆ知らず。


そーっと指を近づけ、刀身に触れた瞬間。

「……え」

シャーロットの意識は真っ黒の世界に吸い込まれた。

そのまま刀を手放し、座席にもたれかかる様に気を失った。

「シャーロット……?シャーロットっ!!!」

「衛生兵‼早くこちらに……」

最後に聞こえたのは、二人の焦った声。





深淵世界に飛び込んでしまった彼女の目の前には、巨大な黒龍が佇んでいる。

(え……なに……あれ……?)

ここに立っているだけで物理的に押し潰されそうなプレッシャー。

意識を保つので精一杯。もし意識を失おうものなら、そこに待ち受けているのは死のみ。冷や汗が止まらない。


黒龍は安眠を阻害されたせいか、かなり不機嫌そうに口を開いた。

『小娘貴様……どこからやってきた?』

『え……喋……』

『早く答えよ』

『ち、違いま……いや、えっと……あの……』

『ふん。我と会話する事すら儘ならないとは……小僧とは大違いよ。器も小粒すぎて話にならぬわ』


(こ、小僧……?待って、今はそれどころじゃない。早く答えないと。でも、口が思うように動かない……)


『貴様に用はない。ね』

『身体が……動かな……』

『ではわれが魂ごと葬ってやろう』

黒龍は大きな前足を振り上げ、爪先に破壊的な魔力を凝縮し始めた。

シャーロットは震えながら、ただただその様子を眺めるしかなかった。


(あ……死ぬんだ、私)


そして。

鳴神ナルカミ

シャーロット目掛け振り下ろす。

しかし爪が彼女に当たる直前、真っ黒な世界に小さな穴が開き、そこから手が差し伸べられた。


『シャーロット。この手を掴め』

『は、はい!』

彼女は硬直する身体に鞭を叩いて何とかその希望の手を掴み、穴の中へ脱出した。


『チッ。小僧め……余計なことを……』




現実世界にて。

「……ロット」

「……ん?」

「シャーロット、起きて‼」

「あれ……閣下と……リュウ様?」

「よかったぁ」「一時はどうなるかと……」

シャーロットは無事目を覚まし、二人はホッと胸を撫でおろした。


「もう大丈夫かい?」

「は、はい。おかげさまで」

「急に意識を失っちゃうもんだから、焦っちゃったよ」

「申し訳ございません。騎士団長の名を拝していながらこの有様で……」

「いやいや、このくらい気にしないで。それよりも気を失っていた間、沢山汗を搔いていたけど、夢の中で何かあったのかい?」


この問いに対し、リュウだけが厳しい表情をしていた。


「実は暗闇の世界で、巨大な黒龍に襲われまして」

「巨大な黒龍……?」

「はい、山のように大きく恐ろしい龍でした……今思い出しただけでも……うっ」

シャーロットの脳内にあの絶望的な情景がフラッシュバックし、顔が真っ青になった。

(シャーロットとは長い付き合いだけど、彼女のこんな顔初めて見たよ……)


「変なこと思い出させちゃってごめんね。今はゆっくりと休んで」

「お気遣いありがとうございます。お言葉に甘えて、もう少し身体を休めようかと思います」

(そういえば、あの手を差し伸べてくれたのは一体……)


辺境伯はリュウ……ではなく、彼の腰に差さっている俱利伽羅に視線を移した。

「リュウ君。相当ヤバい代物のようだね、その刀は」

「そのようですね。まぁ俺は大丈夫なんで、これからも使い続けますけど」

「妖刀だったりして」

「変な事言わないでくださいよ……」


(倶利伽羅にこんな能力?があるなど、全く知らなかった……今回は完全に俺の落ち度だな。シャーロットが落ち着き次第、再び謝罪しよう)


倶利伽羅の能力なのか、それともリュウ蜥蜴バハムートが日々繰り広げている戦闘による影響なのか。

謎は深まるばかり。



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(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)オネゲーシヤス

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