第43話:アードレン参謀長
「いや、ここではアードレン参謀長と呼んだほうが良いかな?」
「「「「「⁉」」」」」
その言葉に、周囲の貴族等は驚愕した。
辺境伯が大将を務めるのは常識として、その他の役職については、全員集まってから任命する予定だったのだ。リュウだけ一足早い発表になってしまったが、これも大将の計略のうちなのかもしれない。
「アードレン男爵が参謀長⁉」
「聞き間違いか?」
「実質軍のナンバー2ではないか!」
「グレイス候は本当にこの若造に西方戦線の軍略を一任するおつもりか?」
もちろん非難の声が上がった。参謀長という大役を、戦争経験のある名門貴族に任せるのではなく、今回おまけで付いてくるような十四歳の少年男爵に任命しようというのだから、反対の声が上がるのは当たり前の話である。
最も納得のいかないであろう貴族がついに声を上げた。
「グレイス候……正気ですか?」
「正気も何も、彼が
「……この小僧に、私以上の価値があると?」
「今回の戦だけを見ればね」
「グレイス候ともあろう御方が、このような失策を……もしやアードレン男爵に何か弱みでも握られておられるので?」
「ははっ、言うねぇ」
ブラン伯爵は止まらない。
「此度の戦は推定五万対五万の大戦。まさに国の威信を賭けた一戦。勇者が出張ってくる可能性もゼロではない。にもかかわらず、我ら全員の命をこの少年男爵に預けると?」
「そうだ、そうだ」「おっしゃる通り」
「見たところ百騎しか連れていません。こんな未熟者に西方戦線の命運が握られているなど、あってはならないことだと存じます」
「百騎で一体何ができる?」「あの近衛騎士団ですら活躍できんわい」
「あ~、その件については本人に尋ねてみれば?」
ブラン伯爵はリュウに視線を移した。
「言ってみろ、小僧」
「普通に俺が参加するなら参謀長とか大将補佐とかそこら辺かなって思ったんで。ぞろぞろ引き連れても邪魔ですし、最悪グレイス候の身が護れればいいかなと。いわゆる懐刀ってやつですね」
「たった百騎で護りきれると思っているのか?」
「護るというよりは大将を逃がして生き残らせるといった方が正しいですかね。だって大将を連れて敗走する時に兵が多すぎると詰まるじゃないですか。だから“騎兵”を百騎だけ連れてきました。あとは暇になったら遊軍でもやろうかなって」
「前者は理解できるが、後者は理解ができんな」
「一応俺は参謀が適材適所だとは思うんですけど、一番重要な突撃を弱っちい将にやらせるぐらいなら、自分がやった方が確実なんで」
「今の発言は、ここにいるほとんどの貴族を敵に回すことになるぞ?」
ここで貴族等の顔がいっそう険しくなった。
「このガキが……言わせておけば好き勝手いいおって……」
「マンテスターを潰したくらいで良い気になるなよ?」
「どうやら斬り殺されたいようだな……?」
「小僧を葬った後、後ろの騎兵共を、勇者を誘き出すための餌にしてやりましょうぞ」
その刹那、そよ風が吹いた。
ザクッ!!!
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
勇者を釣り出す云々とほざいていた貴族の片腕が根元から斬り落とされた。
誰も視認できない速度で何者かが斬り落としたのだ。まさに神業。東の島国では鎌鼬と呼ばれる現象に類似している。
「早く回復魔法を‼」
「上級衛生兵はおらぬか⁉」
「今ならまだ繋がる!急げ!」
会話の流れからいって、犯人はリュウだと思われるのだが、彼はこの会話が始まってから今の今まで、後ろで手を組んだままピクリとも動いていない。だから誰も問い詰められない。声を上げた場合、次に腕を斬り落とされるのは己かもしれないという恐怖も相まって。
リュウは暇つぶしに、背後に控えるスティングレイに声を掛ける。
「なんか大変そうだな」
「はい。魔物の仕業でしょうか……?」
「本人の自作自演かもしれないぞ。ほら、アイツ道化みたいなキモ顔だし」
「リュウ様、不謹慎ですよ」
「良いんだよ。今は参謀長である俺の方が偉いからな」
「それはそうですけど……」
しかしスティングレイは、リュウの愛刀の鍔に、一滴の血が付着しているのを見逃さなかった。
(刀に新鮮な血……?まさか……リュウ様が……???)
リュウは今も冷酷な瞳で件の貴族を睨んでいる。彼女はその恐ろしい横顔を見て、少しだけ身震いした。
この状況下で辺境伯はなぜか口角を上げていた。
「先が思いやられるなぁ」
(やっぱリュウ君は最高だね。あの鋭い瞳がたまらないよ。あんなに億劫だった戦争が逆に楽しみになってきた。これなら勇者が出てきてもリュウ君がどうにかしてくれるかもね)
また屋敷の窓から、一人の少女がリュウを眺めていた。
「ふ~ん。あれが噂のリュウ・アードレンね」
(お父様の言ったとおりね)
なんて考えつつ、呑気に観察していると……。
「ッ⁉」
(まさかバレた……⁉ここは彼のほぼ後ろ側にある窓なんだけど⁉)
「フローラお嬢様。いかがなさいました?」
「な、なんでもないわ。踊りの練習に戻りましょう。舞踏会が近いからね」
リュウは少しだけ振り返り、横目で窓に視線を送っていた。
(誰だ、あの少女は……?まぁいっか。興味ないし)
時間は有限なので、この後すぐに他の者の役職任命が行われ、日が暮れる前に第一都市を出立した。また、参謀長として大将と同じ馬車に乗ることとなったため、アクセルはスティングレイに預けた。本来余った軍馬は歩兵を乗せるのが常識だが、アクセルはリュウ以外背に乗せない主義なので、今は呑気にスティングレイの愛馬と並走している。
「捻くれているのは主人譲りかしら」
「ブルル」
その頃、西のエルドラド皇国の首都に聳える大教会では。
巨大神像の前に一人の老人が立っていた。祭服には豪華な装飾が施してあり、一目で普通の修道士でないことが理解できる。
そこへ、一人の司祭がやってきた。
「猊下。先ほど勇者がここへ到着致しました」
「直ちに連れてまいれ」
「はっ‼」
(戦の前に勇者をここまで育成できたのは、まさに神の奇跡といえよう)
「エル神よ……我らに御加護をお与え下さい……。そして……あの反逆者共に鉄槌を……‼」
数分後。
「教皇様、来たぜ〜」
「悠馬さん、流星さん、そして心美さん。よくぞここまで」
「早い話、戦争に行けばいいんだよな?」
「その通りです。我らの命運はあなた方にかかっています」
「任せてくれ。戦争とか一回経験してみたかったんだよ。要は敵を全員叩き潰せばいいんだよな?だから大船に乗ったつもりでいてくれ。な、皆」
「はい。僕たちは最強ですからね!」
「せっかく魔法の訓練したんだから、使わないと勿体ないわよね~」
「な、なんと頼もしい……!」
西のエルドラド皇国、勇者三名、出陣。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます