卒業式で好きな子への告白を強制的にやらされた話

カズタロウ

不登校の引きこもり幼馴染に告白する

 俺は本日を持って、三年間通っていた中学校を卒業することになった。


 卒業生が体育館へ入場し、在校生や先生たちが拍手で出迎えてくれる中を歩き、自分の席に着くと、校長先生が壇上に上がり、卒業式が始まった。


 卒業証書授与のアナウンスが流れ、次々と名前が呼ばれていく。そして俺の番になり、教頭先生に名前を呼ばれ、返事をして立ち上がる。壇の中央まで歩いていき、校長先生の前まで行き、一礼する。校長先生は優しい笑顔で俺を見ていた。



「谷山君、卒業おめでとう」

「ありがとうございます」



 俺が礼をすると、校長先生も礼をした。



「君の成績は素晴らしいものだったね。よく頑張ったよ」

「いえ、そんなことは……」

「いやいや、謙遜することはないよ。君は本当に頑張っていたからね。私はちゃんと見ていたんだよ」

「あ、ありがとうございます」



 まさか褒められるとは思っていなかったので、少し驚いた。だが、悪い気はしなかった。むしろ嬉しかったくらいだ。



「さて、話はこれくらいにして、早速本題に入ろうか」

「え? 次の生徒が待ってると思うんですけど……」

「ああ、それなら大丈夫。君だけ特別にサプライズを用意しているから」

「……はい?」



 意味がわからなかった。俺だけ特別ってどういうことだ? 他の生徒たちは普通に卒業式をしているぞ? それに、さっきから周りの人たちもニヤニヤしているんだが。一体どういうことなんだ。



「実はだね、この学校には毎年一人、成績優秀者の中から抽選で選ばれた生徒には特別なプレゼントがあるんだよ」

「と、特別なプレゼントですか?」

「そうなんだよ。その生徒は学校を代表して、あることを成し遂げなければならないんだ」

「あること……とは?」

「それは――『好きな子への告白』だよ!」

「…………はぁ!?」



 思わず叫んでしまった。いや、だっておかしいだろ!? なんでいきなりそんな展開になるんだよ。普通こういうのって、もっと感動的な感じで終わるんじゃないのか。なのになんで告白なんてもんをしなきゃいけないんだよ。いや、確かに好きな子はいるけどさ。でも、こんな形じゃなくてだな。



「さあ、早く行っておいで! みんな待っているよ」

「ちょ、ちょっと待ってください! まだ心の準備ができてないです!」

「大丈夫だよ。ほら、勇気を出して一歩踏み出すんだ!」

「い、嫌ですよ! そんな恥ずかしいことできるわけないじゃないですか!」



 必死に抵抗するが、周りの生徒たちに囲まれて身動きが取れなくなってしまった。くそっ、こうなったら強行突破だ。そう思って走り出した瞬間、誰かに腕を掴まれてしまった。振り返るとそこには教頭先生が立っていた。



「どこに行くつもりかね?」

「きょ、教頭先生。お願いします、離してください。どうして俺がこんな目に……」

「ダメに決まってるじゃないか。せっかくみんなが用意してくれたんだから、しっかりやりなさい」



 そう言って、俺を無理やり壇上へと連れて行く。抵抗しようにも、彼の力が強くて何もできなかった。そのまま俺は壇上に上げられてしまう。



「それでは、お願いします!」


 司会進行役の人がそう言うと、周りからは拍手が巻き起こった。


 もう逃げられないようだ。覚悟を決めるしかないのか……。そう思った時だった。


 突然体育館の扉が開き、誰かが入ってきたのだ。その人物を見て、会場にいた全員が驚きの表情を見せた。俺もまた驚いていた。何故ならそこに立っていたのは、俺のよく知っている人物だったからだ。



「――真白ちゃん?」



 そこにいたのは紛れもなく、幼馴染である天川真白だった。彼女は制服姿のまま、俺の方をジッと見つめていた。そしてゆっくりとこちらへ歩いてくる。そんな彼女を見ながら、校長先生が声をかけた。



「あれが、君の意中の子なんだろう。あの子に告白するまで、卒業は認めないよ」

「なんすか。その、理不尽すぎる条件は」

「いいからさっさと行きたまえ。せっかくのチャンスを逃していいのかね?」



 そう言われてしまうと、反論できない。


 確かに、俺は真白ちゃんの事が好きだ。実は彼女、不登校で滅多に学校へと来ない。原因は、中学一年生の時に実の父親が亡くなったせいである。そのせいで、彼女は心に大きな傷を負った。それ以来ずっと引きこもっている。だけど、それでも好きだった。いつか彼女に想いを伝えたい。それが今、叶うかもしれない。そう思うと胸が高鳴るのを感じた。



「……わかりました。やりますよ、やればいいんでしょう」

「それでこそ男だ。では、頑張ってくれたまえ」



 校長先生に背中を押され、前へ出る。目の前には彼女が立っている。


 心臓がバクバク鳴っていた。緊張で倒れそうになるが、なんとか踏ん張り、壇上へ上がった彼女の目の前に立つ。すると、彼女も俺を見つめてきた。綺麗な瞳だった。吸い込まれそうな程に美しい。その瞳を見つめていると、なんだか頭がボーッとしてきた。まるで夢を見ているような感覚に陥る。



「谷山くん……」



 頭の中に直接響くような声が聞こえた。見ると、目の前の少女が口を動かして喋っている。この子、あまり口数が少ないんだけどな。久しぶりに声が聞けて良かった。



「真白ちゃん、大勢の前で大丈夫?」

「うん、緊張してる。今にも足が震えそう」

「そっか……じゃあさ、手繋いであげようか?」

「……いいの?」

「もちろん。ほら、手を出してごらん」



 俺が右手を差し出すと、真白ちゃんは両手で握ってきた。小さくて柔らかい手が俺の手を包む。そして俺たちは見つめ合ったまま、しばらく動かなかった。生徒たちから巻き起こる拍手をよそに、やがて彼女の口が動き始める。



「……私、谷山くんに言いたいことがあるの」

「奇遇だね。実は俺もなんだ」

「でも、いいの? 私、暗い女だよ」



 俯いて申し訳無さそうにする真白ちゃんに対し、俺は笑い飛ばす。



「ははっ。そんなの関係ないよ。君はとても魅力的な女の子だ。だから自信を持っていいんだよ」

「……ありがとう。嬉しい」



 頬を赤く染めながら言う彼女を可愛いと思った。それから真白ちゃんは深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、再び口を開いた。



「あのね、私は嬉しかった。不登校な私に対して、いつも家までプリントを持ってきてくれたり、学校であった出来事を話してくれたり……だからかなぁ。どうしても気持ちが抑えられない」



 大粒の涙をこぼし始めた少女を抱き寄せると、そっと頭を撫でる。サラサラとした黒髪が心地良い感触を与えてくれた。しばらくして落ち着いたのか、少女は顔を上げた。その顔は涙で濡れていたけど、どこかスッキリしたような表情をしていた。俺はついに、意を決して彼女に気持ちを伝える。



「真白ちゃん、好きだ」

「私、外にうまく出られないよ? 谷山くんとデートなんかできないし楽しませることもできない」

「そんな事、構うもんか!!」



 大声で叫ぶように言うと、ビクッとする少女の肩を掴む。その目には涙が浮かんでいた。それを見た瞬間、心が締め付けられるような気持ちになったが、グッと堪えた。ここで怖気づくわけにはいかない。



「君が好きなんだ! もうどうしようもないくらい好きなんだよ! 学校が行けないなら、俺が家まで毎日会いに行ってやる! デートだって家の中でできる! それに俺だって人付き合いが得意な方じゃない! 君と一緒なんだよ! 真白ちゃん――」



 そこで一度言葉を区切ると、大きく息を吸った。そして――告げる。



「――俺と付き合ってください!」



 その瞬間、体育館が静寂に包まれた。誰もが俺たちのことを見ていた。中には泣いている者もいたが、大半はポカンとしていたと思う。だがそれも当然だろう。いきなり卒業式の日に告白するなんて普通ありえないからな。しかも相手は引きこもりの美少女である。普通はあり得ないシチュエーションなのだ。



「……ありがとう。谷山くん」

「ねえ、真白ちゃん。小さい頃の出来事、覚えてる?」



 俺の言葉にハッとした表情を浮かべる真白ちゃん。どうやら思い出してくれたらしい。俺は続けて言う。



「あの時に約束したよね。大人になったら結婚しようって」

「……覚えてたんだ」

「忘れるわけないじゃないか! 俺にとっては大切な約束なんだから!」

「私も、忘れてないよ……大好きな人との約束だもん」



 お互いに微笑み合う俺たち。そんな様子を見て感動したのか、周りからは拍手が巻き起こった。その中には涙を流す生徒もいたが、ほとんどが笑顔で祝福してくれていた。そんな中、校長先生がマイクの前に立つと話し始めた。



「皆さん、聞いてください! ここにいる二人は今日この日のために今日まで頑張ってきました! 互いに想い合いながらも、決して結ばれることはないと思っていたことでしょう!」



 その言葉に頷く者が多かった。まあ確かにその通りだしな。まさかこんな形で告白することになるとは思わなかったけどさ。すると校長先生は話を続ける。



「ですが、彼らは諦めませんでした! たとえどんな困難が立ち塞がろうとも、互いを思い続けたのです!」



 そんな大袈裟なと思ったが、否定するわけにもいかないので黙って聞いていた。校長先生の話に聞き入る生徒たちを見て、満足そうに微笑む校長先生だったが、急に真面目な顔になるとこう言ったのだ。



「――君たちは素晴らしい人間だ!」



 いきなり何を言い出すのかと思ったが、校長先生は構わず続ける。



「谷山くん、おめでとう。さっきのサプライズ、実は天川さんが担任の先生にお願いしたものなんだ」



 それを聞いて、俺は声を漏らす。



「え!? じゃあ、成績優秀者の中から抽選で選ばれたっていうのは……」

「嘘に決まっているじゃないか! いやぁ、卒業生のみんなもサプライズに協力してくれてありがとう!」



 体育館中に響く声でそう言った校長は、満足げな表情で拍手をしている。卒業生たちの声援が聞こえる中、俺は呆然と立ち尽くすしかなかった。そして我に返った時、思わず吹き出したのである。



「はははっ、お前たちなぁ!」



 すると、真白ちゃんの滅多に見せない笑顔。どうやら、おかしかったようだ。



「ふふっ、あはは……!」



 つられて俺ももっと笑ってしまう。なんだかバカらしくなってきたな。そう思いながら彼女を見ると、目が合った瞬間に逸らされてしまった。


 頬が赤くなっているのがわかる。そんな彼女を見ていると無性に抱きしめたくなったが我慢することにした。代わりに手を握る力を強めると、彼女も握り返してきた。それだけで幸せな気持ちになることができたんだ。



「真白ちゃん。これからもよろしく」

「うん、私のほうこそ。谷山くん……裕二くん。大好きだよ」



 こうして俺の中学生活は終わったわけだが、後悔はないと思っている。なぜなら最高の恋人ができたからだ。これから先の人生、何があっても彼女と一緒だという確信があったからこそ言えることだけどな。きっとこの先も楽しいことが待っているはずだと確信している自分がいるのだった。

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