第4話 ミュセスキア、その国のあり方

 ほどなく、宮殿の方角でコルネットが国公こっこう家をたたえる栄誉礼を吹き鳴らすのが聞こえた。

 栄誉礼が三回繰り返されると、群集がいっせいに拍手をする。

 「国公殿下万歳!」

の声も聞こえる。

 その喝采に答えるように、楽隊の合奏が始まった。大太鼓、進軍太鼓、鉄琴、リコーダー、ファゴット、コルネット、ホルンを揃えた楽隊だ。それが公女の門出を祝う音楽を盛大に奏で始める。

 つやのよい音色だ。

 まだ遠いので、いくぶんぼんやりと聞こえたけれど、それもこの初夏らしい空模様にはちょうど似合っている。

 「この国って楽隊は立派よね」

 アヴィアが言う。

 「軍隊はぜんぜんだめなのに」

 カスティリナは驚いた。

 この娘は意外に辛辣しんらつなことを言う。

 でも、このなまいき娘の言うとおりだ。

 ミュセスキア公国の楽隊はこの地方では随一で、低地の大国ヴィラナ君侯くんこう国も隣国のセディーレ大公たいこう国も、これから公女が嫁ぐ嫁ぎ先のアルコンナ公国も、大きな儀式のときにはミュセスキアの楽隊を借りに来る。

 楽隊だけでなく、評判の高い画家を何人も宮廷画家として抱えていて、この画家たちも近隣の国から招かれることがある。

 ところが、国の軍隊はというと、首都のインクリークと副都のハーペンに宮殿守備隊がいるだけだ。

 しかも、それが、ネリア川中流という重要な位置を押さえている国だ。

 上流のアルコンナ、下流のヴィラナ、支流のフィナ川を上ったところにあるセディーレが、この地の覇権を狙っている。

 好んで戦争しないにしても、国境の警備は固めなければならない。

 その役割をだれが担うのか?

 「だからわたしみたいな傭兵に仕事があるんだよ」

 カスティリナが言うとアヴィアは

「それもそうね」

と言ってまた笑った。

 この子は、笑いかたはいろいろだけど、いつも笑っているとカスティリナは思う。

 ほっとした。

 さっきはそれが気にさわった。けれども、不機嫌な人の護衛を五日間務めるのよりはこの娘が相手のほうがずっといい。

 宮殿前からかんだかい叫びと大きな拍手が聞こえてきた。

 喝采は万歳の声に変わり、国公殿下万歳、公妃殿下万歳、公女殿下万歳という声が繰り返される。

 順番はもちろん国公が最初だが、声は「公女殿下万歳!」がいちばん大きい。

 公女の馬車が出発したのだろう。

 にれの葉の陰から楽隊の先駆けが姿を見せた。いままでの先駆けとは違い、左列の者は左手を、右列の者は右手を、まっすぐに横に上げて、堂々と歩いている。

 その後ろからはお揃いの青い制服を着た楽隊が来る。

 ミュセスキア公国の誇る楽隊だけあって堂々としたものだ。

 まだ楽隊が遠かったときのぼんやりした感じは消え、どの楽器もきらびやかで鮮やかな音を響かせ、しかもそれがきっちりと揃っている。

 楽隊の行進姿も音と同じように鮮やかで、全体によく揃っている。

 間近でその姿を見ながら奏でる音楽を聴いてみると、なるほどこの楽隊があれば軍隊なんかいらないかな、と納得しそうになる。武器を取って戦うのも辛く苦しいが、こうやって楽器を奏でながら全体を乱さずに行進するのだって、やっぱり楽ではないはずだ。

 カスティリナが見ている前を二十列以上も並んだ楽隊が行き過ぎる。

 その後ろから二頭立ての四輪馬車が来た。宰相家の紋章を掲げている。

 「あれは宰相家の長男のラヴァンじゅん男爵だんしゃくの馬車だね」

 アヴィアがささやいて教える。

 「婚礼では国公殿下のご名代みょうだいを務められるはずだよ」

 なんだ、敬語も使えるんじゃないか、とカスティリナは思う。

 つまらない。時間があったら、この娘の弱みを見つけて、それを利用して敬語の心構えでも説教してやろうと思っていたのに。

 その後ろから、ミュセスキア公家の紋章の旗を掲げた、青い服の男が来た。

 沿道からは、拍手と、

「国公殿下万歳! 公妃殿下万歳!」

の歓呼が起こる。国公と公妃が乗った馬車なのだ。

 そのさらに後ろから公女の馬車が来る。

 さっき公女を呼び捨てにしたアヴィアも、公女の姿は見たいらしく、公女の馬車が来るほうをじっと目を細めて見ている。

 少し間隔を置いて、白服で威儀を正した兵士が二列に並んで来た。

 「あーっ」

 カスティリナが緊張感のない声を漏らす。

 「どうしたの?」

 アヴィアが振り向いた。首を傾げている。

 公女を見ようとしてせっかく気合いを入れていたのに、気をらされたと言いたいのだろうか。

 そうでもないらしい。だからカスティリナは正直に説明する。

 「いや、あれ、わたしの局の兵隊。サパレスって言って」

 「あれって、ああ、先頭の男のひとね?」

 「うん。後ろにもわたしの仲間の女の兵隊がいる。ジェシーとか、タンメリーとか」

 「ほんと、公女の直衛まで傭兵なんだよね、この国」

 アヴィアが言う。

 カスティリナは返事しなかった。自分も傭兵だから、どう返事していいかわからない。

 それより、自分にこの礼儀知らずのおてんば娘の護衛の仕事が来た理由がいまわかった。

 傭兵局の主立った傭兵はこの公女の馬車の直衛に雇われて出払ってしまったのだ。

 それで、他国者で、まだ経験の浅いカスティリナにこの仕事が回ってきたのだろう。

 おもしろくない。

 おもしろくないけど、自分が局長ならば、と考えてみると、やはりそういう差配をするだろうと思う。

 何をどう間違っても、護衛する相手とでもすぐにいさかいを起こすカスティリナを公女の護衛には回さない。

 でも、やはりおもしろくない。

 それに、カスティリナは、これまで、他の傭兵はやったことのない、さまざまな難しい事件に関わり、少なくとも言われただけの役割は果たしてきた。その功績にふさわしい栄誉を、局長はカスティリナに与えなかった。

 やっぱり不機嫌なところを見せて出てきてよかったといま思う。

 不機嫌になるのは局長もわかっていたのだろう。苦笑いをしながら送り出してくれたけど。

 「来た」

 アヴィアが鋭い声で小さく言った。

 白馬二頭立てのまっ白な四輪馬車だ。屋根を開いて、上に椅子をしつらえ、そこに白い服の若い女が座っている。

 「あれが公女?」

 カスティリナが声を漏らす。

 「そうらしいね」

 アヴィアもとまどったように言って、その白服の女のほうをじっと見ている。


 ※ 楽隊の楽器名は、いずれもこの物語世界の楽器を指し、現存の楽器とは別のものと考えてください。とくに、現世のコルネットは19世紀に発明された比較的新しい楽器ですが、ここではことばの意味のとおり「小型の角笛」で、現世のコルネットとは別のものです。

 なお、近代楽器としてのコルネットについては:

 『ホルン!』「第5話 迂回管とバルブシステム」https://kakuyomu.jp/works/16818093089189673791/episodes/16818093089198708561

に書きましたので、よろしかったらご参照ください。

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