第3話 僧院の屋根、梁の上

 カスティリナが予想したように、道の両側は足の踏み場もないほどに混雑してきた。

 最初に道のまん中あたりを細く白い縄で区切っただけだった係の者たちは、群集が道の両側に退くにつれて、どんどんと道の両側へと移動してきていた。

 道のまん中のほうには広い幅のだれもいない場所ができる。

 そこを公女の婚礼行列が通るのだ。

 その道をあけた分、それまで道いっぱいに広がっていた人らは道の両側の狭いところに集まってくる。

 普段ならばこんなことをされたら怒るだろう。

 もちろん今日は違う。

 公女の婚礼行列を見に来たのだ。そのために一人の立つ場所を二人で分け合い、子連れの客は子どもを抱き上げてほかの見物人のために場所を作る。子連れでない客は子連れの客のために親子ともに行列が見やすい場所を譲ってやる。

 小競り合いになっても、それが大きないさかいになるのは互いに避けている。

 「で」

 屋根瓦の後ろ、太いはりの上に腰掛けて、カスティリナは横を見た。

 「ここから見るわけ?」

 「うん」

 横に座ったアヴィアはカスティリナを振り返りもせず軽くうなずいて、言う。

 「だって、ここに二人も女の子がいるなんて、たぶんどこからもわからないよ。よっぽど注意して見ないと」

 「ま、それはそうだろうけど」

 アヴィアがカスティリナを連れて来たのは、さっき待ち合わせをしていた場所の後ろ、僧院の集会堂の屋根の上だ。

 僧院の門の横の路地に入って塀の低くなっているところを乗り越え、集会堂の石炭置き場から梯子はしごを上り、集会堂の屋根の上に出たのだ。

 下から見るとわからないけれど、集会堂の屋根は外側の屋根と内側の屋根に分かれていて、間に人が一人通れるくらいの通路がある。

 たぶん、大屋根に降った雨がそのまま屋根の下に流れ下らないようにするためと、屋根の修理の便利のためだろう。

 二人の娘はその外屋根の内側、内屋根を支える石の梁の上に並んで座っている。

 僧院のこのあたりに人がいる気配はなかった。

 それに、二人がいる場所の前には左右からにれの枝が覆いかぶさっていて、暗い。

 たしかに通りからここにだれかがいるのを見通すのは難しい。

 それにしても。

 いまここに二人並んで座っているのは「女の子」なのか。

 隣に少し離れて腰掛けているアヴィアをカスティリナは無遠慮に見た。

 軽く波打たせた立て襟に、飾りの布ボタンがいっぱいついた乗馬服を着ている。

 肌は質のよい砂糖菓子のように白くて滑らかだ。化粧しているようには見えないのに。それに、こんな場所に前屈みに腰掛けているのに、姿勢が崩れているように見えない。

 何者だろう、この子は。

 服装は田舎の女の子がせいいっぱいおめかしして都会に出てきたように見える。都会の子はこんなに飾りボタンの多い服を喜んで着たりはしない。

 けれども田舎育ちにしては何か感じが違っていると思う。

 アヴィアはカスティリナが自分をじっと見ているのに気がついたのだろう。カスティリナを見返してくすりと笑った。

 「なんでわたしがこんな場所を知ってるかふしぎなわけ?」

 「ああ、うん」

 今度はカスティリナが笑顔をこぼして答えた。

 アヴィアの見当がはずれていたから。

 アヴィアが続ける。

 「あんたはわたしが何者かも教えられなかったし、わたしの素姓すじょうを探ってはいけないってしつこく言われたんだ?」

 「そのとおり」

 カスティリナはそこで不機嫌なふりをして言う。

 「傭兵局を出るときにわざわざシルヴァス局長に呼び出されて念を押された。そんなの前に言われてわかってたことなのに。だから、敬礼も何もしないでふんって言って靴をどたどたいわせて出てきてやった」

 「なまいきなのぉ」

 ねたようにとがめるように言う。

 考える前にカスティリナは言い返していた。

 「じゃ、あんたは?」

 「なまいきなのはいっしょ、わたしも」

 言って、カスティリナがどう応えるかは気にもしないでふふんと笑う。

 「ここって学校なの。ここの僧院が学校をやっていてね。今日は婚礼で休みだからだれもいないけど。で、ここの学校にわたしは通ってた。授業がつまらないときには教室を抜けてここに来てずっとここの通りを見てた。そのほうがずっと勉強になったかも、って思う」

 「ふうん」

 カスティリナは生返事を返した。お客様相手に生返事はよくないという思いは浮かんだが、すぐに消した。

 自分に対して「なまいきなの」と言う相手に、いまさらつくろうこともあるまい。

 「ふうん、って何?」

 アヴィアはその生返事に乗ってきた。カスティリナは答える。

 「わたし、学校に通ってないの。仲のよかった友だちがみんな学校に通ってたのに、わたしは行けなかった」

 アヴィアはカスティリナの顔を両目で見て、その細い目を瞬かせている。カスティリナは続けた。

 「だから、学校に行かせてもらえているのに、授業を抜け出すとか、それを自慢そうに話すとか、わたしには不愉快なんだ」

 「なるほどね」

 アヴィアは言った。

 それだけだった。

 何かばかにされたようだ。でもそのほうがかえっていい。

 いま、このあたりの国の都会では、学校というものに全然通ったことのない子はそれほど多くないに違いない。少なくとも読み書きと算術の初歩ぐらいは習う。身につけるかどうかは別として、だけれど。

 だから、なぜ学校に通わなかったかという理由をアヴィアがきいてきたら、カスティリナは生い立ちから説明しなければいけない。

 それは気が進まない。

 何度も銅鑼どらが鳴り、何度めかの先駆けの係が来た。

 そろそろ公女の婚礼行列が出発しそうだ。

 「来るよ」

 アヴィアがささやいた。

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