第2話 公女の婚礼行列

 だから、言い返すかわりに、娘の調子に合わせて親しそうに言ってやる。

 「でも、旅してると、硬いベッドとかまずい食事とか、避けるつもりでも当たっちゃうもんだからさ。その覚悟はしてね」

 「うん」

 どうしていまのことばにこんなに嬉しそうに答えなければならないのか。

 よくわからない。

 すっぽかされはしなかった。

 でも、そのかわり厄介者を背負わされたのではないか。

 ものの見かた考えかたがどこか世間とずれている、困ったお嬢様を。

 アヴィアはカスティリナをにこにこしながら見ている。

 カスティリナは、アヴィアから目をらし、アヴィアにわからないように細くため息をついた。

 ふいに、通りの右側、公の宮殿のほうで高い銅鑼どらの音が鳴り響いた。

 「ジャーン、ジャーン、ジャーン」とり打ちで何度も鳴り響く。

 その銅鑼の音にこたえるように通りの群集のあいだにざわめきが広がり、拍手が始まる。

 拍手はまたたくうちに大通りじゅうに広まって行った。

 アヴィアがささやくように言った。

 「始まるよ」

 「何が?」

 「何がって、婚礼行列でしょ?」

 ああ、そうだった。

 この通りにいるいっぱいの人たちは、その婚礼行列を見に来たのだ。

 ミュセスキア公の娘のセリス公女が嫁入りする。

 嫁入り先は、最近、急速に軍を拡張して領土を広げている隣国アルコンナの国公こっこう家だ。アルコンナ国公の世継ぎサンデリヴァル公子に嫁入りすることになっている。

 その婚礼行列がいま出発する。

 宮殿のほうから青い服を着た係の者たちが駆けてくる。

 白い縄を持っている。縄がいっぱいに張ったところで立ち止まり、次の係に自分の持っている縄を渡す。縄を受け取った次の係は、また縄がいっぱいに張るまで駆け、張ったところで立ち止まって、次の者に縄を渡す。

 係に追い散らされるまでもなく、道を埋め尽くしていた人たちはその白い縄の手前に動いてくる。もの売りも、客も、大人も、子どもも。

 道にいた連中が道の脇に押し寄せて来る。

 カスティリナとアヴィアはいま出発しないと身動きが取れなくなるに違いない。

 「さ、行きましょ」

 カスティリナはアヴィアに短く言い、歩き出そうとする。

 だが、あふれるような笑みを作って、アヴィアは答えた。

 「ね、見てから行かない? 公女の輿こしれを」

 「そんなことをしている暇はない」と言おうとして、カスティリナはとっさに返事ができなかった。

 どうしてか気づくまでしばらくかかる。

 それはアヴィアが「公女様」と言わずに「公女」と呼び捨てにしたからだった。

 カスティリナは他国人だから公女を呼び捨てにしてもいい。

 でも、この国ミュセスキアの娘ならば、「殿下」とは呼ばないにしても、普通は「様」くらいはつけて「公女様」というものではないのか?

 とんだ礼儀知らずのおてんば娘のお守りを言いつかったらしい。

 カスティリナの様子にはかまわず、アヴィアは乱暴にカスティリナの右の腕をぎゅっとつかんで引っぱった。

 意外と力が強い。

 それはそうだ。声はおとなしい女の子のようでも、体は大きいし、体つきはしっかりしている。

 それは覚えておかないと、とカスティリナは思う。

 「いい見物場所、知ってるんだ。ほかのだれも来ない場所。だからっ!」

 でも、いくら相手が自分より少し大柄の娘だからといって、仕事で兵隊をやっている者がいきなり腕を掴まれて引っぱられるなんていうことがあってはいけない。こちらが護衛で、相手が護衛される娘だ。

 けれども、眼の細いアヴィアの笑顔を見ると、カスティリナの突っ張った気もちは、あぶった砂糖のように軽く崩れていく。

 それが自分ではどうにももどかしい。

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