(2)幽玄の試練

満月の光が差し込む教室には白い霧が立ちこめ、その中に幽霊の教師が冷然とした眼差しで私を見据えていた。その視線は冷酷さと共に、試す者としての厳粛な意志を宿しているようだった。


霧が濃くなり、辺りにじわじわと圧迫感が満ちていく。この重圧が私の意志を試しているように思えたが、屈するわけにはいかない。深く息を吸い、気持ちを整える。


幽霊教師が静かに問いかけた。


「無属性魔法が発展していない理由を述べよ。」


冷ややかな声が心に重くのしかかる。積み重ねてきた知識を掘り起こし、慎重に答えを組み立てた。「無属性魔法は他の属性に干渉されやすく、制御が難しいため安定性に欠けます。また、属性ごとの魔法体系が発展し、効率が向上したことで淘汰されたと考えられます。」教師の眼がわずかに揺れたのを感じた。


次の問いが飛ぶ。「魔法と親和性が最も高い金属は?」


「オリハルコンです。マナを増幅する性質を持ち、強力な魔具の素材として知られています。」自信が胸に芽生えるのを感じた。


さらに続く。「魔石の純度を見極める方法は?」


「光を通して結晶構造を観察したり、特定の波長のマナを当てて反応を見る方法があります。純度が高い魔石は、光の屈折が澄んで美しく見えます。」独学で得た確信が言葉に宿っているように思えた。


答えるたびに新たな問いが投げかけられる。まだ一年生の私にとっては教えられていないものばかりだが、図書館で積み上げた知識が自然と湧き上がる。孤独な日々に重ねた努力がこの瞬間に結実している感覚があり、誇らしい気持ちが広がった。


「…見事だな。」教師の無表情な顔に、ほんの一瞬驚きが浮かんだ。その表情に安堵が広がるが、束の間だった。教師は再び冷たい表情に戻り、さらに深い問いを投げかける。その内容は常識を超え、私の覚悟や信念にまで迫っているようだった。


それでも動じない。図書館で育んだ探究心と努力が私を支えている。難問であればあるほど思考が研ぎ澄まされ、新たな発見が心に光を灯すようだった。


幽霊の教師の視線に再び驚きがよぎる。それは、私の成長を見守るような温かみと敬意が込められているように思えた。ただ知識を試すだけでなく、私自身の覚悟と信念を見極めようとしているのだと気づいた。


そして、不意に幽霊の教師が低く告げた。


「次は実技だ。」


冷たく響く声が静まり返った教室に重く響きわたる。その言葉が終わるや否や、彼はゆっくりと手をかざし、低い呪文を口にした。その瞬間、冷たく光り輝く障壁が現れ、鋭い冷徹さを漂わせながら私の前に立ちはだかる。


「この障壁を破ってみよ。」


挑発的なその言葉に、私は内心で笑みを浮かべた。これほどの障壁、私の力なら難しくはない。図書館で学んだ中級の闇魔法を駆使すれば、十分に突破できるはずだ。


「影の深淵に眠る力よ、漆黒の闇より刃を生み出せ。絶望の一閃、我が意志に応えよ。闇影刃シャドウエッジ!」


詠唱と共に、私の手から放たれた闇の刃が光の障壁に向かって一直線に突き進む。その鋭さで障壁を強烈に貫き、そのままの勢いで教師に向かって迫っていく。


しかし、幽霊の教師は冷ややかにその様子を見つめるだけだった。やがて、闇の刃が彼に届く瞬間、彼はまるで無造作に振るように片手を軽く動かした。刃はその手に触れるや否や、霧散するように消え去り、辺りには何事もなかったかのような静寂だけが残った。


その動作はあまりに簡単で、こちらの攻撃をまるで子供の遊びか何かのように扱ったかのようだった。幽霊の教師はわずかに口元を歪め、その表情には驚きと冷たい嘲笑が交じり合っているように見えた。


「…教師に手を挙げるとは。では、さらに難しいものを準備せねばなるまい…!」


その言葉に教室の空気はさらに緊張感を増した。指先をわずかに動かすと、瞬く間に私の周囲に正八面体の光の障壁が現れる。白く冷たい輝きを放つそれは四方から私を囲み、隙間なく完全に閉じ込めた。まるで生き物のように圧倒的な存在感で空間を支配している。


「次は、この壁を突破してみせよ!」


教師の声とともに、光の壁がじわじわと圧迫感を増してくる。その冷たい輝きが肌にしみ込み、息をするたびに体の奥深くまで冷たさが流れ込むようだ。焦りを抑えながら手を伸ばし障壁に触れると、鋼のような冷たさと固さが返ってきた。拳を打ちつけても、音が空しく響くだけで微動だにしない。


何度試みても障壁は動かない。その冷たい圧力がじわじわと全身を覆い、息苦しさが極限に達する中、冷や汗が背中を伝った。焦燥と不安が心の奥で広がり、体中の力が抜け落ちていくように感じる。


ここで力尽きてしまうのだろうか?——そんな弱気が頭をよぎり始めたその時、視界の隅にふと一筋の光が飛び込んできた。


「…雷の表、展開…」


かすかな声とともに、一枚のカードがどこからともなく現れ、意志を持つかのように光の障壁へ一直線に飛び突き刺さる。ガシャン、とガラスが砕けるような音が響き、光の壁は粉々に崩れ落ちた。荒い息を整えながら、ぼんやりと霞む視界を戻し、ゆっくりと顔を上げる。


そこには、見慣れない制服を着た少女が立っていた。特徴的なデザインの制服と長めのスカートを身にまとい、霧の中で少し頼りなげに佇むその姿が浮かび上がる。


ふわふわと柔らかそうな丸みのあるショートボブの白髪が微かに揺れ、光を受けて銀糸のように艶やかに輝く。淡い紫の瞳が、不安げに揺れながらこちらを見つめており、その視線から緊張と戸惑いが伝わってくる。


ジャストサイズの制服が彼女の小柄で控えめな印象を際立たせ、ベストの上から巻かれた細いベルトにはカードを収納する小さなポーチが揺れていた。手首には異国の文字が刻まれた布が結びつけられ、その存在に神秘的な雰囲気を漂わせている。


彼女が誰で、なぜここにいるのか——すべてが謎のままだ。それでも、不安げな瞳がじっとこちらを見つめているのに気づいた瞬間、胸の奥が静かに高鳴るのを感じた。

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魔法学院の七不思議 チョコレ @choco1113

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