第一の不思議 満月の幽霊教室
(1)満月の夜
「…雷の表、展開…」
息も絶え絶え、光の障壁に囚われた私は、完全に追い詰められていた。このまま命が尽きるのだろうかと覚悟しかけたそのとき、不意に視界の端に一筋の閃光が飛び込んできた。それは一枚のカード。どこからともなく現れたそのカードは、まるで意志を持つかのように一直線に光の障壁へ飛び、突き刺さった。
次の瞬間、ガシャン——ガラスが砕けるような音と共に光の壁が崩れ落ちた。突然の自由に、信じられない思いで胸がいっぱいになる。荒い息を整えながら顔を上げると、見慣れない制服をまとった少女が立っていた。
ショートボブの白髪が揺れ、光を受けて銀糸のように輝く。淡い紫の瞳が不安げにこちらを見つめ、その視線に緊張と戸惑いが入り混じっているようだった。制服のシルエットが小柄で控えめな印象を際立たせ、ベストの上から巻かれた細いベルトにはカード収納用のポーチが揺れている。手首には異国の文字が刻まれた布が結ばれ、どこか神秘的な雰囲気を漂わせていた。
彼女が誰で、なぜ私を助けたのかもわからない。ただ、その場に立ち尽くし、不安げな瞳に見つめられると、胸の奥が高鳴るのを感じた。
──時は少し遡るわ。
図書館であの手帳と出会ったその日の夜、女子寮の部屋に戻ると、私は迷うことなく手帳を取り出し、七不思議についての調査を始めていたの。
─
何度も手帳の文字を目で追い、その中に隠された謎を探る。夜の静寂の中、ページをめくる音だけが響き、月明かりが手帳を微かに照らしていた。指先で文面をなぞりながら、これまで耳にした噂話を思い返すと、手帳が私の記憶を呼び覚まそうとしているように思えた。
ふと、「七不思議は噂話の形になって現れる」という一文が心に引っかかった。その瞬間、学院で耳にした数々の噂が脳裏に浮かぶ。授業の合間の囁き声、食堂での会話、廊下で漏れ聞いた話——それらが七不思議への道しるべかもしれない。一つの噂が記憶の中で強く私を捉えた。
「幽霊の教室」──満月の夜に現れる見知らぬ先生が特別授業を始め、答えられなければ永遠に教室に閉じ込められるという話。笑い話のようだったこの噂が、七不思議の一つではないかという予感が胸に広がる。
窓の外にはほぼ満月が浮かび、学院を柔らかな光で包んでいた。その光景が手帳の記述と重なり、何かが私に囁いているように思えた。「幽霊の教室」を確かめるには明日がふさわしいと決めた。
翌日、授業中も心はその決意で満たされていた。授業に集中できず、頭の中にはただ「幽霊の教室」への思いだけが渦巻いていた。夜が訪れ、満月が夜空に輝くその時、私は静かに寮を抜け出した。「幽霊の教室」を確かめるため、胸に決意を抱きながら教室へ向かう。
夜の学院は普段とは別世界のように静まり返り、冷たさに包まれていた。張り詰めた空気が足音を重くし、満月の光が廊下を幻想的に染めている。その光景は学院を異世界の入り口に変えたようで、背後から無数の目に見つめられているような感覚が背筋を冷やした。
深呼吸して恐怖を振り払うと、目指す「幽霊の教室」へ向かう。緊張は解けないが、足を止めるわけにはいかない。
やがて見えてきたのは、不自然に光り輝く一つの教室の扉。深く息を吸い、慎重に手を伸ばす。扉に触れると、冷たい感覚が掌を包み込み、向こう側に潜む何かが私を誘っているようだった。それでも恐怖を抑え、扉を押し開ける。
扉の向こうには白い霧が立ちこめていた。教室の中は見えず、霧が静かに漂っている。ここで引き返すわけにはいかない。私は霧の中へと足を踏み入れた。
霧は冷たく、肌にまとわりついてくる。重い空気に息苦しさを覚えつつも、何かの存在を感じる。見えない視線が私を観察しているような冷たさが全身を覆った。
「…誰か、いるの?」
自分でも驚くほど静かな声が教室に響くと、霧がかすかに揺れ、応えるように冷たい風が吹き抜けた。誰もいないはずなのに、その場の空気が異様に重く感じられる。だがここで退くわけにはいかない。私はもう一歩霧の奥へと足を踏み出した。
霧の向こうに浮かび上がったのは、歪んだ教室だった。机や椅子は乱雑に配置され、あたかも見えない力で無理やり押し込まれたかのようだ。その光景は、秩序の欠片もない空間として不安を胸に広げていく。
一歩、また一歩と足を進めるたび、空気はさらに冷たく重くなり、緊張が全身を包む。そして、突然霧の奥から冷たい声が響いた。
「…誰だ、何の用だ?」
その声は鋭く、心の奥を見透かすような冷たさを帯びていた。周囲を見回しても、濃い霧の中に姿は見えない。ただその声だけが、耳元で反響するように響く。
心臓が激しく脈打ち始めたその時、霧の中からぼんやりと人影が浮かび上がった。半透明な幽霊の教師。その鋭い眼差しが私を捉え、覚悟を試すかのような威圧感が漂っている。その冷たさと威厳に、私は身震いした。
「ここに来るなら、私の授業を受ける覚悟はあるのか?」
その問いかけは静かで冷徹だったが、確かな意志が宿っているように感じられた。逃げたい衝動を抑え、全身に力を込めて視線を正面から受け止めた。
「覚悟はできています。」
そう力強く告げた私の言葉に、幽霊の教師の表情がわずかに変わった気がした。それが何を意味するのかは分からない。ただ、ここから先は引き返せないと、心に強く誓った。
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