(3)手帳は語る

図書館の静寂の中、私は古びた手帳を開いた。文字が目に飛び込み、まるで命を宿して語りかけてくるようだった。


「おめでとう!この手帳を手にした君こそ、七不思議の謎を解くに相応しい!」


その一行がただの文字以上の重みを持ち、時を越えて私の心に届く。手帳の革の冷たさと、幾人もの手に触れられてきた重みが、この手帳がただの記録ではなく、多くの想いを受け継いできた証だと教えてくれる。そしてページは、次の言葉を静かに呼びかけてきた。


「私は、この時代の七不思議をすべて踏破した者として、次の時代の七不思議に挑む後輩に向け、この本を書き記す。この手記は、君が七不思議に挑むのであれば、最後のひとつに至るまでの道標となるだろう。」


その言葉が胸の奥で眠っていた何かを呼び覚ました。遥か過去にこの学院で七不思議に挑み、未来の挑戦者へ意志を託した誰か。その想いが私の中に流れ込み、好奇心と探究心を揺さぶる。ページをめくるたびに、新たな冒険への鼓動が確かに高まっていくのを感じた。


続くページには、学院の七不思議についての説明が記されていた。


「七不思議、それは学院のマナが伝承や噂をもとに具現化した七つの現象だ。この学院は外にマナが漏れないよう巨大な結界で覆われており、設立以来滞留した膨大なマナが、七大属性——光・闇・火・水・風・雷・土を起点に形をとる。」


「召喚授業で五芒星を描くと現れるベヒモス」「深夜の教室で出会う見知らぬ生徒」──それらの記述は単なる噂ではなく、挑む者を待つ謎そのもののように思えた。その未知の魅力に、胸の奥が静かに熱を帯びていく。


「七不思議は、現れるたびにその姿を変え、同じものは存在しない。その未知と変幻の魅力が、私たちの心を引き寄せるのだ。」


その言葉が、私の探究心をさらに刺激する。自分の手で謎を解き明かしたいという衝動が胸の内に芽生え始めていた。


さらにページをめくると、手帳が秘めた特別な仕掛けについて語り始めた。


「この手帳には特殊な隠蔽魔法が施されている。この魔法により、一定以上のマナを持つ者だけが手帳を手に取ることができるようになっている。七不思議は時に難解で、危険を伴うこともある。それゆえ、挑む者に相応しい力が必要なのだ。」


その言葉から、手帳の綴り手が単に謎を記録するだけでなく、挑戦者の安全を守ろうと配慮していたことが伺えた。学院の深い謎を伝えつつ、その道の厳しさを予期していた冷静な意志が伝わってくる。


「私の時代にもいくつかの事件が起きた。たとえば、後輩の黒髪眼鏡君が謎の現象に巻き込まれたこともあった。だから私は、七不思議研究室の部長として、この手帳を一定の力量を持つ者だけが手にできるように隠蔽を施したのだ。」


さらにページをめくると、私の疑念に応えるような言葉が続く。


「もし手帳を手に取った君が、『もう誰かが七不思議を解き明かしてしまったのではないか』と心配しているなら、その必要はない。」


その言葉が、私の胸に潜んでいた不安を和らげていく。かつてこの手帳を持った誰かが未来の挑戦者に向けて書き記した励ましが、時を越えて私の中に響いていた。


「逆さ彗星という現象を知っているかい? 地から天へ昇るその光景は、学院の七不思議と深く結びついている。逆さ彗星が現れる時、七不思議もまた姿を現す。その彗星は膨大な光属性のマナを纏っており、この手帳はそのマナに呼応して現れる仕掛けになっているんだ。」


入学当初、学院中が湧き立っていた逆さ彗星。あの話題になっていた天文現象が学院の七不思議と深く結びついていると知った瞬間、胸の中で眠っていた何かが目を覚ましたかのように感じた。時代を越えてなお誰も解き明かせなかった謎の扉が、今まさに目の前で開きつつあるのかもしれない。この手帳を記した人物の鋭い洞察と、そこに秘められた確かな自負が、ひしひしと伝わってくる。気が付けば、私もまた、その精緻な仕掛けに巻き込まれているかのような高揚を覚え、胸が熱く高鳴っていた。


「さあ、君は挑む準備が整った。学院で囁かれる怪異や噂話に耳を傾けるといい。それらが七不思議の在り処を示す手がかりになるだろう。」


その声が、私の探究心を優しく揺り動かし、未知の冒険へと誘う確かな意志を私の胸に刻みつけていく。


最後のページには、慎重に書き記された注意書きが浮かび上がる。


「この手帳には、七不思議を一つ踏破するごとに次のページが読めるよう隠蔽魔法が施されている。君が進むべき道を順に示す準備はできている。安心して進んでほしい。」


その親切で配慮に満ちた言葉に、自然と笑みがこぼれる。そして続く忠告が目に飛び込んできた。


「ただし、七不思議には一人で挑むな。私もかつては優秀だと言われていたが、それでも苦戦した。仲間がいたからこそ、すべてを乗り越えることができた。学友たちに感謝しつつ、この忠告を受け取ってほしい。」


その忠告には、仲間の大切さと協力の重要性が込められていたが、私は鼻で笑った。


(私なら、一人でも大丈夫。最初の謎なんて軽々と突破してみせるわ。)


内心でそう呟きながら、手帳をしっかりと握りしめる。模擬戦で三年の主席、ヴィクター先輩に勝利した私には、自信と誇りがみなぎっていた。どんな謎も解き明かせる──たとえ一人でも。その確信が胸の奥で沸き上がり、忠告に耳を傾ける気にはなれなかった。


胸が七不思議への冒険に向けて高鳴る中、私はページを閉じた。図書館の静寂に包まれた空間で、私の挑戦が今、密やかに幕を開けたのだった。


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