第2話:記憶にない
日産フィールド小机での試合を終えた泰斗は、一旦帰宅してから自宅アパート近くのコンビニでの、高1の夏休みから勤め続けているアルバイトに入る。
コンビニの制服に着替えて、マスクを着けた泰斗が店内へと出る。
「お疲れさまです」
泰斗が、バイト仲間の間瀬礼奈に挨拶する。
「――あ…、お疲れさま」
マスクを着けた礼奈が、陳列棚に商品を補充しながら笑顔を向けている。
礼奈は、21歳の大学3年生。
泰斗より1年早く、このコンビニ店でバイトを始めていた。
ポニーテールに結んだ髪が似合う礼奈は、清楚な雰囲気を
就学生同士ということもあって、二人は同じシフトに入ることが多い。
泰斗にとって礼奈は、良きバイト仲間であり、気が置けない間柄だ。
★
「どうだった、試合?」
「負けました」
サバサバと応じている泰斗。
「――そう…」
残念そうに
「切り替えたんだね」
「はい。今度は、リベンジしますから」
「じゃあ、そっちの棚、補充してくれる?」
「はい」
泰斗が台車に積み重ねてある
作業をしている間も入口の自動ドアが開いて、来客を知らせるチャイムが何度か鳴っている。
「いらっしゃいませ、今晩わ」
来客の
作業は商品を補充するだけでなく、賞味期限をチェックしたり、レジ打ちをこなしたりと、多岐にわたっていて地味に忙しい。
「いらっしゃいませ――」
来客のチャイムが鳴ったので泰斗が、いつものように入口の方を向いて挨拶した。
そこには、白Tシャツにデニムパンツの優梨恵が立っている――…
――やっぱり…
所在なさげにキョロキョロしている優梨恵が、見つめる泰斗と眼が合った。
「ああ~!やっぱ、いたぁ~!!」
礼奈と他の客が驚いて振り向くほどの、大声を出した優梨恵。
「――これでしょ?」
泰斗がポケットから、手帳を取り出して示している。
「そぉ、そぉぉ!ドコにあったん?」
「足元見たら、落ちててさぁ」
親しげに話す二人に、驚愕しまくっている礼奈。
「く――、栗林…くん?」
「はい?」
「ど…、どちらさま?」
「お客さんです」
「え?」
「今日の昼に、日産フィールドで――」
「ちょ、ちょっと待って!」
自らを落ち着かせるように、礼奈が右手をスッと伸ばした。
「話が見えないんだけど…」
「彼女の生徒手帳が落ちてたんで、俺が拾ったんです」
「それって、日産フィールドで?」
「あれぇ?コンビニの店員さんだぁって、あたし思い出してぇ」
優梨恵が話に、割って入った。
「俺も、もしかしたら、お客さんかなぁと――」
「すいませぇ~ん!」
レジの方から、客の男性の呼ぶ声がする。
「は――、はぁい!お待ちくださぁい!」
礼奈が、慌て気味に返事をしている。
「こ、ここじゃあアレだから、お店の外ででも話したら?」
二人に促してから、礼奈が小走りでレジへ向かう。
見つめ合う泰斗と優梨恵は、はにかみ合って笑みを交わしていた…
★
コンビニ前の駐車場で、立ち話を始めた二人。
「よく覚えてたねぇ~、俺のコトぉ」
「ここ、学校帰りにいっつも使ってんから」
優梨恵が、屈託のない笑顔で応じている。
「あたしぃ、バス通学だからさぁ」
「じゃあ、溝の口から吉祥寺まで電車?」
「そぉそぉ。よく知ってんじゃん!」
「だって、吉祥女子学院っていったら――」
そこまで言って、泰斗は口ごもってしまう。
優梨恵が通う吉祥女学院は中高一貫教育の進学校で、スケベ盛りの男子高校生の間では美少女揃いで有名な女子校なのだ。
それで知っていたなんて言おうがものなら、自らスケベだと暴露するようなもの…
「でも、栗林くんだって、あたしのコト覚えてたじゃん?」
「そりゃあ、キミみたいに――」
可愛い娘が客で来てたら一発で覚える、と言いかけて、慌てて口ごもっている泰斗。
「――どしたん?さっきからさぁ…」
「あ――、いや…、まあ――」
どう胡麻化したものか、泰斗が頭をフル回転させている。
「そういえば栗林くん、タイトって名前だよね?」
「え?」
――どうして、知ってんだ?!
「痴漢へボールをキックしたの見てぇ、ああ、やっぱタイトくんだぁって」
――ええええぇぇぇぇ?!
「小五の時以来なのに、ああ、覚えていてくれたんだぁって」
話が想定外過ぎる方向に展開してしまい、泰斗は全くついて行けてない…
「栗林く~ん!」
店の出入り口から、礼奈が電話の子機を手で掲げて呼んでいる。
ガラス越しにレジ前を見ると、男性客がイラついた様子でこちらを見ている。
どうやら電話応対をしていて、レジ応対が出来ないということか?
「ごめん、お客さんが」
「うん。またね!」
ニッコリした優梨恵が、右手を軽く振り夜の街中へと歩き去って行く。
手を振り返すのもままならず、慌てて店内へと戻る泰斗である…
レジカウンターの中で客対応をしつつ、泰斗は優梨恵との会話を考えている。
――なんだって、俺が泰斗だって…
「おいっ!ちげぇよッ!」
「は――、はいっ?!」
カウンター越しに男性客から怒鳴られ、ビビる泰斗。
「それじゃねぇよ。俺は17番って言ったろ?!」
余計なことを考えるあまり、煙草の箱を取り違えてしまった。
「す、すみません!」
――小五の時以来って…
――いやいや、あんな超絶カワイイ娘、同級生にいなかったし…
――小学校の時のクラスは、イマイチな娘ばっかで…
「――…大丈夫ぅ?」
「は――、はいぃっ?!」
心ここにあらずでモップ掛けをしていたら、今度は礼奈から声を掛けられた。
「なんか、ブツブツ言ってるけど…」
「だっ――、大丈夫っす!!」
「さっきのお客さんなら気にしないで。いっつも、あんな感じだからさぁ」
――いや、そういうことじゃあ、ないんっすけどぉ…
★
★
PK戦にもつれた試合は、相手チームの最後の選手が蹴ったボールが、ゴールポストのバーに当たってしまう。
これで、平瀬ベアーズの勝利が決まった。
小学5年生の泰斗は、チームメイトとの歓喜の輪の真っただ中にいた。
ひとしきり喜び終えて、ふと視線を移す泰斗。
うなだれている相手チームの選手たちから少し離れて、
相手チームで、最後にPKを蹴った選手だ。
その嗚咽は肩を大きく上下にしていて、ぼんやりとした周囲の夕映えの中でも分かるものだった…
ユニフォーム姿の泰斗が、泣きじゃくる選手のもとへグランドを歩いて行き、しゃがみ込む。
気配を感じたユニフォーム姿の選手が、嗚咽しながら顔を上げる。
「ナイスゲーム」
そう言って右手を、選手の左肩に置く泰斗。
泰斗を見つめる、あどけない顔の少女…
「キミは――?」
嗚咽しながら尋ねている少女。
「オレは、栗林泰斗」
「…タイト?」
「そう、泰斗。キミは?」
「…優梨恵」
「ゆりえ?」
「そう」
「じゃあ、ユリっぺ、だね」
「え?」
「試合が終わったら、オレたちはトモダチだよ」
涙でくしゃくしゃになっていた少女の優梨恵の顔が、少し微笑んだ…
「あ~ァ、兄ちゃぁん。女の子を泣かせてるぅ~」
泰斗が振り返ると、小学1年生の妹の莉紗が立っていて、右手で指差している。
「お母ちゃんにぃ、言ってやろ~」
「ばっ、バカ!おまえ――」
慌て顔の泰斗。
「言~ってやろ~、言ってやろ~」
泰斗に背を向けて走り出す莉紗。
「まっ、待て、おまえっ――」
追いかけて、泰斗が走り出す。
追いかけっこを始めた二人を優梨恵が、しゃがみ込んだまま唖然として見ている…
「――また試合、しようなぁ~!」
走りながら振り向いて、右腕を大きく振る泰斗。
しゃがみ込んで、小さく右手を振り返している優梨恵。
やがて泰斗は、グランド隅の人々の集まりに入って見えなくなった。
夕映えのグランドで優梨恵は立ち上がり、右腕で顔の涙を拭うと、泰斗が走り去った方をジッと見つめていた…
★
「――そぉかぁ…。そんな事が、あったのかぁ~…」
自宅アパートの台所でテーブルの椅子に座り腕組みをして、Tシャツに短パン姿の高校2年生の泰斗が
「覚えてなかったん?。サイって~」
夕食代わりのコンビニ弁当をほお張りながら、上目遣いで泰斗を見ている中学1年生の莉紗…
ドタバタしながらもバイトを終えた泰斗は、弁当を二つ買って帰って来ていた。
アパートでは妹の莉紗が、部活動を終えたままの
泰斗の家庭は母親と莉紗との、三人の母子家庭だ。
母親は仕事が遅くなりそうな時は、泰斗のスマホにLINEでトークを送ってくる。
それを見て泰斗は、コンビニ弁当を夕飯として買ってくるのだ。
コンビニでの優梨恵との一部始終を話してみたら、莉紗は泰斗が小5の時の、サッカーの試合での出来事を鮮明に覚えていた。
説明された泰斗は、ただ唸るしかなかった。
あげくに莉紗から、けなされてしまっている…
「その優梨恵さんってさぁ、兄ちゃんのコト覚えてたんでしょう?」
部活動で小麦色に日焼けしている莉紗が、右手で頬杖をついて
「それなのに、兄ちゃんときたらさぁ…」
立て続けにけなされてしまい、ふくれっ面の泰斗が前に置いてある弁当を、ガツガツほお張り始めた。
「そんなザマだからぁ、モエ姉ちゃんをなかなかモノに出来ないんだよ~」
「よ――、余計なお世話だっての!」
弁当をほお張りながら、上目遣いで莉紗を
モエとは泰斗が片想いでいる、同じアパートに住む高校二年生女子、宮内萌のことなのだ…
アオハル♂ストライカー 熊谷 雅弘 @kumagaidoes
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