『次は、第一万五十七番街、第一万五十七番街――』


 車内にそのアナウンスが流れたのは、窓の外が完全な闇に落ちた頃。そこでようやく、自分が死者であることを思い出した。

 どれほどの時間、詩乃と過ごしただろう。乗車券には駅から七十時間と書かれていたから、約三日になる。ずっと二人で隣り合って、語り合って、車内販売の豪華な弁当に舌鼓を打って、肩を寄せて眠って……。三日間とは、こんなにも短いものだっただろうか。

 緩慢な動作で、コートのポケットから乗車券を取り出す。俺が死んだ証。幸せな時間の終わりを告げるもの。


「次、俺が降りる駅だな」


 重ねられたままの詩乃の手に、微かに力が込められたのが分かった。


「……そう、ですか」

「あんたはまだ降りないのか?」

「はい、まだ先です」


 俯いた詩乃に影が落ちる。もう片方の手で、俺のコートの袖をそっと掴んだ。


「もう少し、お話ししたかったです」

「なんだよ。あんたが笑ってないと、俺は笑えない」

「……まだ、笑ってくれてないですね」

「そうか? でも面白かったよ、あんたの話」

「それは、よかったです。とても嬉しいです……」


 その言葉とは裏腹に、彼女らしくない辛そうな表情だった。これは、悲しんでいるのだろうか。実際のところ、悲しいという感情さえもどういうものかよく分からない。別れは辛いものなのだと、遠い昔に父さんが言っていたけれど。

 ……別れか。この、偶然同じ列車に乗り合わせただけの関係でも、別れというのだろうか。だとしたらこの別れは、辛く悲しいものなのだろうか。


「なぁ」

「はい……」

「悲しいか?」

「あ、当たり前です! 冬弥さんと話すの、楽しかったんですから……悲しくないわけないじゃないですか」

「そっか……」


 悲しくないわけない。なら、俺も悲しんでいるのだろうか。分からない。

 ただ、俺も彼女と、もっと話をしたいを思っていることは確かだ。別れたくない、離れたくない、傍にいて欲しい。急に息が苦しくなる。胸が、締め付けられる。

 これが別れの悲しさなら、なんて辛いのだろう。なんて、残酷なのだろう。


「でも、もう会えないって決まってるわけじゃないだろ。もしこの世界で自由を謳歌できるなら、またいつか、会えると思う」

「……そうですね……」

「あのな。あんたが言った通りに、楽しい想像をしてみたんだ。なのにあんたが沈んでてどうするんだよ」

「冬弥さん、私とこうしてるの、楽しいですか」

「当たり前だ。さっきも面白かったって言ったろ。あんたが自覚してるのかどうかは知らないけどな、俺は……あんたに、救われたよ」


 詩乃が顔を上げる。目を大きく見開いて、息を呑むのが分かった。


「変な話だよな。こんな短い時間でさ。大した話なんてしていないのに、俺はあんたと離れたくないって思っている。あんたといると楽しいんだ。笑い方も、これから少しずつ覚えていくよ。楽しい想像だって、たくさんする。一昨日のサーファーみたいに、サーフィン覚えるのもいいな。鯨も見に行く。この世界で、自分のために生きていくんだ」


 ああ、それから、もしかしたら……俺の、本当の両親に会えるかもしれない。この世界での生活が落ち着いたら、探してみよう。

 そうだ、クラスメートが楽しげに話していたことも……友達と遊園地へ行ったり、映画を見に行ったり、一緒に弁当を広げたり。そういうことも、これからたくさん、やってみたい。

 不思議だ。俺はもう死んでるのに、こんなにもやりたいことがある。


「他にも色々、今までやってこなかったことを、できる限り試してみたいんだ。きっと楽しいんだろうなって、そんな想像をしながら」


 未練や後悔がなくなったわけじゃない。それでもこの世界にはきっと、俺にとって新しいことが満ちている。辛いことも悲しいことも、変わらず存在しているかもしれない。けれどそれ以上に、俺が今まで知らなかったこと……俺の隙間を埋めるものが、たくさん散らばっているはずだ。

 天国とか地獄とか、そういう呼称がこの世界に当てはまるのかは分からないが、少なくともあの世であることに間違いはない。なら、今までとは全く違う生き方をしてもいいに決まっている。

 詩乃が言ったように……これから、どう楽しく暮らしていくか。想像が止まらない。


「この先になにがあるのか、すごく楽しみだ。こんな気持ちは初めてかもしれない。そんな希望を抱けたのも……あんたのお蔭なんだ」


 詩乃の瞳に映っている俺の顔は満足そうだ。これってまさか……笑っている?

 その瞳を見つめ、静かに。何年ぶりかのその言葉を、俺は口にした。


「ありがとう」


 瞬間。詩乃の瞳から零れる雫――あれは、泣いているのか。詩乃が……。

 ほろ苦い息を飲み込む。胸に小さな痛みが奔る。どうすればいいのか分からない。

 けれど戸惑っている時間すら掻き消すように、ふわりと柔らかな風が、締め付けられるような苦しさを伴って俺の身体に滲む。一瞬、なにが起きたのか分からなかった。

 眼下には、詩乃の黒髪。彼女の両手が俺の背に回されている。……詩乃が震えながら、身体の全てを俺に重ねていた。どうやら自分が彼女に抱きしめられているらしいと認識するのに、いったい何秒使っただろう。


「なにしてる」

「すっ……すみませ、ん。でも、あの……っく、すみませんっ」


 嗚咽が耳に木霊する。誰かが泣いているのを間近で見たのも初めてだった。

 なにをやっているんだ、俺は。笑ってもらうどころか、これじゃ申し訳ない。


「別にいいんだけど……あんたが濡らしたところは、またアイロン掛けてくれよ」

「っ、は、はい……」


 声を詰まらせ、鼻を啜って。――俺のために泣いてくれているのだろうか。

 そう考えると、たまらなく嬉しくて……思わず詩乃を抱き寄せる。少しでも、悲しみを分かち合えるように。


「お、お礼を言わなきゃいけないのは……私のほうなんです」

「俺はなにもしてないよ」

「そんなこと、ないです」


 止まらない涙。それでも消え入りそうな声で、詩乃は必死に言葉を紡いでくれる。


「私、死んだってことが、すごく怖くて、不安で……でも、最初に乗り合わせたお二人は、優しい人たちで……お話ししていたら、ちょっとだけ心が楽になったんです」


 やっぱり詩乃も、最初から笑っていたわけじゃなかったんだ。


「けど、そのお二人が同じ駅で降りてしまってまた一人になると、やっぱり怖くて……だから、冬弥さんが来たとき、ほっとしたんです」

「無愛想なやつで、がっかりしたろ?」

「いえ。なんとなく、優しそうな人だなって思いました」

「本当に変わってるな、あんたは」

「でも冬弥さん、本当に……本当に、すごく優しい人です。私とたくさん、お話ししてくれました。こんなにたくさんお話しできて、とっても嬉しくて、楽しくて……だから」


 溢れ出す温かな雫。それは俺の心まで浸透して、熱と痛みに変わっていく。

 言葉を詰まらせる彼女の髪の上に、そっと指を滑らせる。相手に安心して欲しいときはそうするのがいいと、小さい頃に母さんが言っていた。


「あんたも楽しんでくれていたのなら、俺も嬉しい」

「そう、ですか……本当に優しいんですね」

「それはもう言い過ぎだ」

「す、すみません。でも、あの……その」

「なんだ」

「えっと……すみません」


 こんなふうに、積極的なくせに謙虚過ぎる。それが詩乃の魅力であり欠点だと、話していて分かった。だから、いつまでも感謝し合っているのはくすぐったくて仕方がないので彼女の言い分までまとめてやらないといけない。

 えっと。まあ、気の利いた言い方なんて俺が思いつけるわけもない。


「もう分かった。とにかく、俺はあんたのお蔭で希望を持てた。あんたは俺と話して不安が和らいだ。俺たちは互いに感謝してる。言葉を並べても、足りないくらいに」


 詩乃が、黙ったまま頷く。


「俺のありがとうは、伝わってるか?」

「私には、勿体ないくらいです」

「そっか。あんたのありがとうも、痛いほどに伝わってくるよ。たぶん、同じことを考えているからだと思う。こんなにも自然に心地よく、可笑しいくらい優しく伝わる気持ちもあるんだなって、そんなことも思った……だからさ」


 詩乃がゆっくりと顔を上げる。その瞳に映る俺が、どうか笑っていられるように……俺の瞳に映る彼女も、笑顔になれるように……願いを込めて、視線を繋ぐ。


「だから泣くな。笑ってくれ。どうせなら、この優しい気持ちを抱いたままで、あんたと別れたいんだ」

「冬弥さん……」

「残りの時間をさ、静かに、長閑に……心の奥にまで映せるように、過ごしたいんだ」


 悲しい気持ちも、切ない心も、ひどく痛む胸も、俺たちは全て共有している。互いに救いになれたという嬉しさと、救われた感謝の思いも一緒に。

 その結びつきこそが、こんなにも俺たちを苦しめている。けれどこれは、忘れてはいけない苦しみなんだ。まだ俺に、他人を思いやれる心が残っていたことの証だから。彼女が俺を思ってくれているって、そう想えるから。

 だからこそ、笑いながら別れたい。

 そうしてこの痛みも、新しい希望も、幸も不幸も、全てまとめて心に焼き付ける。それがきっと、また会える日までの道標になるんだ。

 根拠も説得力も、きっとない。でも……これが、俺の〝楽しい想像〟なんだ。


「冬弥さん、すごく嬉しそうな顔です」

「そうかな」

「はい。私もまた楽しくなってきました」


 そう頷いて、また微笑んでくれた。眩しくて柔らかい、心を照らすような。


「冬弥さんの言う通り……きっとまた会えますよね」

「ああ、会える。絶対に。だから駅に着くまで……このままで、いよう」

「……はい」


 俺の腕の中で、詩乃は笑って、さらに身を寄せてくる。

 俺も、もっと強く彼女を抱きしめる。彼女の存在を、俺の身体に刻むように。

 詩乃のアイロンみたいに、今度は俺が、彼女に温もりを伝えられるように。



 それからは二人とも黙ったまま、ただ列車に揺られていた。

 一度口を開いてしまえば、きっとまた、詩乃を泣かせてしまう。だから、ただ互いを感じながら……待っていた。

 決して俺を見逃してはくれないそのときを……ただ、待っていた。

 列車が減速していく。窓の外の景色が、閑静な町並みへ変わる。元の世界と変わらない、コンクリートの無骨なホームに、列車が滑り込む。

 やがて揺れが収まり、自動ドアが一斉に開放される。同時に車内に流れるアナウンスが、俺の目的地へ到着したことを告げる……。


「着いたな……」


 呟いて、自分の心に確認しておく。意外にも、俺の心は静かに佇んでいるだけだった。


「なあ、おい。着いたんだけど」


 今度は詩乃への確認。けれど俺の胸に顔を埋めている詩乃は、反応しなかった。さっきまで笑顔でいてくれたはずなのに、また……震えている。微かな嗚咽が、聞こえる。

 自分のために、こんなにも悲しんでくれる。これは幸せだと思っていいのだろうか。

 やめてくれ、詩乃。死んでよかったと、そんなことを考えてしまうだろう。

 どうすればいい。これ以上、俺に言えることなんてないぞ……。


「……詩乃」


 かける言葉が思い浮かばず、半ば助けを求めるような形で呟く。ぴくり、と小さく身体を震わせて、詩乃が俺を見上げる。


「と、冬弥さん。初めて名前を呼んでくれました」

「……そういや、そうだな」


 そうだった、忘れていた。なぜだか急に顔が熱くなってきた……。


「とにかく降りるから。どいてもらっていいか」

「あ、はい」


 ゆっくりと、気怠げに……少しでも、その瞬間を長く感じられるように。

 そんなふうに、詩乃が身体を起こす。俺はというと、詩乃の気持ちを振り払うかのごとく、そそくさと立ち上がり、ドアへ向かい歩き出した。

 宙に散らばる余韻が誘惑してくるが、そんなものに浸っていたら挫けそうだ。余計な感慨も捨てたい……と思う。無理だと分かっていても。

 が。そんな俺の内心を知ってかしらずか、とことこ後ろを着いてくる詩乃は、容赦なく温もりの波を放ってくる。


「第一万五十七番街、ですね。覚えておきます。ちなみに私が降りるのは、第三万四十番街なんです。ちょっと遠いですね」

「かなり、遠いな。……でも、必ず会いに行くよ」

「はい、私だって待たずに会いに行っちゃいますからね」


 それでも、詩乃の声は翳っている。俺の声も、きっとそうだろう。

 いつか分からない再会の日までの別れ。それは変わらないんだ。

 ドアまでの距離が、そのままカウントダウンになる。それを引き伸ばす、異常なまでに長い車両に感謝すべきなのか、それとも憤慨すべきなのか。


「あの、冬弥さん。なんと言えばいいのでしょうか」

「なにが」

「お別れの前に、やっぱり、ちょっとでもお喋りしたいんです。でも、もうなにを話せばいいのか分かりません。お礼は言い足りないのですが、その……」


 どうしてそう、いちいちくすぐってくるのか。


「そうだな。あんたのありがとうは、もう聞き飽きた。お腹一杯だよ。俺こそもっとお礼をしたいくらいだ」

「そんな、私なんて……」

「ほら、お互い様ってことだよ」


 だからもう、礼はいらない。甘い言葉もいらない――そう言おうとして、通路の向こうに扉が見えたとき。俺は立ち止まっていた。

 あのドアの向こう。この先の世界に、なにが待っているのかは分からない。けれど、未来への希望は取り戻したからきっと大丈夫だろう。それでも……。

 それでも消えない、この不安の正体。あそこに辿り着いたなら。ドアをくぐり、この列車を降りたなら。次に詩乃に会えるのは、本当にいつになるか分からない。必ず会える保証もない。

 俺の世界、未来、価値観……全てを覆してくれた、たった一人の女性。新しい希望を与えてくれた、こんな俺のために笑ったり泣いたりしてくれた、世界でただ一人の、春日野詩乃という女性。これから彼女にしばらくの別れを告げる……そんなのは嫌だった。彼女がいなくても、俺はこれから、楽しく生きられるだろうか。

 他の乗客も幾人かが、この駅で降りていく。彼らが乗車口へ吸い込まれていくのを見た瞬間、そんな不安が急激に増大し、俺を蝕む。

 嫌だ。詩乃と離れたくない。絶対に、嫌だ、嫌だ……。


「……詩、乃」

「はい」


 それは、堕落してしまいそうな気さえする、そんな甘ったるい声音だった。


「……なにをしてるんだ」

「冬弥さんを、後ろから抱きしめています」

「どうして」

「離れたくないって、思ったから」


 情けないにも程がある。ますます自分を嫌いになりそうだ。

 俺があんたの名を呼んだ声が、あまりにも弱々しかったから……だから、俺を包み込んでいてくれるんだろ、あんたは。……その、証拠に。


「きっと大丈夫ですよ、冬弥さんなら。私が保証しちゃいます。私も、また冬弥さんに会える日を目指して、精一杯頑張りますから」


 あんたはそうやって、俺を励ましてくれるのだから。

 本当に情けない。これじゃ、救われてるのは俺ばっかりだ。どうすべきか分からず、視界がぼやけていくのを止める術も知らない俺は、ただ、自分の手を再び彼女の手のひらに重ねる。


「俺……詩乃に会えて、本当によかった。詩乃とここで過ごした時間は、絶対に忘れられない宝物だ。もっと一緒にいたいって、心からそう思うんだ」

「私も、です。だからこそ、冬弥さんと過ごした時間を、過去のものにはしません。遠くない未来に続きがあるんです。だから頑張りましょう、ね?」


 ああ。俺はなんて、幸せなのだろう。もっと早く出会っていればよかったのに。


「うん、そうだな。俺も全力で頑張る。詩乃に会うために」


 今度こそ決心がついた。それを悟ったのか、詩乃が手を離す。零れそうになっていた雫を拭ってから振り向くと、目を真っ赤にした詩乃が俺を見上げていた。


「また泣いてたのか」

「……いいじゃないですか」


 お互い様だとでも言いたいのか、少し不機嫌そうに呟く。本当に可愛らしい。

 涙を流しながらも俺を励ましてくれた詩乃。なら俺は、迷わず進んでいくしかないと思う。俺が躊躇していたら、彼女も不安にさせてしまうから。

 頷いて、手のひらを差し出す。


「詩乃。あと少ししかないけれど……手を、繋いでいかないか?」


 詩乃はまた泣きそうになって、首を振って、それから精一杯、笑ってくれた。そして、手を繋いでくれる。その安らぎは、記憶の片隅に眠っていた母さんのものと、少しだけ似ていた。

 歩き出す。今度はもう、余韻を振り払う必要もなかった。


「ああっ、大変なことを忘れていました!」

「どうした?」

「えと、冬弥さんのコートにアイロンを掛けなおさないと……私のせいで、結構濡れてしまってます」


 そっか。前だけでなく、後ろも涙で濡らしてくれたからな。


「いや、いいんだ。詩乃がくれたこの温もりは、たぶんアイロンより暖かい。それを、もう少しこのまま感じていたいんだ」

「……ちょっと変態っぽいですね」

「悪かったな」

「でも、嬉しいです」


 えへへ、とはにかむ詩乃。可愛くて仕方がなくて、離れている間に他の男に取られないか心配に……なにを言っているんだ俺は。

 理解できない感情が、轟音を立て渦巻いている。なんだこれは。


「冬弥さん?」


 混乱している間に、乗車口の前に辿り着いていた。ドアは開いている。後は、一歩踏み出すだけだ。

 もう躊躇うことはなかった。ホームに降り立ち、詩乃と向き合う。


「それじゃ、な。詩乃」

「はい。また会いましょうね、冬弥さん」


 俺が降りるのを待っていたのか、ちょうど発車ベルが鳴り響く。手を、離す。ドアが閉まる。その向こうの詩乃は……やっぱり柔らかく、笑っていた。次にこの笑顔を見るときには、俺も負けないくらいに笑っていられるといい。心から零れ出るような、緩やかな感情を抱きながら。

 列車がゆっくりと動き出す。……瞬間、詩乃の笑みが、くしゃりと歪んだ。抑えていたものが溢れ、俺の視界もぐちゃぐちゃに巻き込む。

 弾かれるように、俺は叫んだ。


「詩乃っ!」


 それは果たして聞こえただろうか。痛みをこらえるようにして、彼女が手を振った。俺も振り返す。彼女が視界から消えても。彼女を乗せた夜行列車が、夜空の彼方へ消えていくまで。

 乱暴に涙を拭う。最後の最後で互いに泣き顔で別れてしまったけれど、悔いはない。いつかまた、笑い合えるときが来るのだから。

 だから、俺も彼女もきっと大丈夫だ。不安があっても楽しい想像は止まらない。やりたいことがたくさんある。これから一歩一歩、進んでいけるといいな。

 小さな改札口で駅員に乗車券を渡し、代わりに周辺の地図を受け取る。乗車券に書かれていた場所は少し遠いが、きっとすぐ着くに違いない。

 駅を出ると、人気のない夜の町並みが俺を出迎える。頭上には満天の星。それを素直に綺麗だと思えたのも久しぶりだ。本当に、この世界は新鮮な感情で満ちている。

 俺の人生が終わった日。ここから、全てが始まるんだ。


 深呼吸一つ。こそばゆい風が凪いでゆく中。最初の一歩は……すっぱい味がした。

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くるくる星のトレイン 夏川はち @AUGUST30

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