紅葉と渋滞
島尾
紅葉が好きなのである
紅葉は美しいのみならず、落葉前の葉の「命」に関する自己の考えをいくつも巡らせることが私にはある。例えばイロハモミジやカエデの赤は、血液や溶岩の色にも思える。赤は危険、という感覚を起こさせる。一方で可視光の赤色スペクトルは、波長が長くそのため光学的なエネルギーが低い。この2つの事実を結びつけると、命の危機に瀕している者自身のもっているエネルギーは低いが、その切なる訴えは他人から見ると高エネルギーだと観察される。これはΔHとQを想起させられ、内部と外部について考えさせられる。このほか、黄色やオレンジ、または緑、または松や杉の青々とした針葉樹に関しても独自の考えがある。また、木が生える岩肌の質感、外輪山の中の湖のシアン、古刹の重みと畏怖などにも思いを馳せる。桜は広告だが紅葉は命の消滅前の叫び、とも考えている。
私が紅葉を見に行くのは、それ自体を見るためだ。これは、自分が紅葉の全景を感知するための機械になりに行くと言い換え可能だ。機械から人間に戻る唯一の道は、感知後に感嘆するときである。美を見出せば見出すほど人間に戻れ、さほどでもない色づきだと機械と人間の間の中途半端な状態が持続する。
さて、紅葉シーズンに車で大挙として訪れる者たちは、いったい何を考えているだろうか。紅葉を見ずにそれ以外の余計なものに目が行き、紅葉を見たとしても表層のRGB的な色の違いやHSL的なマンセルカラーシステム、そして食堂のラーメンあるいは屋台のイワナをおかずにして友人や恋人、家族と楽しい時間を過ごしている。またはスマホで写真を撮っていたり、自分の顔面をわざわざ紅葉よりもはるかに主張させて撮影したりしている。この間行った山では、山であるにもかかわらず犬を連れて来たり、犬と犬を対面させたり、犬が言うことを聞かないからと言ってリードを引いて汚い言葉を放つジジイが豚汁を食っていたりした。
彼らは何をしに来たのか。目的があるのか。紅葉の景色を見ることを第一の目的としないならば、なぜ労力を費やして紅葉を見に来るのか。紅葉を見ることが労働とほぼ同じようになっていはしまいか。何のための休日なのだろうか。
そういう糞野郎が山のようにいた。
こういうふうにして、毎度毎度私は純粋に紅葉を観察し秋の一風景を深く考え味わうことができない。余計なものに邪魔をされ、それがかなり長く尾を引く。紅葉シーズンの渋滞は永遠になくならないだろうから、私のそれに対する巨大な侮蔑の心も永久に消えないことになる。
とある地元のおばあちゃんが、「あれは素人が見るもんだ。CMにあてられて」と言い切った。あれ、とは、上記の山のことだ。毎年のようにニュースで誇大広告されている。山が悪いわけがない、むしろ最上級なのである。悪いのは、その最上の、秋にしか見られない至高の宝を、ろくに見もしないくせに勢揃って羊の大群のように押しかける糞どもである。それで、そのおばあちゃんは散歩途中に、とあるイロハモミジの木と「対話」するという。地元の人だからこそ知っている木だそうで、私は全然見つけられなかった。私はこのおばあちゃんの前においては、恐れ入ってお辞儀をしたくなるほどである。そして紅葉を見に行ってまともな人が何人いたかといえば、この先達者のごとき地元のおばあちゃんただひとりである。糞を遠慮なく糞と評すことができるのは、唯一その地に住んでいる人だと感じた。私は糞ではないが、しかし山に行った手前、くだらない石ころではあると感じている。それでよいと思えるのは、私が地元民でないからである。
ところで、その山はカルデラである。いつになるかは誰も分からないが、きっと巨大噴火を起こして町は消滅するだろう。例のおばあちゃんがどこか遠いところに旅行に行っていたら話は別だが、普通に考えれば亡くなる。そして紅葉はおろか木も何もかも破壊されて無くなる。必然私や糞どもが紅葉を二度と見られなくなり、地元の人と永遠に関わることがなくなる。それでも、私の思い出の中にあるその山の紅葉を、噴火後の世界を生きる人々にリアルに伝えることができるようになりたい。自信はあるが、まだまださらに深く精密詳細に観察せねばならないこともよく理解している。科学的側面から芸術的側面までくまなく見る、あるいは自分の人生で起こった出来事と関連づけて紅葉を見る必要がある。果ては、自分という唯一無二のものを確立させるために紅葉観察があるということを堂々と語れる者になろうとしている。
今ふいに、試しに赤くなったモミジを取ってきて、唐揚げにして食べようと思った。
紅葉と渋滞 島尾 @shimaoshimao
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