ちん

憑弥山イタク

ちん

 チンダル現象が起こした薄明光線を見据え、朕は沈黙のまま立ち尽くした。沈鬱とした朕の心を映したような、珍奇な程の分厚い雲に、遂に亀裂が走ったのだ。

 太陽の光を見られるなど、一体いつ以来だろうか。

 久方振りの光は、朕の心を熱々チンチンに温めた。さながら珍本や珍品を発見した珍宝ハンターや、珍魚や珍犬を発見した珍獣ハンターの気持ちが理解できた気がする。


「椿事……」


 チンダル現象に合掌し、朕は顔を伏せ沈吟した。沈鬱悲壮な生き方をしている私へのご褒美かもしれない。そう思えば、どんなに沈魚落雁な女性よりも、この広大な大空の方が、朕には酷く素敵に思えてきた。


 尤も、この世界に、あと何人の女性が居るかは分からない。何せ、珍説を実現させたような珍事が、朕達の世界を襲ったのだから。

 それは、言うならば天変地異。

 沈降する大地。

 鎮火を知らない火災。

 鎮静を知らない大波。

 ありとあらゆる珍事が同時に発生し、気付けば、朕以外の皆が死んでいた。

 鎮魂歌を奏でる才能など、朕には無い。出来ることといえば、朕のちんくしゃな顔を最大限に活かした珍芸程度である。

 ……強いていえば、あと1つ。

 この実情を、空の向こうから見ているであろう、神々への陳情である。


「我々人類の無駄な繁栄にお怒りなのは拝察致します……私の陳謝如きでお許し頂けないとは存じますが、何卒、我々へ御加護を……。珍妙にして陳腐、沈滞萎靡が確約された我々人類にも……どうか御加護を!」


 人類最後の1人となった朕は、チンアナゴさえ生きられぬこの世界で、独り寂しく、チンダル現象に頭を下げ続けた。


 朕陳、珍沈。

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ちん 憑弥山イタク @Itaku_Tsukimiyama

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