倍率1000倍のVチューバ事務所になんとなく応募したら受かって人見知り同期の世話を焼いた結果、同居するまで配信という地獄のお誕生日配信をすることになった。

涼風悠

倍率1000倍のVチューバ事務所になんとなく応募したら受かって人見知り同期の世話を焼いた結果、同居するまで配信という地獄のお誕生日配信をすることになった。

「みんな~!! 本日は私のお誕生日配信に来てくれてありがとう♪」


 そう可愛らしい3Dモデルのキャラが愛らしく言っている。


「では、本日のゲストは……なんと私の愛しの聖さんに来てもらいました♪」


 配信のコメント欄には『知ってた』『約束されしゲスト』『驚くところが何ひとつもない』『むしろ、神崎 聖以外が来たら驚く』『はよ、結婚しろ』といった女性Vチューバーの配信らしからぬコメントが流れていた。


 これも、それも、すべては彼女がガチ恋勢をデビュー早々に燃やし尽くした結果であった。


「あ……あのさ……ここ、どうみてもスタジオじゃなくて……マンションの一室なんだが?」


 本日は、同期のお誕生日の3Dライブ配信のはずが、なぜか、事務所のスタジオではなく、都内の高層マンションのリビングで配信していた。モニター越しでも背景がマンションのリビングになっていた。


「はい♪ 本日はこのマンションで私と同居してくれると約束してくれるまで配信し続けるという特別な配信……企画となってるんだよ♪」

「……誰と……誰が?」

「……私とぉ……あなたがぁ……きゃ♪」

「……は?」


 前代未聞のお誕生日配信企画に、俺は頭を抱えるのだった。もちろん、モニター越しの自分も同じように頭を抱えていた。






 なぜ、こんなことになったのか、時を遡り説明していこう。


 始まりは、なんとなく通った底辺高校で就活していた男子学生であった俺、時雨 琉生 (しぐれ るい)が、ダメ元で倍率1000倍と言われている大手Vチューバー事務所の新人募集に応募した結果、なぜか合格することに成功したところから始まった。


 昔から運だけは良かったのだが、まさか、一度も配信したことがない自分が受かるとは全く思ってもいなかった。


 まぁ、合格したならば、大手事務所の力もあって、チャンネルを立ち上げるだけで登録者10万人は約束されていると云われており、デビューすればVチューバーとしての成功はほぼ確実。そんな状況を前に迷うことなく、俺はVチューバーデビューを決心した。


 理由?もちろん、楽そうだからに決まっている。ゲームや漫画が好きで、というか、それらにしか時間を注いでこなかった自分のダメ人生を振り返ると、ここでこのチャンスを逃せばきっとニート一直線だろう――――――そんな確信があったのも大きな理由だ。


 まぁ、この考えは早々に甘かったとわからされるんだけどな。


 そして、同期は、俺と同じく高校の就活で困って、なんとなく応募したという可愛らしくお淑やかそうな同い年の女の子。32歳で脱サラし配信の道を選んだが、全く伸びず、起死回生と応募したらしいちょっと強面な男性。遊ぶために底辺大学に進学し働くのが嫌でなんとなく応募したら受かったという22歳の見た目地雷系の女性。そして、俺と言った感じで、なぜ選ばれたのか謎のメンバーであった。


 四人中三人が就活に困って応募してきたという事実は終わっているのではないだろうか。この時は(今でも)この事務所大丈夫なのだろうかと不安になった。


 そして、別にコミュ力は高くはない自分だが、最低限会話するくらいは問題ないので、同期とも顔合わせと説明会の時にすぐに日常会話をするくらいには打ち解けた――――――一人を除いては。


 夢野 乃瑛(ユメノ ノエ)彼女は生粋のコミ症であった。自分と同じで高校卒業と同時にVチューバーになろうとしている彼女は、本当になぜ受かったのかというレベルでコミュ力が皆無の陰キャであった。


 俺は、常にあわあわとテンパっている彼女を見ていると、どうにも放っておけなくなってしまった。コミュ症で不器用な彼女の面倒を見てやったのが、今に思えば運の尽きだったと言える。わからなさそうなら補足してやり、スケジュールも一緒に確認して、パソコンやスマホの使い方からテスト配信まで、全部一緒にやってあげたのだ。


 終始、乃瑛はコクコク、フルフルと頭を振ることと、キラキラした瞳か、うるうるした瞳で見つめてくることでしか意思を示さなかったが、慣れればそれでもコミニケーションが成り立った。


 結果、最終的に初配信の原稿や挨拶を一緒に考えてあげるほどには頼られるようになった。(だが、今思えばこれが本当に良くなかった)


 同期の二人は、完全に乃瑛のことは俺任せであり、そこはかなり不満があった。まぁ、自分が勝手に世話を焼いただけなんだけどな。それでも、こう、同期のよしみっていうか――――――いや、多分、人間関係が俺より上手そうな二人はわかっていたのだろう。


 乃瑛に懐かれると面倒そうだということに。現に俺は面倒なことになっていったしな。


 あと、この時のことで更に不満を挙げるならば、高校を卒業したばかりの自分が『28歳の闇深クール系イケメン』というキャラクターを演じることになった点だろう。同じく同期の32歳男性である宮城さんが『高校2年生の爽やかショタボーイ』を演じると聞いたときには、さすがに逆では?と思ったのだが、しかし、どうやら事務所的にはこの配役での採用だったようであり、俺はいったいどんなイメージで採用されたのか、不安が尽きなかった。


 ちなみに、乃瑛の演じるキャラは高校2年生の女子高生であり、ゆるふわ系で背が小さく可愛らしい女の子キャラであった。正直、陰キャの雰囲気漂わせるしまむら女子の乃瑛が、格好含めて陽キャ女子になれば、こんな感じなのだろうかと言ったキャラでイメージとしては合って?はいた。


 もう一人の大学卒業したばかりの女性である白石さんが演じるキャラは二十歳の大学生で超地雷系のキャラであり、年齢をサバ読んでる以外は、まんまじゃないのかといった感じであった。ちなみに同期では一番の陽キャであり、正直、どちらかといえば陰キャ寄りな自分では話が合わないのではと思った。まぁ、普通に話は合わないんだけどな。


 事務所が作ったチャンネルの事前登録者数を見てみると、トップを走っていたのは女性キャラ二人。その次にショタキャラで、一番登録者が少なかったのが自分の担当するイケメンキャラだった。今はどうやら、イケメンよりもショタキャラの方が人気らしい。


 これには、正直ありがたい話だと思った。なぜかと問われるなら答えは簡単で、人気が一番低いほうが、気負いせずに済むからってだけだけどな。


 数回の念入りの打ち合わせの結果、初配信の日付も順番も決まり、俺、白石さん、宮城さん、乃瑛の順番となった。初配信は、配信初心者が三名もいるためなのか、恒例なのかは知らないが事務所で、社員やマネージャーさん達に見守られながらやることとなった。

 

 正直緊張もしたが、俺はなんとか黒歴史間違いなしの初配信をやりきり、後日行われた同期二人の初配信は自宅で視聴し、なんとか二人がやりきったのを見届けた。そして、次は乃瑛の番となった。正直、かなり心配だった俺は本日、別に行かなくてもいいのに事務所に足を運んだ。


 乃瑛のために抱き心地の良い大きな猫のぬいぐるみを買って、今思えばなぜこんなことをしたのか――――――後悔しているかしていないかと問われると、若干後悔している自分がいる。


 事務所に着けば案の定真っ青な顔で緊張しまくっている乃瑛の姿が目に映り、俺の姿を見つけるなり、縋るような瞳で見つめてきた彼女に声をかけに行った。


「誰かの配信でぬいぐるみを抱っこして配信すると落ち着くと言っていたようなことを思い出してな……猫のぬいぐるみを買ってきから、これを抱っこして配信してみろ」


 うるうるな瞳で緊張していますという視線を向けてくる乃瑛に猫のぬいぐるみを抱っこさせ、俺はそう適当なアドバイスを送った。正直、これでなんとかなるとは思っていなかったが気休めにはなればいいだろうと思ってやった行動だが、正直これはよくなかったと今では反省している。


「……あ、ありが……とう……か、神崎……さん?」


 こいつ初めてジェスチャー以外で返事したと驚いた俺だったのだが、残念、俺の名前は時雨なんだよなぁと思った。まぁ、Vのキャラ名でも別にいいかとも思った。正直、こいつに名前の使い分けが出来るとは思えないなどとこの時は失礼なことを考えていた。


「わわ、私は、ゆめ……あ、ちが……ほ、帆神……の…絵帆です! 高校えっと………………2年生です!! あ……は、はじめまして……です!」


 カミカミの上がりまくりの黒歴史まっしぐらの初配信だった。これは配信して大丈夫なやつなのかと心配になったが、なぜか乃瑛演じる帆神絵帆(ホガミ エホ)の初配信は一番高評価が多く、登録者も4人の中で一番伸びた。謎だ。


 次の配信は同期でのコラボ配信で、自己紹介的なのを一番チャンネル登録数の伸びが悪い俺のチャンネルでやることになった。このときは、なんで伸びの悪い俺のチャンネルでやるのか謎だと思った。


 だが、話を聞けば設定上の年齢は俺が一番上なため、基本的に同期内では俺に仕切ってもらうことをあらかじめ事務所は話し合って決めていたらしい。


 なぜ、自分が仕切らねばならないのかわからなかったのだが、コラボ配信したら終始無言の陰キャムーブというかガチ陰キャな乃瑛演じる絵帆に声をかけてイジってやれるのが、俺しかいなかった。あと、二人は年上なのに終始ボケ倒し、進行する気もないときた。


 確かに、これは俺が仕切るしかないかぁと得心がいった瞬間であった。


 ちなみにこの同期コラボで終始無言を貫く乃瑛をひたすら弄り倒し、喋らせ、喚かせ、絶叫させた俺であった。コメント欄では、絵帆ちゃん可愛いとなったが、俺はというと、ちょっと、コメントで叩かれ少し悲しい気持ちになった。


 しょうがないだろ、弄らないと乃瑛は緊張して喋れないんだからと心のなかで言い訳しといた。


 そして、各自、自宅での個人配信も行い始めた。心配していた乃瑛だが、意外にもソロ配信ではなんとか陰キャながら喋れており、どうにか配信できていたのである。実は俺は心配で毎回配信を見ていたりした。


 ちなみに、ソロ配信を始めた頃から、乃瑛とは作業通話をするほどの仲になっていた。俺はこの時、ああ、コミ症の乃瑛と会話できるまで仲良く慣れてよかったと呑気に考えていたのだが、この時にすでに危機感を持ち、ある程度、乃瑛とは距離を取るべきだったと今では反省している。


 そして、回数を重ねある程度なれた頃にトラブルというものは起こるものであり、乃瑛からパソコンが何もしてないのに壊れたという連絡が来た。


 だいたい、何もしていないというのは嘘でなにかして壊したのだろうが、しかし、流石に女子の家に男が行くのはどうなのだろうと思ったのだが、どうやら、乃瑛は実家ぐらしで母親も家に居るという。


 更に電車で数駅と近場でもあったため、とりあえず、マネージャーに連絡して許可が取れたなら俺が行ってやると言うと嬉しそうに「わかった♪」と言った乃瑛であった。数分後に大丈夫と連絡が来たので、教えてもらった乃瑛の家に俺は出かけることにしたのであった。


 結果、乃瑛はマネージャーに連絡なんてしてなかったよ。これは、コミ症を舐めていた俺が悪かったのか?


 しかも、配信時間が迫っており、なんとかパソコンを復旧させ、とろくさい乃瑛の代わりに配信準備してやり、彼女に配信を始めさせた。これで一安心と俺は御暇しようとしたのだが、乃瑛は何を思ったのか配信でこう言い放った。


「今ね……聖さんに来てもらってるんだよ♪」

「おいっ!! それは言ったらダメな奴だろッ!!!!」


 自らコメント欄に火を焚べ『神崎聖が家に居るのか!?』『おいッ! どうなってるんだッ!!!』『まさか同棲!?』勿論ゴォーゴォーとコメント欄は大炎上した。


「おい! 貴様ら、勘違いするな……絵帆が困ってどうしてもというから、助けに来ただけだ! 逆にこいつが今、配信出来てるのは俺のおかげだからな……そこんとこ間違えんなよ!」


 こうなったら、仕方ないと適当にいつも通り、偉そうな態度でそう言い放った俺であった。その時、部屋のドアが空き、乃瑛のお母さんが入ってきた。


「飲み物持ってきたわよ♪」

「お、お母さん!? い、今配信中だから!!」

「あら……お客さん来てるのに配信しているの? なら、パソコンは直ったのね。本当にごめんなさいね。この子機械音痴で友達いないから……頼れる人がいて良かったわ」

「お母さん!! 余計なこと言わないで!! 配信中だから、部屋から出ていって!!」


 ああ、両親が配信中に部屋に入ってきたらダメということが理解できるほどのおつむはある訳か。じゃあ、俺のことも内緒にして欲しかったななどとこの時は思った。


「とりあえず、俺は帰るからな!! いいか、今度は助けないからな!!」

「うん♪ わかった♪ また、後でお礼を言うために通話するね♪」


 母親の乱入と発言のおかげか、同棲疑惑は沈下、実際に俺がパソコンの修理に来ていたことが証明されなんとかコメント欄も沈下したのにこの発言である。もちろん、コメ欄は再炎上していた。


「………………絶対に通話には出ないからな!!」

「うぅぅぅ、意地悪……いつもは通話してくれるのに!!」

「いつも通話なんてしてないだろ!!」

「いつも通話してるもん!!」


 人が誤魔化そうとしてるのにこいつは、もはや、ここでやり取りすると更に変なことを言いかねないと俺はそそくさと乃瑛の家から退散した、ちなみにこの時、乃瑛のお母さんからは、娘をどうか末永くよろしくお願いしますと言われたけど、これは友人としてだろうなと受け取っておいた。

 

「聖さんとは私が一番仲が良いんだよ♪」


 俺が退散した後の、乃瑛のこの発言で乃瑛の演じる絵帆のガチ恋勢は燃やされ数を減らし始めるのだった。この出来事で、めちゃくちゃ事務所に怒られるだろうと俺は思ったのだが、マネージャー含めなぜか面白がっていた。俺はこの時に、この会社コンプラ大丈夫かと心配になったのは言うまでもないだろう。


 この後も、乃瑛のチャンネルは乱気流のように登録者を減らし、なぜか増やした。ここら辺から、もはや乃瑛の行動は過激になっていった。


「え!? 今、聖さん同じゲームの配信やってるの!? い、一緒にやりたいよ!! ねぇ、誘っていいと思う?」


 同じFPSのゲームを配信していたら、突発コラボが始まる。


「聖さんとチームじゃないとイヤ!」


 事務所のゲーム大会のお誘いがこれば乃瑛の参加条件はこれであり、この時から、絵帆ちゃんの面倒は神崎くんに任せましょうという風潮が事務所所属の先輩Vチューバー達にまで浸透していった。


「ねぇ、聖さん……わ、私……全く先輩たちと話せないよ!! 助けて!!!」


 先輩達との大型コラボでは、別に通話を掛けてくる始末である。俺にどうしろというのだろうか?


 また、宇宙人狼では終始、俺について来る始末――――――勿論、俺が人狼になった瞬間、乃瑛のことはキルしてやった。ワンワン泣き叫ばれたのは配信としては面白かったので良しとしたが、ちょっと俺は炎上した。いやいや、キルしなかったらゲームにならんだろ。


 マイ◯ラでは、なぜか一緒に家を作ることになり、流石に絵帆というキャラと俺の聖というキャラが同居というのは、絵面的にも配信的にもよくないと別居と言い放って家を出ていったら、酷いと泣き叫んだ乃瑛だったのだが、その後、絶対にどこに俺が家を建てても、ベッドを置きに来る乃瑛には困り果てていた。


 ここまでくると乃瑛が演じる帆神 絵帆というキャラのガチ恋勢は絶滅危惧種になっていた。


 そして、活動開始して半年後には、お披露目3D配信が同期で行われた。一斉に3Dのモデルをもらえた俺達だったのだが、配信では、ずっと乃瑛は俺にくっついていた。それはもう、ピタッと、勿論、コメント欄は荒れに荒れた。あいつ、引き離しても、なぜか、身体を寄せてくるんだよな。


 同期の二人、せっかくのお披露目3D配信だったのにあの時は炎上させて本当にすまんかった。いや、でも俺悪くないよな?


 ここまでくると、流石に乃瑛との接し方を考えねばと思い始めた俺だったのだが、マネージャーに相談した結果。面白いから今のままで良いんじゃないと呑気に言われた。本当にこの事務所は大丈夫かと心の底から心配になった。


 このあと、乃瑛演じる絵帆と俺の演じる聖は実は裏で付き合っているという噂が流れ始めるのは、必然ではあったのだが、とある配信で乃瑛はこのことに言及してしまったのである。


「聖さんとの関係………………えっとね……私ね。今まで男の子のこと好きになったことなくて」


 ここまでなら、よくあるガチ恋勢を釣る女性配信者ではよくある発言なのであるが、この後からとんでもない言葉が乃瑛から吐き出される。


「実は聖さんが初恋なんだよね……み、皆……ど、どうしたらいいとおもう?」


 まさかの雑談配信での衝撃のカミングアウトで、遂に、絵帆というキャラのガチ恋勢は焦土作戦実行とばかりに燃やし尽くされ絶滅した。さすがの運営もこれには注意したようで、リスナー相手の恋の相談配信はメン限でやりなさいと怒られたらしい。メン限ならいいのかよ!とは思った俺なのである。


 もはや、この瞬間から、乃瑛は俺にめちゃくちゃ甘えてくるようになり(前から甘えてきていたが)好き好きムーブが露骨になり始めていた。


 とある先輩の配信では、『控室で絵帆ちゃん、聖くんの隣の席を必ずキープするんだよね。めちゃくちゃ可愛いよね』などといった裏話をし『誰か他の人が座ってるとジーッと恨めしそうに見続けて、席変わってと言えない絵帆ちゃんほんと愛らしい』と暴露されていた。


 そして、乃瑛演じる絵帆の1回目のお誕生日配信では、帆神 絵帆のささやかなお願いを神崎 聖が叶える配信とかいう誰が許可したのかわからん謎配信をさせられたのであった。ささやか(ぎゅっと抱きしめる)(添い寝をする)(耳元で愛を囁く)(お膝に乗せてあげる)など、もはや放送事故の配信を行ったのであった。


 誰がこれを見るんだと思っていたが、案外同接は悪くなかったらしい。本当に謎だ。ちなみに、この時、ラブラブデュエット曲を乃瑛と一緒に歌わされた俺なのであった。


 更には同担拒否と俺のガチ恋勢とSNSで言い争いした伝説の事件を起こした乃瑛なのである。しかも、公式アカウントで、誰だこいつをVチューバーにしようと考えたのは――――――って、ウチの事務所なんだけどな。


 デビュー一周年記念の同期メンバーとのライブ配信では勿論、またしても乃瑛とラブラブカップルが歌うデュエット曲を歌わされたのである。


 俺と乃瑛のデュエット曲は謎に視聴者に受けが良いのか、初のオリ曲は乃瑛と合同のデュエット曲だった。同期はソロデビューなのに俺は乃瑛と一緒でちょっとがっかりしたが、乃瑛はめちゃくちゃ嬉しそうで一時期、乃瑛の雑談配信はこのネタを擦りに擦るまくっていた。もはや原型がないくらいに。


 そういえば、とあるイベントでの控室で、同期の二人がニヤニヤと悪い笑みを浮かべ、俺の両脇の席に座ったことがあった。遅れるように後から控室に入ってきた乃瑛はその光景を目にし、ジッとこちらをうるうるな瞳で見ていた。


 もちろん、同期メンバーや先輩ライバーたちも乃瑛のその視線には気がついていたが、無視していた。


 これは、完全に乃瑛は揶揄われているなと理解した俺は、流石に、同期に譲ってと視線でジッと訴え立ち尽くしている乃瑛が可哀想になり、席を立ち乃瑛の方に行ってあげた。控室に居るメンバー全員の視線がへぇ~、ふぅ~んといった含みのある笑みを浮かべこちらを見ていた。


 この時は、同期と先輩たちに殺意が湧いた俺だった。ちなみに乃瑛は謎にドヤ顔でメンバーたちを見ていたので頭を一回叩いておいた。涙目で抗議してきた乃瑛を放置してやった俺なのである。


 ぶっちゃけ、俺は乃瑛と付き合う気はないのである。これは、もちろん、Vチューバーであるからである。裏で内緒でつきあうという選択肢も俺にはなかった。そもそも、乃瑛が秘密にできるわけもないからである。


 少なくとも、Vチューバー活動を行う上で人生を捧げるべきだろうという考えが、俺にはあったからである。なので、頑なに乃瑛の好き好きアピールを知らん顔し続けた。


 その結果だろうか――――――そして、冒頭に話は戻り、本日は乃瑛の2度目のお誕生日配信の日なのである。


「……もう、諦めて同棲すればいいんじゃないんですか?」

「そうそう、カップル系でやってこーよ!!」

「おい、同期ども……無責任がすぎるだろ!! だいたい、視聴者が認めるわけないだろ!!」


 コメント『もう、諦めろ』『お幸せに』『はやく結婚しろ』『尊い』『絵帆ちゃんを捨てたら俺が許さん』『幸せにしてやれ!』といった友好的なコメントが流れる。こいつら、乃瑛に調教されてやがる。乃瑛のチャンネルであり彼女の放送枠である以上アウェイであり、俺には不利であった。


 仕方なく俺はスタッフさんに声をかける。


「おい、俺は10時間でも20時間でもノーと言い続けるぞ? いいのかスタッフ!!」


 そう言うと、カンペでおkですとデカデカと書かれていた。


「おkじゃねーよ! 止めろよスタッフ……というか、労基に引っかかるぞ! いいのか!?」


 大丈夫だ、問題ないとデカデカと書かれたカンペを掲げていた。


「問題大有りだろ! 大丈夫か!? この会社!!」

「聖くんは私のこと……嫌い?」

「………………き、嫌いではないけど……ほら、俺達年齢差あるだろ」

「設定上はね♪」

「Vチューバーが設定とか言うな!! 言っとくが絶対にイエスとは言わないからな!!」


 もはや、ここまでくると意地である。Vチューバーとして俺は彼女は絶対に作らない。というか、付き合ってすらいないのに同居から始めるとかおかしいだろ。そんな、頑なの俺にやれやれといった仕草をする同期の二人なのである。


「しかたない……僕も付き合うよ! 何十時間でも何日でもね!」

「あたしも耐久配信にはなれてるから、最後までつきあうよ! もち、数日でも可!」

「二人共ありがとう♪ じゃあ、聖くんがイエスと言ってくれるまでみんなで耐久配信だよ♪ みんなも応援よろしくね♪」


 俺以外がなぜかノリノリなのであった。こいつら、本気で何時間も何日も粘るつもりなのか正気の沙汰とは思えない。


「お前の誕生日ライブはどこにいったんだよ!!! クソぉっ!! 俺は一体どうすれば良いんだよッ!!」

「私と同棲すればいいと思うよ♪」

「絶対に断る!!」


 こうして俺は、倍率1000倍のVチューバ事務所になんとなく応募したら受かって人見知り同期の世話を焼いた結果、同居するまで配信という地獄のお誕生日配信をすることになったのであった。

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