図書館での体験談 エピローグ
文芸部の定例会がそろそろ始まろうかというタイミングで、部室の扉を誰かが控えめに叩いた。
「はあい」
ちょうど入口から一番近いテーブルに座って俺と最近映画になったエンタメ小説の話題で盛り上がっていた猪狩先輩が扉を開けるために席を立ったので、俺はそっとため息を吐いた。
今のところ部内で親しく話せる相手が申川しかいない俺にとっては気を利かせて話しかけてくれる猪狩部長は大変ありがたい存在だ。だから本来猪狩部長には感謝するべきなのであるが、その猪狩部長の存在が俺の部内の交流を妨げてしまっているのが悩みどころである。
手持ち無沙汰になった俺はちらりと部室内の様子に視線を向けてみる。
部室内は定例会前とあってけっこうな数の部員が揃っていて仲間内で談笑したりしている。中には誰とも会話をせずにマンガや小説を読んでいる人もいるが、そういう人は俺と違ってしゃべろうと思えばしゃべれる相手がいるのだ。
その中で申川は、同学年の女子で固まって何やら話し込んでいる。時折笑いも混じり実に楽しそうな様子であるが、あのぶっ飛んだ正確の申川が普通に雑談をしているのを見ると複雑な気分になる。
俺もいつもの下世話な話じゃなくて、あの中に混じって申川と楽しくおしゃべりがしたい。そんな願望が心の内から沸き起こるが、申川の手前に座っている鹿島副部長と視線がばちこりと合ってしまいつい顔が引きつってしまった。
俺の後ろには扉しかないので、鹿島副部長がこちらに目を向けているのは実に奇妙な話──とは言えない。
なにせ俺の背後では鹿島副部長の思い人である猪狩部長がいるのだから。
大方猪狩部長の後ろ姿を盗み見た拍子に俺とお見合いしてしまったということだろう。
鹿島副部長は一瞬顔をしかめたが、何事もなかったかのように俺から視線をはずして周囲との会話に戻っていった。
いやもうこの流れの辛いこと辛いこと。
なまじ鹿島副部長が人当たりが良くて皆から慕われている人なだけに、鹿島副部長が俺に抱く隔意を皆がなんとなく感じて敬遠する、みたいな感じになっているようで中々皆と打ち解けられずにいるのである。
当初見込んでいたそのうち仲良くなれるだろうという楽観論はもう通じない。いや、鹿島副部長が引退すれば多少は雰囲気が和らぐかもしれないが、それを待つ前に俺の精神が耐えられないだろう。
何かきっかけがあれば打ち解けるのは容易い、と思う。
まあ、こんな時期にイベントなんて早々──。
「皆注目~!新しい入部希望者が来たよ!」
と、そこで背後から猪狩部長の弾んだ声が飛んできた。
部室内からは歓声が上がり、大きく扉を開く音と共にその歓声はさらに大きくなった。
扉を背にしていた俺はいったいどんな人物が入ったのかと振り返り、そして先ほどよりも盛大に顔を引きつらせた。
「さあて、自己紹介はこの後の例会でしっかりとしてもらうけど、お名前だけ聞いておこうかな」
猪狩部長に促されたそいつは、こくりと頷き口を開いた。
「文学部一年生の藤野と申します。その、よろしくお願いします」
ぺこりとお辞儀をしたそいつは、先日以来顔を見ていなかった藤野であった。
「さあて、ちょうど良い時間だし教室に向かいましょうか!皆行くよ!」
まさかこんな再会をするとは思いもよらず俺が唖然とするのを他所に、部員達は猪狩部長のかけ声に答えて大盛り上がりしながら席を立ち始めている。
そんな雰囲気の中、藤野はすすすっと俺に近づいてくると顔を寄せてきて周囲に聞こえないような小さな声でささやいた。
「──これからよろしくお願いしますね。ご主人様」
は?と、俺が聞き返す声をかき消す大きさで俺と藤野さんのやり取りを見咎めたらしい部員の誰かが声を上げた。
やんややんやと茶化す声や、何故か俺を非難するような男子部員の声が部室内に響く中。
俺は固い笑みを浮かべてこちらを見ている猪狩部長を見返しながら、この騒ぎをどう収めるべきか頭を回転させ始めた。
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一目惚れした女の子に自分の×××な体験談を語らされるお話 萬屋久兵衛 @yorozuyaqb
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