後編

「うおおおおおっ!なんかキター!!!!!」


 モニターの向こうで、肇くんが叫び声を上げていた。


 いよいよ、来たんだね……『幼馴染ガチャ』の時間が。

 画面越しでも、肇くんの興奮する姿が手に取るように伝わってくる。


「えーと……」


 とりあえずガチャの詳細画面を開く、肇くん。

 ガチャの説明文を読み込んでいく。

 そして、何かを決心したような表情になる。

 うん。私を引き当てるために、気合を入れてくれたんだね。嬉しいな……


「……大好きだよ、肇」


 画面越しに、つい呟いてしまう。

 ガチャを引き当てて、私の告白ボイスを聞いて、どんな反応をしてくれるかな。

 喜んでくれたら嬉しいな……


 一瞬だけ、引っ込み思案で自信のなかった幼少期の自分が顔を出す。

 でも、すぐに気持ちを立て直す。

 今更不安になっても仕方ない。

 私は頑張って、肇くんに好きになってもらうための努力は、全部してきたんだ。

 運悪く、疎遠になってしまったのは残念だったけど……

 来世ではずっと一緒だよ、肇くん。


 いよいよ、肇くんが最初の10連を回す。


「いきなりSSレア!?」


 なんと、肇くんは幸先よく3%の当たり枠を引き当てた。


「……肇くん……!!!」


 画面越しに私も興奮してしまう。

 でも、まだ安心できない。

 私のカードの出現確率は、0.7%。つまり、虹カードが出たからといって、それが私である確率は4分の1にも満たないのだ。

 まさに、狭き門。

 でも、肇くんならきっと……!


 そして、運命の時が訪れる。

 肇くんは興奮冷めやらぬ様子で画面をタップし……


『―――あなたのことが大好きよ、ハジメ』


「きゃああああああああああっ!!!!!」


 ……いけない!つい絶叫しちゃった!

 だって、肇くん……肇くんが、私のことを選んでくれたんだもん!

 まさか、最初の10連で引いてくれるなんて……

 この天文学的な確率には、運命を感じた。

 夢みたいだよ、肇くん……!!!






 しかし、直後。


「うわっ……」


 画面越しに映ったのは……反射的に表情を歪ませた肇くんだった。


「えっ……」






 そのとき、私の頭の中で大切な何かが壊れていった。






 何が起きているのか、理解できなかった。

 確かに肇くんは、ガチャを引いていた。

 改めて画面を見ると、しっかりと私のことを引き当てている。

 それなのに……


 ガチャ結果を見つめながら、見るからに落ち込んでいる肇くんの姿が、そこには在った。


「う、そ……」


 視界がぼやけていく。

 そして導き出されるのは、1つの答えだけ。


『肇くんは、私のことが嫌いだった』


 そんな……


 しかし、思い返せば高校時代、肇くんと疎遠になっていったのは、彼が私のことを敬遠するようになったから。

 理由は深く考えていなかったけど、もし、私を意図的に避けていたのだとしたら……


 ずっと大好きだった彼。

 でも、彼の中では私は邪魔な存在でしかなかった……


 気づけば私は、大粒の涙を流していた。


 こんな真実、知りたくなかった。

 私は今まで、何を夢見てたんだろう。


 しかし、肇くんはそんな私をよそに、次の10連へと気持ちを切り替えていた。

 そして、再び表示される、虹カード。


 肇くんは、興奮した様子で、そのカードをめくった。


 ジャキーン


『―――あなたのことが大好きよ、ハジメ』


「うわああああああああああ」


「うえっ、ひぐっ、ぐすっ……」


 肇くんが、私のカードを引き当てて、今度ははっきりと絶望の叫び声を上げる。

 私はその声を聞いて、涙が止まらない。


 そして、極めつけのセリフ。


「……他の奴が出てくれよ……」


「……」


 そ、そんな。

 そこまで、言わなくても。

 そこまで、私を嫌わなくてもいいじゃない……


 もう、私の脳内は完全に破壊されてしまったといってもいい。

 深い悲しみのあまり、もう何が何だかわからなくなっていた。

 しかし、そんな中でもガチャ配信は続いていく。

 肇くんが次のカードをめくったとき、それは起こった。


 ギュイーン


「……!?なんだ!?」


 これは……昇格演出。


「よっしゃあああああー!来いやオラアアアアア!!!!!」


 確定SSレアに、思わず喜びの声を上げる肇くん。

 私は、僅かに残された精神力で、辛うじてガチャ結果を見届ける覚悟をする。


 ―――しかし。


 ジャキーン!


『―――あなたのことが大……「クソったれがあああああ!!!!!」


 肇くんが台をバーンと叩いた。

 台バンの音が、ぐわんぐわんと私の頭の中で鳴り響く。




 私、頑張ったのにな……


 頑張って可愛くなって、勉強もスポーツも努力して。

 貴方のために、現世を捨てて。


 貴方とやり直す人生を、こんなにも楽しみにしてたのに。


「……ううっ、ぐすっ。あんまりだよ、肇くん……」




 これなら、何も反応がない方がまだ良かった。

 こんな奴いたっけと、私のことを忘れられていたらどうしようって、少しは不安に思ってたけど、そっちの方が何倍も良かった。


「綾菜、二枚抜きかあ……」


 ガチャ結果で絶望に染まる肇と、その一方で。

 綾菜の瞳からも、ハイライトが消えていった……




♢♢♢




 その後、100連ほど回した。

 あり得ない。SSレアが1枚も出ない。

 いや、3%の確率通りに収束してるのか……


 しかし、ここまで回して、綾菜3枚のみ。

 正直、心が折れそうだ。


 俺は惰性で次の10連を回す。

 200連のありがたみに最初こそ興奮したものの、当たりが出ないとダレて行ってしまうのは仕方のないことだろう。


 案の定、次も虹はない。


「ハイハイ、スキップスキップ、っと……」


 段々と面倒くさくなり、手短にガチャ結果を確認しようとしたところ……


 それは起こった。


 ギュイーン


「!!!???」


 久々の、この演出。

 間違いない。

 昇格でSSレア登場だ。


 そして、ボイスが流れる。


 ジャキーン!


『この問題、教えてくれる?』


「……なんだ!?この声はまさか……」


 ついに、新キャラか。

 新キャラが、引けたのか!?


 どこかで聞いた覚えのある、甘い声。

 そして映し出されたセーターを着た姿の女の子を見て、俺は唾を飲んだ。


『【等身大の微笑み】天坂あまさか真奈美まなみ SSレア NEW!』


「ヨッシャー!!!!!新キャラキターーーーーーーーーー!!!!!」


 ……思わず、絶叫してしまった。

 そうだった。

 幸運は、突然訪れる。


 そのボイスと情景は、既視感がある。

 あれは、そうだ。すっかり忘れていたが……


 大学1年の冬。

 栗色のボブカットに赤い縁の眼鏡をかけた、優しそうな顔をした女の子と俺は、偶然隣の席になった。

 課題を忘れてきた彼女は、俺にこの甘々ボイスで話しかけてきたのだ。

 それから、しばしばその講義では一緒に話すようになって……


 どうして忘れていたのだろう。

 しかし、確かに記憶されていた思い出。


「真奈美……お前は俺の救世主だ……」


 俺は真奈美のカードをまじまじと見つめる。

 あの頃はまだ、綾菜のことを引きずっていて……

 こんな大切な出会いをみすみす逃していたというのか。

 何をやってるんだ、前世の俺!


 そして改めて思い出したが、真奈美は大変大きなものをお持ちだった。

 セーターのボタンが、はち切れて飛んでしまいそうだ。


 しかし、ここで不可解なことがある。

 この真奈美のカードに映し出された容姿は、俺の前世での記憶と整合性が取れている。

 だが、綾菜のカードは……俺は高校時代にあいつの水着姿なんて見たことないし、だいたいあんなセリフも聞いた覚えがない。


 これはつまり……


 俺の妄想……


「イヤアアアアアアアアアア!!!!!」


 恥ずかしさのあまり、思わず叫んでしまう。

 俺は前世で綾菜のことを想うばかりに、こんな恥ずかしい妄想の記憶を植え付けてしまったのか。

 正直、綾菜のあれこれは色々と妄想し過ぎていたから、よく覚えていない。

 でも、もしそうだとすれば……


 最悪だ。

 もう、ただのイタい奴じゃないか。

 来世では絶対に、絶対に綾菜と関わらない人生を歩もう。


 俺はガチャ結果から、真奈美のキャラ性能画面をタップする。

 所持効果を確認すると、そこにはこう記されていた。


『天坂真奈美と恋人になる確率 20% ※1体重なる毎に、確率は20%ずつ加算されます』


「いやオイイイイイイイイイイ!!!!!」


 嬉しいが、思わずツッコミを入れてしまった。


 なんで『結婚』じゃないんだよ。


 つまりこういうことだ。もし仮に真奈美のカードの所持効果が発動して真奈美と恋人になれたとしても、このままだと最終的には60%の確率で綾菜と結婚する羽目になる。

 俺は完璧な綾菜の傍で、自分の不甲斐なさに絶望する灰色の結婚生活を歩まなければならないのだ……

 人生の途中で、真奈美という素敵な女性と別れることになってしまうだなんて、想像しただけで悲劇だ。


 そして何より、この人生には最大の問題がある。

 それは、才色兼備な綾菜の人生を、俺という存在が台無しにしてしまうことだ。

 俺なんかのせいで、綾菜の人生が狂ってしまうのだとしたら、人生なんてやり直さない方がマシだろう。

 ふと、衝動に駆られて俺はアプリのアンインストールを試みる。


「……ん?できない、だと……?」


 なんと、一度インストールしてしまうと消せない仕様らしい。欠陥だろこれ。

 俺は咄嗟の判断でリセマラを行い、綾菜との未来を捨てようと考えたのだが……どうやらそれは不可能らしい。


 つまり、俺が幸せを掴むには、20%の確率を引き当てて真奈美と付き合ったのち、綾菜と結婚しない40%の未来を引き当てなければならないのだ。


「はあ……」


 絶望に駆られていると、ふと所持効果欄についての注意書きを見つける。

 なんとなく読み進めていた俺だったが……


『所持効果が100%となるキャラクターを獲得した場合、他のキャラクターが持つ所持効果は全て無効になります』


「な、なんだと……」


 俺は、頭を鈍器で殴られたような衝撃を覚えた。

 そして、閃いてしまう。


 つまり、つまりだ。

 例えば結婚確率が100%のキャラを所持すれば、他に結婚確率が80%のキャラを持っていたとしても、100%のキャラとの将来が約束されるということだ。

 考えてみれば、100%で結婚した相手の他に、高確率で結ばれる結婚相手がいたら重婚になってしまうし、当たり前か。ややこしくなるし。


 だが、俺は気づいてしまった。この文言に、僅かな希望を見出したのである。


 要するに、天坂真奈美との恋人になる確率を100%まで上昇させれば、綾菜との結婚可能性はなかったことにできるということだ。


「よっしや、いける……ワンチャンある……俺は賭ける……いや、掴むんだ。掴んで見せるぜ、俺の眩い未来を!」


 狙うは1点、天坂真奈美のカードのみ。

 俺は震える指先で、次なる運命の10連に手を掛けた……




♢♢♢




 ガチャ配信が映し出されたモニターを、食い入るように見つめる1人の女性がいた。

 彼女の容姿は、道行く人が思わず二度見してしまうほどに美しい。

 また、才気にも溢れており、まるで天から一物も二物も与えられたような、完璧な存在だ。


 しかし、そんな彼女の瞳には、これっぽっちも光が宿っていなかった……


「……うぐっ、ぐすっ……」


 初めは、ただただ悲しくて、泣きじゃくるばかりだった綾菜。


 引き当てた綾菜のキャラクターを石に分解できたら的なゴミ同然の扱いを受けたり、あの後も色々と追加ダメージを受けていた彼女だったが……


「ふふふ……真奈美ね。真奈美……」


 闇に堕ちていった極めつけは、知らない女に肇が歓喜の声を上げたこと。


 大好きな彼に拒絶され、ガチャ結果を否定されて。

 最初こそ絶望しつつ、何がいけなかったのかと自己否定に走っていた彼女だったが……


 もし、嫌われていたのではなく、『肇にとって、他に気になる女性がいたから』だったとしたら……




「……一度だって、忘れたことはないからね。私は肇くんのことを、世界で一番愛してるんだもの……ふふふっ♡」




 綾菜は、決意した。

 もし、肇くんをたぶらかす女狐がいるのだとしたら……

 運命にさえも抗って、私のことを好きにさせてみせる、と。


 完全にハイライトの消えた目で、綾菜は不気味な笑みを浮かべていた……




♢♢♢




「ふう……」


 俺は190連目の結果を見つめる。

 ガチャもいよいよ大詰めを迎えていた。


 あの後は全然虹色に光ることはなく、道中で真奈美が1体出ただけ。

 それにしても、他のキャラが全く出ないというのは、生前のガチャ運を想起させるな。


 だが、今はそれがありがたい。


 真奈美が重なれば重なるほど、綾菜との未来は遠ざかっていくのだから。

 他の幼馴染とかはいいから、もう真奈美にだけ出てほしい。

 残すは最後の10連のみ……


 これまでの結果から、真奈美と恋人になる確率が40%、綾菜と結婚する確率が60%。

 正直に言えば、絶望的な数字だ。

 しかし、何故だろう。

 不思議と、焦りはなかった。


 根拠はないが、奇跡が起こる。そんな気がしていた。

 俺は前世ではからっきしガチャ運はなかったが、ごくまれに幸運の予感があり、そんなときは決まって最高のガチャ結果が出たものだ。


 ここで1つ、大きく深呼吸する。


「―――頼む。出てくれ。出てくれ、真奈美……!」


 そして俺は運命の―――最後の10連を回した。




(……肇くん、私を引きましょうね……)




 あれ、おかしいな。

 遠くから、綺麗でありながら黒く淀んだような声が聞こえてきた気がしたけど……

 まあ、いいや。


 今はどうでもいい。

 そんなことより、目の前に光る虹色の2枚のカードに、俺は興奮を隠せずにいた。


 ―――そして。


「っしゃアアアアア!!!!!SSレア2枚抜きだぞオラアアアアア!!!!!」


 なんと、奇跡は起こっていく。

 ここにきて、最高レアリティを2枚引いていくゥ!


 勿論、それだけでは手放しに喜べないことくらい、分かっている。

 だが、俺は落ち着いていた。

 なぜなら、確かな予感があったから。


「真奈美っ、真奈美っ……!」


 思わず、そうコールしてしまう。

 そして、画面をタップし……


 ジャキーン!


『この問題、教えてくれる?』


「ヨッシャあああああ!!!!!来たぞゴラアアアアア!!!!!」

(イヤアアアアアアアアアア!どうしてなのっ!どうしてよおっ、肇くん!!!!!)


 俺は、持っている男だ。

 ここぞという大事な場面で、勝負に勝てる男なのだ。


 前世でもこれ以上は課金できないっていう、すんでのところで、俺は何度も欲しいキャラクターを引き当てて来たものだ。


 そうだ。そうだったろう?

 どうして忘れていたのだろう。

 課金の沼という苦い過去の中に、何度も喜びがあったということを。


 笑う門には福来る。

 ゲームはやっぱ、楽しんだもの勝ちだよなあっ!


 もう、今の俺に怖いものはない。

 勝利を確信し、俺は笑みを浮かべて2つ目の虹色のカードをタップする。


「来いっ、真奈美っ……!」

(おねがい、私を引いてっ……)


 ―――そして、運命の結果は……
































『この問題、教えてくれる?』


「イェーーーーーアッ!!!!! Fooooooooo!!!!!!!!!!」

(イヤアアアアアアアアアアっ、噓よっ、噓よ、肇くんっ……)




 この瞬間、俺は勝利を確信した。


 200連で4枚目の真奈美。

 ここで真奈美を2枚抜きしたということは、どういうことか。

 今更、語るまでもないだろう。


 残りのカードをタップしていく、俺。

 最早どうでも良いが、昇格演出が起こる。


 ジャキーン


『―――あなたのことが大好きよ、ハジメ』


「いやまだ出るんかい」


 これで、綾菜と結婚する確率も80%となってしまう。

 先ほどまでの俺であれば、大いに取り乱していたことだろう。

 しかし、勝利がほぼ決定している俺からすれば、大したことではない。

 俺は冷静に残りのカードを開き、綾菜が出なかったことを確かめて、安堵の息をついた。




 これで、200連の結果は出揃った。

 真奈美が4枚、綾菜も4枚。

 最終的にはSSレア3%の期待値を上回っており、上々の結果といえるだろう。

 綾菜が4枚も出てしまったのは良くなかったが、それ以上に真奈美が4枚出たことが、あまりに大きすぎる。


 俺は、おそるおそる。

 とあるボタンに手を伸ばす。


『天井交換』


 ―――そう、俺は覚えていた。

 『最高レアSSキャラクター1体確定!』の文言を。


 このガチャに、SSレア確定枠は存在していなかった。

 そして、天井交換のボタンがあるということは……




 そして、もう1つの注意書き。


『所持効果が100%となるキャラクターを獲得した場合、他のキャラクターが持つ所持効果は全て無効になります』


 重要なのは、『恋人になる確率の所持効果』もしくは『結婚する確率の所持効果』という縛りの文句がないことだ。


 つまり、この説明はこういうことを意味している。


『真奈美と恋人になる確率が100%になると、綾菜と結婚する確率は無効になる』


「ククク……」


 いやあ、いかんね。

 笑いが、笑いが止まんねえぜ!


 俺が真奈美を天井交換すれば……

 真奈美が5枚となり、真奈美の所持効果がMAXになるのだ!!!!!




「勝った……勝ったぜ、俺はッ……!!!!!」




 さらば、綾菜。こんにちは、真奈美。




 俺はもう、綾菜に縛られない。

 劣等感で自滅した挙句、後悔から失恋を引きずって寂しい社会人生活を送るなんて、そんな人生はもうゴメンだ。


 俺は、綾菜のいない未来を選ぶ。

 やり直し人生で、たとえ綾菜が他の男子と仲良くなっていても、きっと俺は何も思わないだろう。

 だって、俺には真奈美という素敵な幼馴染の恋人がいるのだから。


 きっとそれが、在るべき世界だったんだ。

 自分から離れたくせに、綾菜に執着して。

 未練がましい人生を送ったところで、仮に事故死していなかったとしても、俺はきっとあの先良い人生を歩めなかったことだろう。

 だが、来世は違う。


 【等身大の微笑み】


 俺は、真奈美。

 君の笑顔を守りたい。


 君のために、俺は来世を捧げるよ。


 決意を固めた俺は、天井交換の画面を開き、意を決して。

 天坂真奈美のカードと交換する―――





















 ―――筈だった。




「……は?」


 開いた口が塞がらないとは、まさにこのことか。


 いない。

 いない。

 いないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいない……




 【等身大の微笑み】天坂真奈美が、交換画面にいないのだ。




『対象のピックアップキャラクターと交換してください。【才色兼備の完璧美少女】末永綾菜』


「……は?」




 再度、素っ頓狂な声が出てしまう。


 天井交換画面に映し出されたのは、たった1枚のカード。

 【才色兼備の完璧美少女】末永綾菜のカードのみ。




 俺は、疑うべきだった。

 このガチャの仕様を。


 【才色兼備の完璧美少女】末永綾菜が、ピックアップ対象キャラクターであったこと。

 そして、天井交換は、ピックアップ対象キャラクターのみ可能であるということを……




「……ああっ、違う!違うんだっ!待ってくれ、何かの間違いだろっ!!!」




 俺は天井交換画面を閉じ、チュートリアルを終了しようと試みる。

 だが、天井交換忘れ防止のためか、親切なことに……交換ボタンを選択するまで、次の画面には遷移できない仕様になっていた。


 俺は、俺は……




 ここまでなのか?

 俺はまた、前世と同じような痛みを味わっていかなければならないのか……?


 綾菜となんて出会いたくなかったんだ。

 出会わなければ良かったんだ……






(本当に、そう思ってたのか?)


 ……やめろ。


(もう、十分だろ)


 ……やめろやめろ。


(もう、いいだろ。自分の気持ちに、素直になれよ)


 ……やめてくれ。


(他人の目なんて、気にするなよ)


 もう1人の自分が、訴えかけてくる。




「お前は綾菜にふさわしくない」


 ―――前世で、クラスの中心人物だった男子に言われた言葉。

 一度だって、忘れたことはない。

 自分でも自覚していた事実。

 しかしそれを他人に言われて……客観的な視点からの意見を、あのとき俺は受け入れたんだっけ。


 綾菜は、俺のことを異性として好きにはなってくれない。

 それは、きっと来世でも同じことだろう。


 たとえ結婚という形で結ばれたとしても、それはガチャに起因する運命力によるものだ。

 そこに彼女の……綾菜の想いもあるだなんて、どこにも書かれていないのだから。


 俺の身勝手なガチャ結果で、綾菜のことを縛り付けてしまうのだろうか。




 ……いや、そうじゃないだろ。


 俺は、観念して小さく頷く。




 少しでも、頑張ろう。

 完璧な綾菜と、何の取柄もない俺。

 可能性は限りなくゼロに近い。

 でも、それでも。少しでも望みがあるのなら―――




 綾菜に好きになってもらえるような、そんな男になれるように―――




『【才色兼備の完璧美少女】末永綾菜 所持効果 末永綾菜と結婚する確率 80%→100% よろしいですか?』






 ああ、決めたよ。

 俺は、綾菜を幸せにする。

 顔も見たことのない、現世での綾菜のイケメン彼氏さんには申し訳ないけど……

 綾菜に相応しい男を目指すんだ。


 選びようのない選択肢を前にして。

 俺は、覚悟の『YES』のタップを試みた―――





















「……ふふふっ。たくさん幸せにしてあげるからね、肇くん♡」

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高嶺の花な幼馴染に劣等感を抱いていた俺。やり直し人生で彼女のいない未来を求め、幼馴染ガチャをぶん回します よこづなパンダ @mrn0309

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