手に握られた新聞記事とは
翌朝、
俺は、なんとなく肩身が狭い。愛想笑い、
お昼前、ご両親の提案で外食することになり、
確かに、車を持っていない俺たちには重要なポイントだ。
幸い、今日のバイトは夕方から、結局、道の駅にあるレストランという事になり、牛肉のひつまぶしバージョンをごちそうになった。
甘く味付けされた牛肉とワサビって、こんなに合うものなのかと正直驚いた。醤油とワサビ、調味料としては万能すぎる。
そしてアパートまで送ってもらうと、二人で車が見えなくなるまで見送った。
「
「いいよ」
「
やっぱり
生ぬるい風が頬を撫でた。日差しも強く、アスファルトの照り返しでさらに暑い。
「しよ。いつもみたいに優しくしなくていいから。いきなり挿れていいよ」
「それじゃ、
「いいの。私を苦しめて。私、ひどい女だから」
「そんなことない」
「あるの」
困った。それなりにお互い盛り上がっていく感が無いと、海綿体に血液が充填されない。
「じゃあ、キスはしていいか?」
「それもダメ。
そんなから毎日、するにはしている。挿入前にかける時間は短くして、キスだけは俺が強く要望したら、フレンチキスならOKということになり、まあ、それなりに。
俺は気持ち良かったが、
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
夏休みも終わり、相変わらず元気のない
以前、夏休み当初に行った海水浴で、
若干、涼しくなった風を受けながら、
「
「うん、いいけど、どうして?」
「
「え? ほんと?」
「他の人たちに見られると面倒だから、講義が終わったらすぐに武道場に行こう」
「ううん、お昼ご飯、急いで食べていくのはどう?」
「おお、それなら二人っきりでやれるな」
「もう、
「おい」
よかった。以前の
午前の講義が終わり、一緒に急いで弁当を食べ終えると、俺達は武道場に向かった。武道場は体育施設の二階にある。予想通り、誰もいない。
「じゃあ、『抜重』を教える」
「なに?それ」
「
「すごい、
「いや、まあ、高校生の時は、
「もう、そこは美談にして、『あの時から、
「悪い」
「初速を上げる方法が、『抜重』ってやつ」
「どうやるの?」
「まず、普通に組み手の構えをする」
「ここで、一歩踏み出す時に、前足の力を抜いて、後ろ足の力で一気に踏み出す」
俺は、
「は、速い! なにそれ?」
「これは、なんというか、倒れ込む勢いを利用して素早く踏み出す技術。力が入る瞬間を見破られにくいから、さらに速く見える」
「うん、ちょっとやってみる。前足の力を抜くのね」
「
「そうだな。でも、習得できたら、
「確かに、このスピードで一歩を踏み出せたら、相手の判断力を鈍らせられるわ」
肩で息をする
「そろそろ午後の講義が始まる。行こうか」
「うん。
「それはゴメンだな。あの部長は気に入らないから。それに、バイトがある」
「そだね、無理言ってゴメン」
あ、なんかちょっと小さな地雷を踏んだ気がする。
「
「うん、ありがと」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
夜、ショッピングモールのバイトから帰ってくると、
ドアに背を向けているので、何をしているかわからないが、姿勢から寝ていないことはわかる。
パソコンをいじっているわけでもなく、スマホを見ているようでもない。
「
俺はリビングの電気をつけると、後ろから
「これ、私には読めないけど、
「そうだけど、どうして持っているんだ?」
「ごめん、
「そっか」
「それで、捨てようと思って」
「うん」
「でも、ずっと捨てられなくて」
「捨ててもいいぞ」
「私、
「そ、そうか……あ?」
これは、まさか、あれか? 言葉が出ない。しかし、俺の心は割と落ち着いている。
「嫉妬しないの?」
「不思議としない」
「それが『恋がわからない』ってことかな」
「そうかも」
確かに、なんというか、
きっと、空手の乱取りをしたとか、そういうオチに違いない。
「ヘアードネーションのために髪を伸ばしていたんだね」
「そう。まあ、ちょっと目立ちたいってのもあったが」
「何かきっかけがあったの?」
「小学校の時、あ、台北の日本人学校だが、あこがれていたアニメキャラの髪が長くて、それを真似て伸ばしていたんだ」
「そっか、アニメキャラって髪の毛の長いキャラが多いよね」
「それでな、さすがに切ろうかと思った時に、長い髪だった隣の女の子が急にショートヘアになった」
「ふうん」
「その時にヘアードネーションのことを教えてもらったんだ」
「そっか」
「ネットで調べてみたら、結構、大変なんだなって思って、切るのを止めて。六年生の時にヘアードネーション」
「
「じゃあ、もうちょっと話す。それで、結局、また伸ばして中三の時にもう一回、そして大学に入る前にヘアードネーションをしたんだ」
「三回も?」
「まあ、これからも許される限りは伸ばすつもり」
「うん」
何か、明るくなるようなネタ、エピソード、無かったっけ? 思い出せ、何かを思い出せ!
「そうだ、クラスの男子がやたらと髪を触りたがるんだ」
「どうして?」
「本当は女子の髪を触りたいんだろうな。疑似体験ってやつかも」
「ふふふ」
しかし、そのまま沈黙が続いた。困った、ネタがない。バイト先のパートの人の話でも……いや、女性ネタだから地雷を踏む可能性があるかも。
「妹が先天性乏毛症だったの。それで、小さな頃、カツラを……」
「それって……」
「そう、
「でも、それ、俺の髪の毛じゃないぞ、絶対」
「うん。でも、
ようやく
あれ? ちょっと待て、先天性乏毛症は、ほぼ治らないはず。さっき、過去形で言ったよな。これ以上は訊かない方がいいのかも。
「
「俺、何も言ってないぞ」
「顔に書いてあるよ。
「そうか、なんかすまない」
「じゃあ、お願いを聞いてくれるかな」
「いいよ」
「なんでも?」
「できるやつなら」
「別れて欲しい。
「そっか。じゃあ、切ろうか?」
「それもダメ」
「わかった」
肩が震えているのがわかる。力を込めて何かを抑え込もうとしている感じ。
「あとね、できたらさ、最後にもう一度しようよ。
「それはちょっと、なんか」
「某世界大会の選手村だって、負けた選手同士、お盛んらしいよ」
そういえば、以前、ニュースで『
「確かに」
――ピッピッピッ
「私さ、今、妹のことを思い出しちゃって、寂しいの。隙間、埋めてくれないかな」
「そうか」
「私ね、妹にひどいこと言っちゃったことがあるの。恥ずかしくてさ」
「そんなことない」
「そのまま、謝る前にね、あのね、だからね……」
「うん」
ダメだ、語彙力が追いつかない。
「だからね、ずっと後悔しているの」
「うん」
「私が嫌だと言っても続けて」
「うん」
「なんか、悪かったな」
「ううん、いいことをしているんだし、妹だって、
「じゃあ、シャワー、あびてくる」
「待って。そのままでいいから」
「いや、汗をかいているし」
「それがいいの」
やはり乱暴は好みじゃないので、丁寧にした。
「私ね、
「なぜ?」
「
「まあ」
そうだ。
俺は
「ね、
そうだ。
「もし、それを聞いたら、聞いてしまったら、自分が自分でなくなっちゃいそうで怖いんだ。
「だから言葉数を減らしている。そうすれば、うっかり話してしまう可能性も減るし」
「そっか」
そして、なんだかんだと順調に進み、第六回戦が終わった。ちょっと、次はきついかも。
「あのさ、私、たぶん
「恋愛に
「でも、今はね、怖いの。本当の
話すべきか……いや、墓場まで持っていくと決めたことだ。
「勝手な理由でごめん。お詫びに
「そんなことは……」
――ス~、ス~、ス~
結局、俺の限界と共に、タイミングよく
ベッドから立ち上がり、エアコンの温度設定を戻すと、洗面所で人肌温度の濡れタオルを用意し、素っ裸で寝ている
そして薄い布団をかけ、俺はシャワーを浴びながら
別れることになって、今、胸の下あたりに妙な脱力感を感じている。「胸にぽっかりと穴が開いた感じ」というのは、このことかもしれない。
今週末は大学祭、気持ちを切り替えていこう。住むところも、また祖母ちゃんちに戻るだけだ。
――ぽたっ
よくわからないが、涙が溢れ出てくる。心が成長したことにしておこう。
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あとがき
数ある小説の中から読んで頂き、ありがとうございます。
ヘアードネーションは、髪の毛に不自由している子どもたちにカツラをプレゼントするために、伸ばした髪を寄付することです。「ヘアー・ドネーション」です。
団体に寄りますが、概ね、三十二センチ以上というところが多いようです。
もし、髪を伸ばしていたら、ぜひ、寄付してあげてくださいね。
おもしろいなって思っていただけたら、★で応援してくださると、転がって喜びます。
さらに、フォロー、ブックマークに加えていただけたら、スクワットして喜びます。
それではまた!
貧乏大学生の恋事情は②最後の夜に六回を記録 綿串天兵 @wtksis
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