星占い師が語る話 ―三等室展望フロア―
三等室展望フロアには眠れぬものたちが集まってきていた。
マンダルを出港して船は空路をとる。南の大陸を横断するのに一週間空を飛んだままだ。次はアドリアに降りる予定でそれまでは船内で退屈をしのがねばならなかった。
夜になると星を観にこどもたちが来たものだが、それも日に日に減っていき、今晩はわずかに三人になっていた。その三人は
「今晩は天気が良くて星がとても綺麗よ」ルミアと名乗る女星占い師はこどもたちに微笑みかけた。「こんな夜はウェガとオルテアがデートしているかしらね」
「何してるの?」
「そうね、おいしいお食事をしているかしら」
「今日はどんな話?」
「私、ワニクラゲ星の乞食と王女の話の続きが聞きたい」
「僕はトカゲ商人の行商記」
こどもたちは星のように目を輝かせた。
ルミアはそれを眩しそうに見つめた。
「白い帯の羊と双子の話をしようかしら――」
ポルカとカストラは双子でした。
二人は亡くなった両親から受け継いだ小さな牧場で羊を飼っていました。羊の毛や皮を加工したものを街へ売りに行き生計をたてていたのです。
ある時、とても変わった模様の羊が生まれました。茶色の体の真ん中にまるで帯を巻いたように真っ白な毛が生えた羊です。
通常、薄い茶色か、少しクリーム色あるいはアイボリーな色の羊が多いのですが、その中にあってその羊は目立ちました。二種の羊が混じったようです。
しかしその毛は刈り取ってしまうと茶色と白の毛に分かれてしまい、普通の羊毛と大差がなくなるのです。
周囲の大人たちは、この羊は大きくしたらまるごと剥製にするのが良いと言いました。
ポルカはその話を真に受けたのですが、カストラはその羊に愛着しアマデウスと名づけて可愛がるようになりました。
やがてその羊は成長し、見事なまでの毛並みを見せるようになりました。帯の白い毛は通常の白い毛よりも美しく、それだけでも価値があるほどになったのです。
しかしなにぶんにも一頭のごく一部の毛に過ぎません。それで何か商品になるものを作るには及びませんでした。
ある時ポルカはこの羊を剥製にしようと言いました。このまま老いてしまうと毛並みも悪くなり剥製の価値もなくなるからです。
しかしカストラは頑なにそれを拒否しました。カストラにとってその羊は家族同然になっていたのです。
ポルカは、カストラの強い態度に一度は折れましたが、心の中では、他の羊は革製品をつくる際に処分するのに、この羊だけ特別視するのはおかしいと感じていました。
その年、天候不順で農作物の収穫が著しく悪くなりました。羊の餌となる穀物の価格が高騰し、二人の牧場の家計は苦しくなっていました。このままでは維持していくことも難しくなったのです。
そんなある日、街の商人があの羊を高額で買い取ると言ってきたのです。一年分の餌代を十分補える金額です。
二人は話し合った挙句、アマデウスを手放すことにしました。
あれほど可愛がっていた羊を手放すカストラの心中は計り知れないものだとポルカは思いましたが、いずれ時が立てば元に戻ると思いました。
しかしカストラは日に日に元気をなくしていきました。毎日心ここにあらずといった様子です。
ポルカはカストラのことを心配しましたが、どうにもできませんでした。
その日はカストラが街へ羊毛と革製品を売りに行く当番でした。しかし日が暮れそうになってもカストラは帰って来ません。
カストラの帰りが遅いことに胸騒ぎを覚えたポルカは、牧場から帰り道を逆にたどっていきました。
やがて河を渡る橋のところで、渡れずに堤の下に転落した荷馬車を見つけました。
馬車を引いていた馬はどこかへ行ったようです。
ポルカは、荷馬車の壊れた車軸が胸に刺さって倒れているカストラを見つけました。
すでにカストラは息絶えていました。おそらくカストラはずっと考え事をしていて馬車の操作を誤って橋を渡り損ねたのでしょう。
ポルカはカストラの遺体を抱きしめて泣きました。そして夜が更けるまで神に祈ったのです。
カストラに帰ってきて欲しい。そのためには何でもする。
すると空に輝く星のひとつが地上に降りてきて、ポルカの前に現れました。
その姿は光り輝くアマデウスでした。剥製にされたアマデウスの魂が星のひとつになっていたのだとポルカは思いました。
アマデウスは語りました。カストラの体は傷んでしまっている。元通りによみがえらせることはできない。
ポルカは答えました。自分の体をカストラに捧げる。だからカストラを生き返らせてほしい。
アマデウスは頷きました。
そして、ポルカの胸をつかってカストラの体をつなぎ合わせたのです。
こうして一つの体にポルカとカストラの二人の魂が宿ったのです。
顔と手足はカストラ、胸と腹はポルカのものでした。
ふたりは一つの体を交代で使って生きていきました。
その後もこのあたりの牧場には、ときどき茶色に白い帯のような毛並みの羊が生まれることがあると言います。
「――その後ふたりはどうなったの?」
「さあ、どうなったのでしょうね」
「白い帯の羊が次に生まれたら、みんなどうしたのかな?」
「どうしたのかしらね」
女星占い師ルミアの話はいつも何か含みを持たせている。こどもたちはその意味を問う。
しかしルミアはこどもたちの問いに答えない。その後のことはこどもたちのそれぞれの想像に任せる態度なのだ。
「名前なんかつけなきゃ良かったんだよ。それもアマデウスって」
そんな声を聞きながら、ルミアは飛行船の外、星空を見ていた。
「何を観ているの? アマデウス?」
「冬の大三角よ」
そう言ってルミアは、赤い星とそれに匹敵する明るく輝く星のことをこどもたちに教えた。
教えるルミアには気がかりに思うことがあった。
この時期、この時間帯に冬の大三角はこの方向に見えないはず。
この船は向かう方向を
いったいどこへ向かって飛んでいるのだ。
リンダベル ―異世界飛行船― はくすや @hakusuya
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