其の五 逃げ道が
渡り廊下へ歩いていく途中、私たちは互いに自己紹介をし合った。
「鈴木真だ。今二年で、新聞部の部長をしてる。こいつとは腐れ縁だ」と言ってメドウの方を見る。見られた彼女はニッと笑った。
「井野いづるです」
「三島諷子です」いづるの自己紹介に続いて、私は言った。その後に、
「メドウ、というのは本名なんですか?」と付け加えた。
「本名なわけがなかろう。これはハイゴウだ」
「はいごう?」
「まあ、簡単に言うと俳句におけるペンネームのようなものだな。かの「芭蕉」も本名ではなく、松尾宗房の俳号の一つだ」
「そうなんですね」私が感心したように相槌を打つと、メドウは顔を綻ばせ、
「なんだ、君は俳句に興味があるのか?ずいぶんと物好きだな」
「いや、わたしは-」貴方に興味があって、探していたんです、と私は続けようとした。しかし、鈴木が「着いたぞ、渡り廊下に」と言って話の腰を折った。
「言われなくても分かるさ。さて、誰か人は・・・おっと」
渡り廊下の中央部、向かって右側の壁で、誰かが作業をしていた。
「ちょうどいい。美術部の花野じゃないか、あれは」彼女は真剣な面持ちで何やら作品を制作している途中らしく、そばには作品とおぼしき物体が転がっている。
「花野」集中しきっているのか、彼女はメドウの呼びかけにも返事をせず、黙々と作業を続けている。
「花野、花野くらら!」彼女は大声で言われて初めて私たちの存在に気がついたようで、作品から顔を上げると、
「あらあら、メドウちゃんじゃないの~それに、新聞部のまことちゃんまで。珍しいわね、何かあったのかしら?」と言った。
「さっき、向こうの教室で花瓶が割れたんだが、その犯人がわたしなのではないかとこいつに疑われていてな」と鈴木を指さす。
「あんまり人を指さすなよ」
「というのも、花瓶が割れた当時、教室は軽い密室状態にあったのだ。犯人が逃げ出すこともできなくはないが、逃走経路は限られる。そこで犯人の逃げ道候補として真っ先に浮上したのが-」
「ここだったの?」花野は聞き返す。
「そういうことだ、花野は花瓶が割れてから今までの間、誰か不審な人物をみてはいないか?」
「そういわれても・・・」彼女は困った顔を見せて、
「わたし、とっても集中していたから、誰かが後ろを通ったとしても気づかなかったと思う。さすがに何かが割れた音がしたのは聞こえたけど、窓が割れたのかと思ってて、花瓶だとは夢にも思わなかったわ」と証言した。
「そうか・・・」メドウは腕を組んでうなった。
捜査はまた振り出しか、わたしは思った。
「でも、ここは三十分くらい前から誰も通ってないと思う」
「どうしてだ?」
「これは秘密にしておいてほしいんだけど、さっきまでわたしがこの渡り廊下の真ん中で、作品を乾かしていたからよ。廊下全面に敷いて乾かしていたから、誰かがわたしの許可を得ずに通るのは難しいんじゃないかしら」と言って、彼女は作品を取り出した。大きな画用紙に書かれた抽象画で、全面に絵の具が付いていた。
「この上を歩いて行った可能性は?」
「ないわねえ。作品の上を歩いたらまだ乾いていない絵の具がぐちゃぐちゃになって絵が台無しになるけど、この絵はわたしが描いたときのままだもの」
つまり、花瓶が割れてからこの渡り廊下を渡って逃げた人物は一人も居ない。そして渡り廊下以外に逃げ道があったとは考えにくい。そう考えると、犯人は一体―
「どうやって逃げたっていうんだよ」鈴木が途方に暮れたように言った。
放課後俳句クラブ 夜野あさがお @asagaoooo
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