第二章② 『ティッシュ配りをしている人の気持ち』
「……結局持ち帰ってしまった。『ギラ・ユニオン対策本部』ってなんだよ。あいつは何を企んでる?」
隼人はチラシを握りしめ、嘆く。嘆いたところで、舞の謀は分からない。
チラシの中で、フリー画像の仲良さそうな部員たちが踊っている。手にはサッカーボールやらラケットやらを抱えているが、『ギラ・ユニオン対策本部』はスポーツをする部活なのか?
中でも一際目立っている部長らしき人物は、手を突き上げてこう言っている。
『良き青春を!』
「………ばからしい」
隼人はチラシを破り捨てた。
そして涙をそのままに、疲れに任せて眠った。
◇◇◇
翌朝、床にひっ伏していた隼人は母に発見された。
「―――隼人、隼人!朝よ!」
隼人が覚醒すると、インクの匂いが鼻に来た。顔面にはよだれを含んだ例のチラシが。剥がすも、唇にはインクが付着しており苦味がする。
「………」
「なにこれ?」
母は床に散乱していた無数の中から一枚手に取った。思えば、部屋は一〇〇〇枚のチラシで溢れかえっているではないか。
「あっ、それは…」
(もうこうなってしまったら仕方がない…)
隼人は面倒事を予期して布団に蹲った。
「……部活!……『ギラ・ユニオン対策本部』?ここに入るの?」
母は笑顔の後、眉を下げた。息子が新たな活動に精を出すのは喜ばしいが、なんとも厨二病チックな文脈に不信感を抱く。それは隼人も同感だ。せめて部活名くらいは真面目にして欲しかった。
隼人は布団を被ったままやり過ごす。こうなったら自分から望まない限り布団から出ないのだ。
「隼人……」
この言葉には喜びと心配が混在していた。
「…ご飯出来てるから。学校遅れないようにね」
へそを曲げた息子はそうっとしておくのが吉だ。
その後、隼人は仏頂面をしながらも朝食を食べ学校に向かった。
◇◇◇
「……挙げ句の果には持ってきてしまった」
隼人はカバンの中身を確認し、難息した。何で持ってしまったのだろうか。実際のところ、舞には抗えないのだ。舞はこの学校で出来た唯一の友達だ。隼人は認めたくなくても、体はそう感じている。折角の友達を無下にすることなんて出来やしない。
チラシのせいでリュックが重かった。ご丁寧に全枚持ってきたからな。肩がこってしまったではないか。
しかしリュックが重いのは、大きな弁当のせいでもあった。
母が持たせたのは、なんとも気合の入った三段重。『お友だちと食べてね』と言われても…今のところ弁当を共に食べられるような人物はいない。なんとも余計なプレッシャーを背負わされたものだ。この大きな弁当箱を一人で食っていたらまるで…誰か一緒に食べて下さいと懇願しているようなものだろう。
それでもこの弁当を持って来たのは、母の期待に満ちた表情を曇らせたくなかったから。変なところで親孝行を発揮してしまったのだ。
母はあのツインテールの可愛らしいお友達と食べてね、と思って作ったのだが……可哀想に。想いは隼人に伝わっていない。
代わりにといってはなんだが、隼人は弁当の中身を想像する。母の料理はとても美味しいからなぁ。しかしそれを口には出さない。思春期特有のやつだ。
どんな中身かは開けてみてのお楽しみ。可愛らしいキャラクターでも出てきたらどうしよう。
隼人のワクワクをよそに、リュックの肩紐は切れかかってきていた。
そうこうしているうちに、教室に着いた。
隼人の席は窓際で、舞の隣。古ぼけた椅子と机が、主人を利口に待っている。着席すると、なんとも言えない虚しさが湧いてきた。いつものことだ。
クラスメイトらは高らかに談笑しており、否応でも会話が耳に入る。大抵は部活の話だ。
隼人は振り払うようにチラシを取り出してみる。これを渡せる勇気があったら…何か変わったのだろうか。
誰にも『おはよう』を言わずに始まる一日―――毎日が厄日だ。
(こんな嫌な思いをするって分かってるのに、なんで早くから学校に来てしまうんだろう…)
それは隼人が少なからず学校での楽しみを懇願しているからに他ならない。しかし悲しきことに、隼人は一回たりともそのような素晴らしき出来事に遭遇していない。
大人しく寝たフリをしていると―――
「見よ、今日の朝日もまた、妾を祝福しておるぞ」
見ると、朝日がカンカンと舞を照らしている。漆黒の髪が光り、神秘的だ。
「…お、おはよう」
さっきの挨拶が舞なりの『おはよう』だったと解釈した隼人は、驚きつつも即座に返した。
「なんだそのニヤケ面は」
「え…俺、ニヤけてた?」
「……」
舞は真顔で隼人を見つめた。
(こうやって見ると可愛いな…って俺は何を考えているんだ)
確かに舞は可愛らしい。ツインテールとクリクリした瞳がそう思わせるのだろう。しかし当の本人は可愛らしさなど微塵も感じていない。ならばその奇抜な髪型は何の為にしているのか。まさか指に巻きつける為とか言うまい。
隼人は考えても無駄だと頬を一叩きし、舞を向き直した。
「三人目は入手できたか?」
「……」
舞の有無も言わせぬ顔に沈黙で返す。
「妾の良人である者が、何の苦行を強いられておる?これくらい朝飯前であろう」
舞の中での隼人はどんな像をしてるんだか…そもそもそんな男を良人としたのは舞自身である。というか隼人に舞の良人である事実はない。しかし隼人にツッコむ気力は残されていなかった。
ならばここは―――
「お前こそ、顧問を手に入れたのかよ」
「無論、妾は妾なりの行動をしておる。妾の手ほどきなしでは動けないお前と違ってな」
「……要するに、お前もまだ手に入れられてないってことだ」
隼人は嘲笑してやったが、隼人とて何を成し遂げたわけではない。ことを起こしている舞の方が上だろう。
「お前こそ、その紙束を配り終えていないのに何という言いよう。恥ずかしくないのか?」
舞は隼人の握りしめていたチラシを奪い取り、ひけらかした。隼人の手汗でインクが滲み、顔が縦長になっている部員がいるではないか。
二人は暫く睨み合う。その間に、隼人は舞を打ち負かす言葉を熟考する。
「……分かったぞ。勝負しようじゃないか。俺とお前、どちらが早く尋ね人を見つけられるか」
隼人はドヤ顔で言ってやった。反論が思いつかないのなら、論点を代えてしまえば良い。
「よかろう。妾の圧勝は目に見えているが、つまらぬ遊戯に精を出す隼人を見るのも悪くはない。精々妾を楽しませるのじゃな。それと……その紙束を印刷するのに一万円かかった故、配りきれなかったら代金を支払ってもらうぞ」
「一万?!嘘だろ?」
隼人は驚きのあまり立ち上がる。
舞は対抗して得意気に――
「妾は一流の物しか興味がない。無論その印刷には最高級の紙と洋墨が使われておる」
と言った。
見ると、確かにチラシはチラシらしからぬ風貌をしている。フルカラーで高画質で、手ざわりが良い。
「余計なことを…」
「出来ぬのか?口先だけの凡俗以下よ」
「分かったよ!やってやるよ!たかがチラシを配りきり、部員を一人連れてくれば良いんだろ?」
「…少しは期待しておいてやろう」
舞は挑戦的な笑みを浮かべた後、背を向けた。
こうしてミッション『チラシを配りきり、部員を一人確保せよ』が始まったのであった。
◇◇◇
「……どうですか〜?」
早速隼人はビラ配りを始めた。しかし小さすぎるその声は民衆に届かない。皆好奇の目を向けては通り過ぎていく。今の所、ただ恥ずかしい思いをしているだけだ。
「……あの、よかったらもらいましょうか?大変そうだったので…」
前を向くと、そこにいたのは阿部君。メガネが傾いていてあどけなさを感じる。
「阿部君……」
隼人はきれいそうな一枚を手渡した。阿部君は立ち去らない。何か言いたいことがあるようだ。口下手な二人の間に、どちらが先に口を割るかの探り合いが起こる。
「…阿部君は、文芸部に入るの?」
先に口を開いたのは隼人。しかし隼人は未だに阿部君の目をしっかり見ていない。どんな顔をしているか、怖くて見れないのだ。これは隼人の長年の癖であった。
「僕は、文芸部に決めたよ。優しくて、暖かくて、居心地がいいんだ」
阿部君は嬉しそうに照れながら言う。
隼人は待っていた。『戸塚君も入らない?』と言ってくれるのを。
「……戸塚君は、このチラシの部活に入るの?……後悔しないように、ね…」
阿部君は悲しそうな表情で、背を向けてしまった。結局、隼人と阿部君が目を合わせることはなかった。隼人に焦燥感と悲しみが込み上げてくる。
「後悔しないようにね…か」
隼人は一枚十円もするチラシをクシャクシャにした。また一枚、また一枚と…高級紙が紙くずに変わっていく。
「俺は、なにしてるんだか…」
その後は隼人に構う者は現れなかった。
◇◇◇
放課後、多くの一年生が部活動見学を楽しむ中――隼人は楽しめないでいた。校門でチラシ配りをしていると、否応でも視界に部活している人たちが入って来る。しかし隼人は辛い思いをしつつもチラシを配り続ける。
こうも律儀に任務を遂行するのは、素直に舞に頼られたのが嬉しかったからだ。しかし隼人はそのことを認めたくない。舞への対抗心でチラシを配っていると人事込んでいる。
しかし収穫もあった。噂の良人がいるとかで、興味を持った人たちがチラシを手にしてくれたのだ。
いいんだか悪いんだか、隼人の知名度は右肩上がりである。今や隼人には、
そこに対戦相手がやってきた。
「進んでおるか?」
「……」
隼人の背後には山積みのチラシが。幾らか配布しても、在庫はまだありありとしている。
隼人に言い返せるようなライフは残っていなかった。
「妾はそこらの教師どもに話をしたが……全く、物分かりが悪いのう」
舞は謎のフォローをかましてくれた。これが舞なりの優しさであることに、隼人は気づかない。
「……」
「まあ、精々頑張ることじゃな」
舞はツインテールを靡かせ、颯爽と立ち去った。
◇◇◇
「はあ……」
隼人は人が少ない踊り場に腰掛け、パック牛乳を飲んでいた。あいにく味をあまり感じられない。
戸塚隼人は今まで何を成し遂げて来たか。否、何もしちゃいない。
「何やってんだろうな」
隼人はすることなすことに理由がない。厨二病だった時もそうだ。テレビの中のかっこいいに憧れ、真似してみただけ。そこには理由はなかった。
「これから俺はどうなるんだか」
こんな目に遭わされているのに、隼人は舞のことを嫌いになれない。
久しぶりに見れた瞳が、舞だった。舞の瞳は、強いようでどこか寂しそうにしていた。
「くそ……」
隼人は舞のことを嫌いになれない、自分自身が嫌いになった。
その時だった。微かな悲鳴が聞こえたのは。か細く高い声、しかし隼人の耳にはしっかりと入った。
「……上の方からだ」
隼人は階段を駆け上がる。同時に右腕の脈が早くなる。嫌な予感がする。
屋上の重い扉をこじ開けると――そこには怪物がいた。
厨二病に耳を傾けるとこうなる @miri-li
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