第二章① 『部活動って難しい』

「今日から部活動見学が始まりますね。三年間連れ添うかもしれない大事な要素です。心して決めてくださいね。なお、入部が決まったら私に入部届を出してください」


 そう言って配られた入部届とパンフレット。パンフレットの中では、魅力的な紹介が次々に為されている。

 大半の生徒は、これからの部活を想像して心躍らす。ここの学校は部活動が活発で、その為に入学した人も多い。

 載っている写真はどれも笑顔だが、その笑顔の裏は分からない。部活は楽しいだけじゃないこともまた然り。それを知っている一部の生徒は、一先ず苦い過去を流した。



「部活、か…」


 隼人も苦い過去を流した生徒の一人だ。いや、流しきれていないかもしれない。

 隼人は部活動というものをまともにした試しがない。別にやったことないわけではない。輪に入れなくて辞めたのだ。

 ページを捲ると、そこかしこに陽キャがいる。それを見ると、羨ましくも悔しい変な気持ちが湧いてくる。


 隣の舞は、パンフレットを一通り見ると机に叩きつけた。表紙のサッカー部員がしゃくれる。どうやらお気に召さなかったらしい。


「前からやっていた部活を続けるのも良いし、新しいことにチャレンジしてみるのも良いかもしれませんね。見学だけでも、行ってみたらどうでしょうか?各部活、違った良さがありますからね。勿論、文芸部か花道部に興味がある方はぜひ私に聞いてくださいね。文学に親しむのも、花を愛でるのもとても楽しいですよ。そうじゃなくとも、部活動によって何かが変わるかもしれません」


「……何かが変わる」


 隼人が今一番変わって欲しいのはクラスでの処遇だ。隼人たちはクラス公認カップルと化し、居づらさを感じずにはいられない。挙げ句の果てには何度結婚してないと言っても、舞が訂正する。その為、隼人は舞からの一方的な愛を受けているカスということとなっている。



 放課後、隼人は悩んでいた。


(部活動見学…行ってみたいけど行きたくない…)


 グラウンドを見つめると先輩と笑い合う後輩が。まさしく隼人が夢見た世界。いいなあと思うたびに目元が熱くなる。なら隼人も行けばいいではないか。


 しかし隼人はひとりぼっち。

 部活動見学を一人で回る勇者は見当たらない。そして一人で回る勇気は隼人にはない。


 諦めて帰ろうと下駄箱に向かっている時――


 ある扉の前でどぎまぎしている阿部君を見つけた。扉には『文芸部』と書かれた表札が。阿部君は見た目通りといったらなんだが、いかにも文芸部に居そうな顔してるなぁと隼人は思う。


 阿部君はブレザーから手を出し、心を決めて扉を開いた。扉に吸い込まれて見えなくなった阿部君――彼は大きな一歩を踏み出したのだ。

 隼人は阿部君を尊敬すると共に、焦燥感に駆られた。置いて行かないで欲しい…


 気がつけば、隼人も文芸部の前に立っていた。

 扉を開けばそこには新たな世界が待っている。


 隼人がドアノブに手をかけようとした時―――


 ドアが無くなり、目の前に椅子に座って読書している少年が現れた。正確にはドアが房内に倒れたのだ。


「只今よりこの部屋は妾『ギラ・ユニオン対策本部』のものとなった。部外者は即時退散するように」


 舞は高らかに宣言し侵入。皆、立ち尽くし唖然する。

 その中で、舞の破天荒さを知っていた隼人と、ドアの下敷きになっていた阿部君は逃げ出そうとした。


「まて」


 上襟を引っ張られて隼人は部屋内に投げ込まれる。カーペットに隼人の跡が付いた。


 舞は地面をドカンと一踏みし、阿部君を留める。カーペットを伝って木製の床が歪み、威力の高さが伺える。阿部君は腰を抜かした。


「この部屋にいる凡愚どもの中に、妾とともに戦う聖賢がいるなら歓迎しよう」


 舞はすぐさま阿部君に目配せした。お前も入れということだ。


「待て待て待て」


 抗議の声を上げたのは部長らしき人物。天パにメガネで、舞よりも小さい。


「ここは僕たち文芸部の部室だ。見学なら歓迎だが、単なる冷やかしならお引き取り願いたい」


「全く……凡愚は物分かりが悪いな。ここは妾の部屋となったのだ。用がないなら出ていけ」


「はあ?」


 後ろで黙っていた部員らも立ち上がり、抗議の意を示す。しかし舞の尖すぎる目に睨まれ、ひとたまりもなく萎む。


「隼人、この表札をドアに貼れ」


 渡されたのは『ギラ・ユニオン対策本部』と書かれた表札。舞らしい殴り書きだ。


 隼人はしゃがんでドアの表札を見た。『文芸部』。古ぼけて消えかけの字は、確かに手書きだった。細い字なのに想いが詰まっていて、創部者の心持ちを感じられる。隼人が表札を撫でるのを見た舞は早くしろとアイコンタクトをした。


(ごめんなさい。一先ず貼らせて下さい)


 古ぼけて細い字が、新しく太い字になった。字が真新しくなってもドアの古さは変わらず、触ると埃が付着する。それに舞の蹴りも相まってベコベコだ。


「僕たちはどかないからな!」


 部長だけは舞への敵対心を持ち続けている。

 気がつけば阿部君は申し訳なさそうに部屋の角にいるではないか。


「―――新保さん?」


 振り向くと、笑顔なのに笑顔じゃない文芸部顧問斉藤がいた。


「何をしているのかしら…?」


 ドアはぶっ壊れ、中には怯えている部員らが―――

 斉藤はことの経緯を悟ったのか舞の耳を引っ張って、顔を近づけた。


「新保さん?」


 舞は尚も凄まじい目つきで斉藤を見返す。


「説明してやろう。ここを妾の本部としたのだ」


(妾?)


 隼人はここに来て舞の仲間とされていることに気づいた。可能ならお断り願いたい。


「新保さん、生徒指導室に来なさい。……戸塚君もね」


 逃げようとしていた隼人を斉藤は見逃さない。隼人はとりあえず部員たちに一礼し、その場を去る。さり際に物凄い睨まれたのは忘れない。


 舞が暴れたら斉藤の手など逃れられそうなのだが…斉藤は暴れる舞を物凄い力で連行する。よく見ると斉藤の腕は太くて逞しい。スポーツでもやっていたのだろうか。だとしたら文化部には勿体ない人材だ。


 そうこうしていると、生徒指導室に到着。

 前回と同様の席順で各々着席。舞はフンと唸ってご機嫌斜めの様子だ。


「どうしたの?」


 どうしたもこうしたもただ舞が文芸部を荒らしただけだ。しかし斉藤は弁明から聞いてくれるらしい。


「あそこを妾たちの部室にしようとしただけじゃ」


「戸塚くんは?」


 舞では話にならないと踏んだ。


「こいつが勝手に暴れただけです」


 舞は鬼の形相で隼人を見つめる。


「文芸部には謝りに行きましょう」


「妾は何も悪いことはしていない。よって謝罪など不要」


 斉藤は舞の反抗的な目を見て、謝罪は必須だと判断する。


「……さあ、行きましょう」


 舞の手を斉藤が掴んだ。


 そこで舞は思いついたように――

「妾は創部したかっただけなんじゃ。部活に精を出そうとするのは学生の本望じゃろ?」


 と言った。


「……創部したかったなら先生に相談してください。でも、言ってくれてありがとう」


 斉藤に弁明が刺さったのか、態度を改めた。先生は敬語を抜きにした時の方が本心をむき出しているようだ。


「創部はどうすれば出来る?」


 食いつくように舞が言う。


「創部には、部員三人と顧問の先生が必要です。あ、あと正式な理由がないとだめですからね。……もし良かったら先生が手伝いますよ。どんな部活を創りたいんですか?」


 斉藤が言い終わる頃には舞と隼人は部屋を抜け出していた。斉藤も出ようとするも、何故か扉が重たい。隙間から覗くと、どうやったか知らないが書類棚によってバリケードが作られていた。このまま開くと中の蔵書が散乱しそうだ。


「あいつら……」


 斉藤は秘めていたはずのヤンキーのような態度で、扉の先の二人を睨んだ。




「あと一人と、顧問を入手する」


「えぇ……」


 文芸部を乗っ取るのは諦めたのか、舞は新たな目標を掲げてドヤる。

『一人』ということは隼人はすでに部員として数えられている。


「隼人、お前は生徒を一人捕まえろ」


「捕まえろとはなんとも物騒な……」


「妾は顧問を捕まえてくる」


 舞は踵を返し、職員室へ向かう。隼人はもう疲れ切っていて、舞を無言で見送った。




「俺の学校生活…お先真っ暗だ。てかすでに真っ暗なのでは?」


 クラスでは孤立し、部活動もできそうにない。もとより隼人は部活動に勤しむ気は無かったはずだが。そんなことは頭の片隅にすらない。


「はあ……」


 ため息を付くと、目の前には楽しそうな集団が。その中には阿部君もいる。隼人は『いいなぁ』と言いそうになったのを噛み殺した。言ってしまったら己の敗北を認めるような気がしたからだ。


 阿部君は難しそうな本を片手に語らっている。自分のいるべきところを見つけたような姿に、隼人はなんとも言えない悔しさを味わった。しかし隼人が文芸部の扉を開けていたとしても、あの中に入れるかは定かではない。隼人は阿部君たちに気づかれる前に足早に信号を渡った。


(ああ…なんか甘いもの飲みたい)


 不意に目に入ったのは、有名なコーヒーショップの看板。『さくら咲くミルクラテ』とおしゃれな字で書かれている。隼人が以前友達と来れたら最高だろうなと思っていた場所だ。中で雑談をしている女子高生が妙に輝いて見える。


「…入らないんですか?」


「す、すみません」


 慣れてそうなOLに言われて、隼人は思わず入店してしまった。コーヒーの匂いが鼻腔を燻る。隼人はとりあえずメニューを見てみた。『Short』だが『Tall』だか知らないが、どうすれば良いんだろう。OLはすでに決まっていたのか、レジに直行する。


「ダーククリームフラペチーノのグランデサイズで、ノンファットノンシロップエキストラパウダーショットとチョコチップ追加でお願いします」


(彼女は何を言っているんだ…)


「―――次の方どうぞ」


 バイトのお姉さんに悪意はないのに、どうも意地悪に聞こえてしまう。

 隼人は急いでレジへ。


「ご注文どうぞ」


 メニュー表を見ても全く分からない。しょうがなく小学生のような注文の仕方をする。


「これくだしゃい」


 焦りのあまり噛んでしまって、顔を茹で上がらせた。

 隼人が指さしたのは入口で見た『さくら咲くミルクラテ』。これが隼人に出来る精一杯だ。


「サイズはどうなさいますかー?」


 バイトは隼人なんて見向きもせず、凄い速さでレジを打つ。


「さ、サイズ?!」


(さっきのOLはぐらんでさいずとか言っていたような…?)


「……ぐらんでさいずで」


「かしこまりました。七五〇円です」


『高っ!』と言おうとした既のところで止まった。これ以上恥ずかしい思いはしたくない。

 しかし隼人の財布は、厨二病時代の名残のドラゴンが描かれた財布。なぜこれを捨てなかったんだと後悔する。

 そして隼人はそのまま小銭を落とす始末。見かねたOLが拾ってくれるも、隼人は不甲斐なくて彼女のほうを向けない。


「…ありがとうございます!」


 隼人は終始顔を赤らめて、なんとか会計を終えた。


(こんなことなら入らなければよかった…)


 ―――紆余曲折あり、手に入れた『さくら咲くミルクラテ』。


 いちごミルクの上に、たっぷりホイップとよく分からない緑とピンクの粉が乗っている。しかし注目すべきはそのサイズ。なんとグランデサイズはこの店で一番大きなサイズだったのだ。


(飲み切れるのか…?)


 お持ち帰りならば母にあげれば良いものを、隼人はよく分からなくて店内飲食にしてしまったのだ。実際OLはお持ち帰りにしており、優雅にフラペチーノをすすりながら店を後にしている。


 一旦隼人は女子高生との対角の日陰に腰をおろした。

 まず始めに一口飲んでみる。とっても甘い。とにかく甘い。そして二口目には飽きてしまった。


(なんて甘ったるいんだ。でも捨てるのももったいないし…誰か飲んでくれたらなぁ)


 女子高生を見ると、皆でシェアしていた。隼人はその中のブラックコーヒーに強くそそられる。


「ああ…こんなことなら来なけれなよかった」


 隼人は気がついたら涙目になっていた。


「友達もいない。彼女もいない。クラスでは孤立し、やばいやつだと思われるし…」


「……彼女なら、ここにおるではないか」


 突如眼前に整った顔が現れた。


「わあ!」


 隼人は驚いて椅子から滑り落ち、頭を打つ。店内の誰もが隼人を凝視する。痛い視線が隼人を突き刺し、身体の痛み以上に心の痛みを感じる。


「酷い顔だな。お前」


 そう言うと舞は隼人の向かいに座り、ミルクラテをストローを使わずに飲んだ。その間も一切顔色を変えない。隼人は一瞬笑みを浮かべたが、すぐネガティブ思考によりかき消された。


「なんなんだよ…」


 隼人は顔を覆って泣き顔を隠そうとする。しかし舞には隼人の心情などどうでも良い。


「これを全て配れ。期限は明日の放課後までだ」


 渡されたのはA4の紙束。よく見る部員募集のテンプレートに『ギラ・ユニオン対策本部』と書かれている。隼人はその紙束の厚さに絶句した。ざっと一〇〇〇枚はある。


 そして隼人のミルクラテをまた一口――


「……あの、よかったら全部飲んでどうぞ」


(この期に及んで何言ってんだ俺?)


 舞は足早に一飲み。隼人はいちごミルクと同化する唇から、目が離せない。

 舞は何も言わずに立ち去ってしまった。残ったのは空のグラスと煩わしいチラシ。


(唇、柔らかそうだった…って何考えてんだ俺!)


 隼人は顔を覆った。今でもあの感触を覚えている。


(キス…気持ち良か…くない!)


 隼人は煩悩を振り払うように席を立ち、店から出ようとする。


「お客さん!チラシ!」


 ご丁寧にお姉さんが忘れ物に気づいてくれることで、隼人は本日何度目か分からない恥を掻いたのだった。























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