第4話 その名はサラ・ウィティカー

「何故、現場に殿下より先に到着していたんだ?」

「……分りません。俺はメイベル嬢が誘拐されたと知らされ、学園からいったん家へ戻って、家門の騎士を連れて現場へ向かいました」

 現在私は、エイドリアン・グリーンハルシュ王子殿下殺害及び、私ことメイベルの誘拐の容疑者、ナサニエル・フォーデン騎士団長子息の事情聴取を、別室で聞いている。

 事実とナサニエルの供述に相違があるため、被害者の私が確認しているのだ。

 主治医としてグラーシャ・ラボラスも隣にいる。


 ナサニエルが王子より早く現場に到着した理由は、先に知らせたからに過ぎない。どこでいつ誘拐されるか、決まっていたんだもの。

 元々護衛が近場をウロウロしている王子より、その分早く伝えなくちゃいけない。家から救出隊を結成して引き連れる時間を計算して、誘拐が起きる前に、グラーシャが走ったのだ。

 ナサニエルは毎週、この曜日は王子の側を離れて一人で鍛錬している。こっそり教えるのには、もってこいだった。


「そもそも君の手のものがメイベル・ライト嬢を誘拐した、と言われている件については」

「事実ではありません。どうしてそんな話になっているのか、本当に俺にも分らないんです……」

 メイベルの治療と称して私の魂を乗り移らせた時、急にグラーシャの助手のフリをしていたアデラインが消えてもおかしいから、グラーシャの配下にいったんアデラインに憑いてもらっていた。実は彼、その後はナサニエルの家の、病で弱った騎士に憑依してたのよね。

 そいつに実行犯役をやってもらったから、騎士服を見ていた目撃者がいるってわけなの。


「メイベル・ライト嬢を助けに行ったのだと仮定しても、だ。同じく救出に向かった、エイドリアン・グリーンハルシュ殿下と戦闘になって多数の死傷者を出し、よもや殿下までその手にかけるとは、……どう言い訳をするつもりだ!!!」

 取調官の語気が強くなる。どう言いつくろっても、王族を殺害した事実は変わらない。

「殿下に俺が犯人だと疑われ、殿下が武力行使に出たんです。まさか、殿下の殺害をくわだてるはずがありません! 事故なんです……!」

「いい加減にしたまえ! 先程から、知らぬ存ぜぬ、そんなつもりはないと……。それで通ると思うのか!??」

 ドンッとテーブルを叩く取調官。ナサニエルは泣きそうな声で、必至に弁明している。

「本当に、俺はメイベル嬢を助けたかっただけなんです! 誘拐に関与していないし、殿下を害するつもりもありませんでした!」


 小屋で簡単な誘導に乗ってしまい、その不自然さにも気づいていない。何故大事になったか、一生理解できないだろう。全員が剣を収めていれば、話が違っていたかもね。

 王子の護衛として戦闘に誘導したのも、誘拐の実行犯役のグラーシャの部下なのだ。私を森の小屋へ案内してから、町に戻って入手しておいた王室騎士の衣装に着替え、何食わぬ顔で王子のあとをついてきたのよ。


 グラーシャ自身はナサニエルに助けを求めたあと、他の人にも連絡すると告げて、いったん私と合流したの。学園と行ったり来たりよ。悪魔だから人の半分の時間もかからないものの、忙しいよねえ。

 ナサニエルはメイベルの主治医が知らせてくれたと訴えたが、知らされたとされる時間が誘拐発生より前で、矛盾があると一蹴されている。


 取り調べは平行線で、何も進まない。身に覚えはないだろうから仕方ないが、その場しのぎで助かろうっても無駄ね。王子を弑逆しいぎゃくしたのだから。

 私もまさか殺すとは思わなかったわ。やってくれたわねえ。


 私は同じ部屋にいる見張りの兵に、直接ナサニエルと話をしたいと訴えた。何度目かで、聞き入れてもらえたよ。

 グラーシャを部屋に残し、監視に囲まれて取調室へ移動する。ナサニエルが私を目にした瞬間、喜色を浮かべてバッと立ち上がった。アホか。周囲も警戒し、彼の行動を注視している。部屋には取調官の他に、武官が四人ほど。

「メイベル嬢! 俺は君を助けに行っただけなんだ! そうだろう!??」

 必至の形相で、私に同意を求める。

 私は目を閉じ、静かに首を横に振った。

「犯人は、確かにナサニエル様の家の紋章を付けていました。私は恐怖のあまり気を失ってしまって、意識を取り戻したらナサニエル様とエイドリアン様が争っていたんです。そして……ナサニエル様が、エイドリアン様を……」

「……メイベル嬢……、俺は君を誘拐していない……」


 ナサニエルの呼吸がせわしくなる。声が震えていた。

「ナサニエル様、罪を認めてください! 誘拐といっても、乱暴にされたわけではないですし。きっと、理由があったんですよね?」

「違う! 俺は君を誘拐なんてしない! どうして信じてくれないんだ!!?」

「でも……殿下を殺したのは事実です。誘拐はともかく、王族殺しは一族にるいが及ぶ、大罪です。せめて素直に認めて、慈悲をうしか……」

 誘拐の疑惑を晴らしたいみたいだけど、それだけ無罪になってもなあ。取調官も、他の人たちも口を挟まず、私たちのやり取りを見守っていた。


「……王族殺し……。そんな……。俺は、君のために、どんな願いも聞いたのに……。こんな結果になるなんて……」

 やっと現実を直視したのか、ナサニエルは力なくイスに腰掛けた。視線は正面を見ているようで、何も映していない。

 ふふ、あと一押しね。

「でも、願いを聞いたって言っても、ナサニエル様が勝手にされたんですよね? エイドリアン様の覚えが良くなるように」

「ふざけるな! 君だって宝剣を持ち出して、アデライン嬢に罪を着せたじゃないか! 自分だけ、潔白のつもりか!??」


 憎しみの視線がメイベルをつらぬく。

 ……言った。ああ、ついに言わせた!!!


「……もしや、アデライン・レッドラッシャー侯爵令嬢が斬首刑にしょされた、宝剣盗難事件の真相か!!???」

 取調官が血相を変えて、ナサニエルの両肩を掴んだ。解決済みの重大事件への唐突な自白に、室内がざわつく。

「ああそうだ! メイベル嬢に頼まれて、俺が守衛のフリをして交代したんだ。当番のヤツに聞けば、交代時間が少し早かった、と証言するはずさ!」

「なんてことだ……。メイベル・ライト嬢、貴女も容疑者として拘束する!」

 取調官が宣言し、監視兵が私にいっそう近づいた。


「あはははは……、ははははは! やっと白状したね! これでアデラインの無実が証明される!!!」

 興奮しすぎて魂が離れそう。メイベルの声と私の声が合わさって室内に響いて、ちょっと不気味だ。

「メ、メイベル・ライト……嬢?」

 拘束しようとした監視兵が躊躇ちゅうちょし、この体に触れられずにいる。

 私は部屋にいる一人一人を眺めてから、ナサニエルに視線を戻した。喜びに満ちた私の顔に向けられる、戦慄の眼差し。

「……アデライン・レッドラッシャーは、地獄の底から潔白を主張する! 何度でも! 全てが明らかになり、名誉が回復するまで!!!」

 両手を挙げて高らかに宣言した。同時に魂が抜け出しちゃったよ。

 体がガクンと倒れ、近くにいた監視兵が慌てて支えた。床に倒れずにすんだわ。


 また私が入る前に、メイベルの体がピクリと動き、瞼が開く。

「……え、ここは……? あなたたち、誰ですか? あ、ナサニエル様! どうなってるの、私の部屋じゃないわ……???」

 グラーシャが魂を奪った、本物のメイベルだ。返したのか。状況についていかれず、辺りを見回して首をひねっている。

 せっかく得た体を失ったなぁ。仕方ないか、あの体に入ってても、キツい取り調べと、極刑かそれに準ずる刑罰を受ける未来しかないだろうからな~。

 私は魂だけで、グラーシャの隣へ戻った。壁を抜けられるから楽ちんよ。


「メイベル嬢? メイベル嬢……だな?」

「もちろんよ、どうしたっていうんですか?」

 ナサニエルが彼女を頭のてっぺんから爪先まで、無遠慮に凝視する。メイベルはまだ不思議そうにしていた。

「何故ここにいるのか、覚えていないのか……?」

「……覚えているも何も、私は高熱と悪夢で部屋でずっと寝て……」

 思い出したみたいね。顔色がさあっと悪くなった。

「メイベル嬢……?」

「……アデライン……。アデラインが部屋に来たの! 首が取れているのに、生きているのよ! あの女はおかしいわ。ナサニエル様、アデラインを捕えてください! そうだ、エイドリアン様にも伝えないと!」


 斬首されたアデライン。メイベルの目の前で殺された、エイドリアン。

 二人の名前を呼んで取り乱すメイベルに、誰も声をかけられなかった。反応がないナサニエルの両袖を掴んで揺さぶり、恐怖に震えながら訴えかけるメイベル。

 

 これ以上、私がする必要はないね。全てつまびらかにされるでしょう。

 メイベルも捕えられ、尋問が始まる。

 エイドリアンは宝剣盗難事件について、これ以降は『自分が一人でやった』と、何度聞かれても主張を崩さなかった。亡き王子の名誉を汚さないためか、惚れた女への最後の手向たむけか、はたまた最後の最後で騎士の矜持きょうじが生まれたのか。彼にしか分らない。

 アデラインの姿を宝物庫の近くで目撃した、と偽証した魔法庁長官の息子は、アデライン処刑の日から部屋に引きこもり続けていた。今回の顛末てんまつを耳にして、ついに偽証だったと自白したそうだ。


 新事実に現場が混乱している隙に、私とグラーシャは城の外へ出て、町を歩いた。行くあてはない。

 呼ばれて地獄から人の世界にくると、どういうわけか相手の願いを叶えなきゃ強制送還されちゃうのよね~。これで留まるなり帰るなり、好きに選べるわ。

「解決だねえ。さすが目的のためなら手段を選ばない、多くの血でその手を染めた復讐代行人、サラ・ウィティカー」

 グラーシャがいたずらっぽく笑う。

「大昔の話よ。それより体がないとなあ……」

 今の私は魂だけで、ふよふよと漂っている。新鮮な死体が欲しい。

「いやあ、真っ逆さまに地獄へ落ちた極悪人が、人の願望に呼ばれて脱獄するものだから、一時は焦ったよ。いい魂と契約できたし、結果オーライだ」


「アデラインの魂を気に入ったの?」

 私は生きている間に人を殺しすぎて、地獄の牢に押し込められてたのに。牢番と賭けポーカーしたり、抜け出して火の川を飛び越える遊びをしたりしてたな。ずるいじゃん、アデラインはいい魂なのかー。

「私じゃないよ。女大悪魔であるプロセルピナ様から、引き取って侍女教育をしたいと申し入れがあってね」

「あの悪魔ひとね、礼儀正しいのが好きみたいだったもんな。貴族令嬢ならピッタリだわ。あ、おあつらえ向きに死にかけが!」

 町外れの路地から、ボロボロの服と痩せた身体の若い女がフラフラと姿を現した。どこかから逃げてきたのか、ツヤのない赤い髪は適当に切られていて、見える皮膚には傷の跡がいくつも残っている。


「た……すけ……」

 女はそれだけ絞り出して倒れ、動かなくなった。限界ね。魂が離れそう。

 ちょうどいい、私は魂が剥がれていく体に入った。記憶がゆっくりと、さざ波のように頭に流れる。

 彼女は幼い頃に連れ去られ、そのまま売られて奴隷として生活していた。ろくな食事も与えられず、殴られ、怒鳴られて家事などの仕事をさせられ、今まで生きられたのが不思議なほどだった。


『幸せだった頃に帰りたい』


 願いが心臓にこびりつく。あれ、これも叶えなきゃならないの?

 子供に頃になんて戻れないのに!

「……え~……、どうしたらいいわけ?」

「家族でも探す?」

「そうねえ……」

 他国へ行きたかったのに、中断しなきゃ。まずは関係者を洗って、家族を探して。それからね。

 町に戻ろうときびすを返した。繁華街に近くなると、通る人も多くなる。人身売買とかしてそうな店、ないかなー。簡単に見つかるわけないか。

 面倒だな、と考えていたら、唐突に声をかけられた。


「……まさか、サンドラ……?」

 相手は赤茶色の髪の貴族だ。あれ、牢の中と斬首のあとに話しかけてきた、ラファティ・ケンドリックじゃん。

 サンドラ、サンドラ……。この身体の持ち主の名前かな。子供の頃に連れ去られてから呼ばれていないので、どうも記憶が曖昧だ。

「えーと、あなたは……」

 とりあえず知らないフリしよう。声が掠れる、のどが渇いて張り付きそう。


「俺はラファティ・ケンドリック。君の兄だよ! ああ、こんなになって……。辛かったろう。生きていてくれてよかった……!」

 泣きながら抱き締めてくる。

 あー! アレだ、幼い頃に誘拐されて帰ってこなかった妹! そのまま売り飛ばされてたのか! 体が疲れ切っていて、反応するのも億劫だなあ。

 グラーシャが咳払いをする。

「え~、ゴホン。サンドラさんは捕えられていた場所から必至に逃げだし、極度の疲労と栄養失調の状態です。まずは食事と、ゆっくり休める場所を提供してください」

「あれ、君は……メイベル・ライト嬢の主治医では?」

 ラファティはようやく、グラーシャの存在に気づいた。グラーシャが頷く。

「彼女は重犯罪者でしたので、主治医はお役御免です。町を去ろうとしたところ、行き倒れ寸前のサンドラさんを見つけて、保護するところでした」


 いや行き倒れたよ、手遅れよ。

 ま、早くもサンドラの願いを叶えられそう。しばらく世話になって、のんびり療養しよう。あとのことは、健康を取り戻したら考えるか。

 

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処刑前日の婚約破棄令嬢に憑依しました 神泉せい @niyaz

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