第3話 誘拐事件

「メイベル、体調はどうだい?」

「エイドリアン殿下、もう元気です~」

 バカのフリが難しい。アデラインの時と違って、魂を迎え入れられたわけではないから、メイベルの記憶は断片的に、しかもうっすらとしか流れてこない。でもそれで良かったわ。全部見せられたら、脳がバグる。


 メイベルの治療と称して体に入ってから、メイベルのフリをして生活しつつ、王子に近づいて宝剣盗難の真相を探った。

 王子は同年代の側近を使い、宝物庫の守衛にふんして少し早めの時間に交代させ、側近が守衛をしている間に宝剣を持ち出した。そして交代時間にやってきた者と、何食わぬ顔で交代をしたのだ。

 そして宝剣を自室に置いてアデラインを呼び出して濡れ衣を着せ、宝物庫の近くでアデラインの姿を見た、と偽証もさせた。


 こんな感じだ。よくまあ、宝物庫からバレずに持ち出したものだ。

 偽証と守衛に扮したヤツに真実を証言させれば、アデラインの無実の証明になりそうだ。私は適当に王子をあしらいつつ、タイミングを待った。

 学園に商人を呼びつけて買いものしたり、学園の食堂の個室でお茶をしたり、庭を散策したり。メイベルの記憶では町に繰り出していたが、王子は何かを恐れて、城へ行く以外で学園の外へ出ようとはしなかった。

「ではまた明日」

「は~い。寮まで送っていただいて、ありがとうございました!」

 女子寮の前で別れる。あちらは護衛付き。

 毎回のように同行する同学年の騎士団長子息ナサニエル・フォーデン。あれが例の、守衛のフリをしたヤツだ。覚えたぞ、若草色の髪に緑の瞳。


「いやあ、学生姿が似合ってますね」

 連中の姿が見えなくなるのを見計らって、声をかけられる。悪魔グラーシャ・ラボラスだ。

「……そろそろ行動しましょうか」

「待ってました。私も飽きたところだよ」

 優男のようで、にやりと笑う表情はやはり悪魔だ。妙な凄みがあるな。

「ところでさ、どうやって学園に潜り込んだわけ? 関係者以外は入れないでしょ」

「君の主治医として、学園に出入りする許可をもらったよ」

 それでたまに、学園の敷地内で会ったんだ。なるほど。じゃあ私に会わないと、逆に不自然だわね。


 次の日、私は町へ出かけた。主治医を名乗るグラーシャも一緒に、設備の整った病院で健診を受けるためだ。大病から回復して一ヶ月、良いタイミングよね。

 そこで事件が起きる。人気の少ない場所で、私ことメイベルが誘拐されるのだ!

 私は誘拐犯に山小屋へ連れていかれ、からくも逃れたグラーシャは、学園にいる殿下に伝えに走った。


 山小屋で縛られて待っていると、まずナサニエル・フォーデンが騎士を連れて到着した。彼らは外から小屋の中や周囲を注意深く見回して、私以外に誰もいないことを確認してから、ゆっくり、音がしないように扉を開いた。

 最初に騎士の一人が顔を出す。

「……やはり人質だけです。犯人の姿がありません」

「……油断した隙に襲うつもりだろうか? 小屋の中を調べよう、誘拐して放置するのもおかしな話だ」

 ナサニエルの言葉で、騎士の半数が小屋に入って内部を捜索し、残りは外を見回った。もちろん私しかいない。彼らは襲撃に備え、武器を手にして物置や積まれた荷物の裏、藁の下まで、誰か隠れていないか捜索した。

「……彼女は意識を失っているだけですね。見たところ、大きなケガなどはないようです」

 一人が私の状態を目視で確認する。話しかけられても面倒なので、気絶したフリをしているよ。

「そうか、良かった……。まずは縄を解くんだ。メイベル嬢、目を覚ましてください」

 ナサニエルが私に呼びかけ、部下が縄を解こうとした、まさにその瞬間だった。


 エイドリアン王子が到着したのだ。

 ナサニエルたちは罠を警戒して、武器を手にしたまま小屋の中を慎重に調べていた。お陰で解放する直前の、いいタイミングになったわ。

 状況に困惑している王子が尋ねるより早く、配下が大声で詰問きつもんする。

「ナサニエル様! 何をなさっているのです? まさか、ナサニエル様がメイベル・ライト嬢をさらったのですか?」

 この男はグラーシャの配下なの。上手く王子の護衛騎士の衣装を手に入れて、まぎれたようね。


「バカな、俺は彼女を救いに来たのだ!」

「……そうだな、ナサニエルは騎士になるのだ。誘拐などするわけがない」

 王子はナサニエルを信用しつつも、片隅に疑いを芽吹めぶかせていた。グラーシャの配下が、さらに質問を続けた。

「助けにきたのなら何故、ここで戦闘をした形跡もないのですか? 貴殿らの他、誰もいた様子がない。……誘拐犯は本当に存在したのですか?」

「俺たちが到着した時には、もう誰もいなかったのだ。小屋を捜索したが、人影はなかった」

 ナサニエルの必死の弁明も、下手な言い訳にしか聞こえないね。

 王子の戸惑う表情が、どんどん曇っていく。疑いは綿のようにつもり、徐々に岩の硬さを得る。そしてその者の中で、頑強な真実となる!


「ライト嬢に好意を寄せていた貴方が、彼女を手に入れるために画策かくさくした自作自演ではありませんか?」

 疑惑をかけられ、ナサニエルは手振りを加え必死に否定した。

「違う! 俺は殿下と彼女を本当に祝福して」

「ナサニエル……私を裏切ったのか!!!!!」

 エイドリアン王子がナサニエルの言葉をさえぎった。小屋の中はしんと静まり返る。

 私はやっと気がついたという風に、大げさに辺りを見回した。気絶のフリも楽じゃないわ~。


「ここは……どこですか? 私はどうしていたの? あ、殿下? ……殿下、助けてください……!!!」

 柱に縛りつけられているから、動けないわ。わざとらしく足をバタバタさせる。頭で蝶がフラフラしているような、間抜けな言動をしなけりゃいけない。

「メイベル! 今助ける!!! すぐに彼女を解放するんだ!」

 すっかりナサニエルを敵だと見なした王子は、強行手段に出ても救出するよう命令した。ナサニエルと、彼と共に行動した騎士たちは戸惑うばかりだった。誘拐犯と間違えられ、しかも相手は王族なのだ。

 その上、彼らは致命的なミスを犯していた。

 最初に鞘から抜いた剣を、そのままにしていたのだ。王族を前に、誘拐犯の疑いをかけられる慣れない状況で、呆然としてしまい、誰一人として納刀するものはいなかった。


「殿下、お気をつけを! 彼らは戦意を失っておりません!」

 グラーシャの配下ってば、いい働きをしてるじゃん。最大限の疑いの言葉を、確信として話す。

 彼が剣を抜くとナサニエルの部下たちは構え、大きく振りかぶって斬りつければ、一人が剣で防いだ。

 ついに斬り結んだのだ! こうなれば、あとは戦闘に突入するだけ。

 狭い小屋の中は混戦状態になった。一人、また一人と倒れ、横たわる人を踏みつけて戦いが続く。

 外を警戒していたフォーデン家の騎士も、唐突に開始された戦闘に訳も分らぬままに加わった。若い騎士が多いし、ナサニエルが当主の許可なく動かせるのは、見習いとか、新米騎士だけなのかも知れないわね。熟練の騎士だったら、敵を見極めずに戦闘に加わりはしなかったろう。


 王子は挟み撃ちになる形だったが、さすがに王族の護衛は強い。入り口を通るタイミングを狙ったりして、確実に倒していく。

 ついにナサニエルの部下が三人になり、剣を置けばいいものを、彼は焦りからか無闇に目の前の敵に斬りかかった。

「く……、うわあああぁ!」


「いやー、見事な同士討ち。大成功だね。ほーら戦え~」

 グラーシャだ。のんきな声で開け放たれたままの扉から入ってきて、ただ状況を眺めていただけの王子を突き飛ばす。

 小競り合いとはいえ初めて戦いの指揮を執っていた王子だが、後ろにも周囲にも全く注意を払っていなかった。唐突に押され、よろけて前へ出てしまう。倒れていたフォーデン家の騎士につまずき、まさにナサニエルと対峙していた護衛の背にぶつかった。

 いくらいくさ慣れしていないからって、指揮官が情けないなあ。緊張のあまり逃げ出して自滅してしまう、集められただけの初陣ういじんの兵と変わらないわ。


 騎士の背に横向きに倒れこみ、同じく前方に集中していた騎士は前屈みになって、大きく一歩踏み出した。さすがに倒れるほど体制は崩さない。

 しかしそこに、ナサニエルの剣が斜めに振り下ろされた。

 もたれかかる王子がいる方へ。

「で、殿下……!」

 ナサニエルが手を止めようとした。平時ならともかく、感情のままに振られた剣だ。剣の勢いと重みですぐに持ち主の意には従わず、わずかに肉を斬って止まった。


「殿下! ……王族に傷を負わせるとは! 反逆罪だ、捕らえろ!!!」

 ぶつかられた騎士は、王子を床に寝かせて傷を確かめながら叫んだ。

「お、俺は……そ、そんな、つもりは……」

 ナサニエルの剣が手から滑り落ちる。床に血が点々と飛び散った。

 あまり深くない傷なのに、血が止まらない。運の悪いことに、剣は首筋を斬っていた。

 ……あれはもう、助からないな。

 私は冷めた目で見下ろしていた。王子は首を手で押さえてうめいている。

「ひゅー、ひー……。た、助けてくれ……、メイベル……」

 私に助けを求めるなよ、本末転倒じゃん。そもそも誰も私の縄を、ほどいてくれないんですがねー!


「早く医官を連れてこい!」

「血を止めるんだ」

「コイツらは一人も逃がすな!!!」

 王子の部下が叫び、慌ただしく動き回る。縄はグラーシャがほどいてくれた。人質を先に奪還してよ、もう。

 外から声が聞こえてくる。グラーシャが王子を寄越したあと、応援を呼んであったんだよね。王子だけに知らせるのも、体裁ていさいが悪いし。


 ナサニエル一味は捕縛され、怪我人は治療院へ送られた。

 これから事情聴取ね。

 エイドリアン・グリーンハルシュ第二王子の訃報がもたらされたのは、私が城に連れていかれて間もなくだった。

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