「天ヶ瀬皐月は馴染まない」-⑯
◇◇◇
「宣誓、我々生徒一同は――」
生徒会長の選手宣誓がグラウンドに響き渡る。
5月下旬、ついに迎えた体育祭本番。前日、前々日と休養に当てたこともあり、私の体調は完璧だ。中学時代に培った体調のケアがここで活きている。今の私は絶好調とも言える。
天候も晴天。まさに体育祭日和というやつだ。グラウンドに集まった全校生徒は、意外とやる気に満ちている。
一年生の頃は、入学して一ヶ月半ということもありあまりよく分からなかったし、そもそもやる気がなかったので知る由もなかったけど、麗女の体育祭は結構盛り上がるらしい。運動が得意じゃない生徒が多いから、怠いという人が多いのかなと思っていた。だが実際は一年の中でもはっちゃけることのできる数少ない一日ということで、皆伸び伸びと参加するんだとか。
それと、体育祭で活躍した生徒は結構注目されるとか。去年の三年生に国体出場レベルの人がいて八面六臂の大活躍をした生徒がいて、その人は後日めちゃくちゃにモテたとか。令嬢の多いこの学校では、同性間の浮足立った話は珍しい。けれど、何だかんだ言って令嬢でも年頃の女の子だし、同性でもかっこいい人に好意を抱くのはあり得る話なのだろう。
そういう意味では私は活躍の目がある。ただ、モテはしないだろうなぁと思う。モテても困るけど。私は外部入学生だし、かつては落ちこぼれだった。更に言えば孤立していた。そんな人間が体育祭で活躍したところで特に変わるとは思えない。
「さぁー、皆! ウチら2組の底力、見せてやるぞー!」
クラスの体育祭リーダーである新藤さんが燃え上がる闘志を見せながら右手を高らかに掲げる。
『おー!!!!』
それに続いてクラスメイト達も腕を掲げる。私もそれに続く。
クラスメイト達も結構やる気というか、普段の堅苦しい勉強から解放される一日だからかテンションが高い。運動するたびにこの世の終わりみたいな顔をする中江さんも、戸鞠さんの横でニコニコしている。
もしかしたら、これが皆の素なのかもしれない。進学校のハイレベルな授業や、それについていくための予習と復習。そして水面下で行われる駆け引き。それらを全て忘れることができるこの体育祭は、ある意味で麗女のオアシスなのかもしれない。
「さて、最初の競技は障害物競走! ウチが先陣を切ってくるとするよ!」
「そしてその次は玉入れ! ウチら2組の全力見せるぞー!」
『おー!!!!』
それにしたって皆テンション高すぎるでしょ。私は最近できるだけ周囲と交流するように努めてはきたけど、こんなハイテンションなクラスだとは思わなかった。
でも、それは決して悪い事ではない。私もこの喧騒に溶け込んでいこうと思う。
「見事、障害物競走で勝利を勝ち取ったのは2年2組、新藤茜選手です! 新藤さん、今のお気持ちは?」
「みんなー! 勝ったぞー!」
障害物競走は新藤さんの圧勝だった。陸上競技やっていたのかと思う程の速さだ。
何より、障害物競走というものをよく知っている走りだ。障害物を飛び越えるときの高さがハードルのギリギリ。高く飛ぶとぶつかる可能性は減るけどその分失速する。だから陸上選手は本当にギリギリのラインで飛ぶ。新藤さんはまさにそんな感じだった。陸上選手としてもやっていけるんじゃないだろうか。
放送部によるインタビューを受けた新藤さんはぐっとガッツポーズをして、私たち2組のいる場所へ向けて勝利の宣言をした。
「いえーい! あかねんさいこー!」
「新藤さん、すごいよー!」
戸鞠さんは跳ねるように喜び、愛染さんも笑顔で新藤さんの勝利を讃えている。私もその運動能力に感嘆し、拍手を送った。幸先のいいスタートだ。この調子でいきたい。
「ふふっ。ね、皐月ちゃん、楽しいね」
「うん。体育祭がこんなに楽しいなんて知らなかった。愛染さんのおかげだよ」
私が今、こうしてここに立っているのは愛染さんのおかげだ。愛染さんと一緒に、この体育祭を楽しみたい。その願いが今、叶っている。それが心の底から嬉しくて、正直泣きそう。もちろん、いきなり泣くのも恥ずかしいので頑張って耐えているけど。
「わたしも。皐月ちゃんと一緒の体育祭、とても楽しい」
私たちは笑顔で見つめあう。割といつもこんな感じのやりとりをしている気がする。けれどもそれは私たちにとってはいたって自然な事でもあるんだけど。
「おーい、二人とも。イチャイチャしてないで玉入れ行くよー!」
「い、イチャイチャなんてしてないよ! もー、戸鞠さん!」
「あはは! みのりん、さっちんの事大好きだもんねー」
「も、もー!」
私たち、客観的に見たらいちゃついているのか。普通に仲のいい友達同士のスキンシップみたいなものだと思っていた。そう考えるとなんかとんでもなく恥ずかしい事をしているんじゃないかと思ってしまう。とはいっても、これが普段の私たちだし、変に意識しすぎてぎこちなくなるのは寂しい。何より、私は全く持って嫌だとも思っていないのだから。
「…その、私は別に嫌じゃないからね」
「へっ?」
「あ、えっと…周りから見たらそうなのかもしれないけど、私はいつも通りに接してくれる方がいいから」
「…うん!」
愛染さんは笑顔で私の手を取り、玉入れのために移動しているクラスメイト達の方へと駆けていく。うん、やっぱり普段通りが一番だ。
玉入れは僅差で私たち2組が勝利した。1組との点数の差はたったの3点。3組とも4点しか差がなく、各クラス本当にギリギリの戦いだった。
意外だったのは、この玉入れで中江さんが大活躍していた。投げ方は完全に素人…運動が苦手なんだなとよくわかるぎこちない動きなのに、何故か玉が吸い込まれるように入っていく。私や新藤さん、戸鞠さんもそれなりに点は入れていたけど、中江さんのこの動きから一番点数を取れるとは誰が思うだろうか。
「しょーちゃんすごー!」
「いやぁ、中江さんがここまでやるなんてね。ウチもびっくり」
「わ…私も何でこんなに入れられたのか、分からないけどね…」
体育祭は運動が得意な人だけでなく、意外な活躍も見られるという事なのだろうか。実際、愛染さんもそこそこ成功していた。クラスの皆で勝ち取った勝利は、思っていた以上に私も嬉しく感じる。
それから午前の部はつつがなく、そして白熱しながら進んでいく。200m走と綱引きはどちらも2位で終わった。200m走担当の戸鞠さんはめちゃくちゃ悔しそうにしていた。綱引きまでが終わり、2組はギリギリの1位。1組や3組との差は僅かで、種目ごとに順位が入れ替わってもおかしくない。そんな接戦だからか、皆のやる気がすごい。
そして、午前最後の種目は1000m走。つまり、私の出番だ。
体調に関しては絶好調なんだけど、私には不安要素がある。思っていた以上に競技中は視線を感じるのだ。全校生徒が参加しているし、何なら観客もいる。
生徒の家族はこの体育祭の見学が可能だ。つまり、結構なお偉いさんが来ている。もちろん、親御さんは多忙な人が多いだろうから全員が参加している訳ではない。けれど、ちょくちょくテレビで見たことがあるような人もいる。
また、お昼と体育祭後は親御さん向けの立食パーティーがあるらしい。体育祭を親御さんの社交の場として使うのはどうなんだろうって思うけど、まぁ麗女らしいといえばらしい。
ちなみにウチからは誰も来ていない。お母さんは多分テンション上がりまくって応援するだろうから恥ずかしいし、お兄ちゃんには絶対来ないでと言った。お兄ちゃんが来たら風紀が乱れかねない。お兄ちゃんは皆に優しいし人当たりもいいし、顔も結構かっこいいと思うので多分モテる。それはよくない。あと、やっぱり家族に見られるのはちょっと恥ずかしいのだ。
何が言いたいかというと、様々な人の視線を感じるせいで、身体がこわばるのだ。特に男性の目線。生徒たちのお父さんも見学に来ているので、どうしても視線を感じる。
今までのクラス全員で行う競技は視線が分散していたからいいものの、個人競技は一度に走る人数が少ない。となると、かなりの視線を感じて、少し身体が震える。
1000m走参加者の待機列に向かう前。私は深呼吸をする。身体の震えからか、上手くできた感じがしない。身体は絶好調なのに、心が乱れている。
「…皐月ちゃん、大丈夫…?」
そんな時に、隣にいた愛染さんが心配そうに私に声をかけてきた。
「ん…多分」
「緊張してる?」
「そう…かも。ちょっと人の視線がね」
愛染さんにはすべての事情を話してはいないけど、人混みというか、そういったものが苦手であるという事は話している。この体育祭はまさに人混みに近い。だから心配してくれているんだろう。
「…無理しないでね」
そう言うと、愛染さんは私の手を取り、両手で包む。
「…あ」
不思議と、心の乱れというか、呼吸が落ち着いてくる。愛染さんに手を握られた。ただそれだけで。そう、愛染さんの手は、私の心を落ち着かせて、癒してくれる。
「…愛染さん、もうちょっとだけ、こうしていてほしい」
「え? う、うん…頑張ってね、皐月ちゃん。わたし、たくさん応援するから」
愛染さんは握った手を自分の頭部に近づけ、そして額に当てる。祈るかのように。
きっとこれは周囲にも見られているだろうけど、そんな事お構いなしといわんばかりに、私の心は今、愛染さんに向いている。
何だか、勇気を貰っているような、そんな感じ。
「…うん、ありがと。愛染さんのおかげで頑張れそう」
「ふふっ、良かった。じゃあ、頑張ってね!」
「うん」
私たちは手を振りあい、そして私は1000m走参加者の待機場所へと向かう。
その最中、新藤さんと戸鞠さんはまるで応援団のように身振り手振りを交えながら私を送り出していた。その光景が面白くて、つい笑ってしまう。
「…ありがとう。頑張ってくるよ」
そう呟いて、私は待機場所へと移動した。
「来たわね、天ヶ瀬皐月」
1000m参加者の待機場所、そこで待ち構えていたのは財前さんだった。腕を組み、自信に満ち溢れた表情で私を見ている。
「そりゃあね、私も参加者だし」
準備運動はしてきた。愛染さんから元気も貰えた。周囲の視線が全く気にならないと言えば嘘だけど、今の私ならきっとできる。そんな自信があった。
「この間のリベンジをさせてもらうわ。私に助言した事、負けて後悔する事ね」
なんというか、めっちゃ悪役というか、かませ犬みたいな事を言っている気がする。流石に本人には言えないけど。
「私だって負ける気はないよ」
「じゃあ、賭けをしましょう?」
「賭け?」
財前さんは私を挑発するように、そんな提案をしてくる。本当に負ける気が無いんだなと思う。
「そう。私が勝ったら、私のものになりなさい」
「…え?」
もの扱いされてしまった。というか、何で私を手に入れたいと思うのだろう。財前さんは少なくとも、いじめとかをするようには見えない。なので、下僕みたいな扱いはしてこないだろうとは思う。
「私の専属メイドとして働きなさいな。私、意外と貴女の事を評価しているのよ」
評価してくれるのは嬉しいんだけど、だからといって私をメイドにしようとするのは中々ぶっとんでいないだろうか。というか私、メイド服は着たくない。絶対似合わないと思うし。愛染さんは似合いそうだなと思う。あんな可愛いメイドさんがいたら幸せだろうなぁと思う。
「何でメイドなのさ…というか嫌だよメイドは」
「あら、勝てばいいじゃない。まさか、負けるなんて考えているのかしら?」
む、最初に会った時みたいな安い挑発だ。でも私はそんな安い挑発と分かっていてもつい反応してしまう。
「負ける気なんてないけどね。私が勝って、午前は2組が一位を貰うから」
「ふふっ、やってみなさい」
なんというか、財前さんは悪役令嬢が似合いそう。本人に言ったら叩かれそうなので間違っても口に出さないようにはしている。
「じゃあ私が勝ったら一つ言う事聞いてよ。負けたらメイドになれって言うんだから、こっちも勝った時のリターンがほしい」
「いいわよ。何かしら?」
「じゃあ…私が勝ったら、友達になってよ」
「…はい?」
私と財前さんは、案外波長は合うと思っている。とは言っても、財前さんは愛染さんをライバル視しているからあまりこちらに絡んでくることはない。それはジムに他の人がいるタイミングで会った時もそうだ。
私個人的には、財前さんとももう少し話せたらなぁとは思うのだ。もちろん、私の立ち位置をよくするためとかではない。そもそも私が立ち位置がよくなった所でそんなに大きなメリットはないと思っている。極論、愛染さんがいてくれればそれでいいのだ。
でも、私は学校生活を楽しみたいと決めた。財前さんと私は今はライバル関係で、こんな感じで挑発されたりはしているけど、お互いに嫌悪感は無いと思う。個人的には普通に友達になれそうな気はするのだ。
「友達。ちなみに打算とかそういうのは無いから。お互いに遠慮のない、裏を考えなくてもいい友達」
「……」
もちろん、財前さんが私と友達になったら愛染さんのように裏で周囲に何か言われる可能性はある。だからこそ、私が1000mで勝ったらという条件を付けた。
私は家柄も勉強も財前さんには勝てない。少なくとも、家柄は不可能だ。勉強は可能性はゼロではないけど、愛染さんに勝つために全力で勉強している財前さんに今から勝つのは難しい。
けれど、運動に関して言えば私は勝利の目がある。もちろん、ストイックな財前さんの事だから、この1000mで私に勝つためにトレーニングをしてきたんだと思う。でもそれは私も同じだ。つまりは、この勝負は対等だということ。そんな勝負に私が勝った上で財前さんが私を認めてくれれば、多少は周囲の目も和らぐかもしれない。もちろん、財前さんの評価が落ちてしまう可能性はある。なので、財前さんにとってはあまり良い話ではないかもしれない。
それでも財前さんは受けるだろう。何故なら私と財前さんはそのあたり似ていて、私なら受けるからだ。
「分かったわ。それでいきましょう」
ほらね。
「じゃあ、そういうことで。お手柔らかに…いや、全力で競い合おうよ」
私たちは視線を交わし、グラウンドに向かう。私たちの本気の戦いが、これから始まるのだった。
次の更新予定
2025年1月7日 18:06
天ヶ瀬皐月は付き合わない かなめ @kaname_1011
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