最終話 この異世界でまた君に会えたから

 それから数週間が過ぎたある日、病院前の芝生では、昼休憩となったジャポニがラビと一緒に寝転がっている。

 そこへ偶然通りかかったケンセイ。

 彼は、いまだジャポニに正体を名乗らないままであった――。



「あ、ケンセイさん……。お久しぶりです」

 ケンセイはラビに見つかり、その鳴き声でジャポニが気づいた。

「あ、ああ、ジャポニ殿か。休憩中かな? 私に構わず続けてくれ」

 恥ずかしそうに逃げようとするケンセイに、ジャポニは横の芝生を手でポンポンと叩きながら声をかける。

「こちらに座って少しお話ししませんか? ご迷惑でなければ」

「え! わ、私に言ってるのか?!」

「僕の目の前には、ケンセイさんしかいませんが」

「そ、そうだな! えっとぉ、いや、まあ、それでは少し失礼するか……」

 その後、お互い緊張してしばらく沈黙となったが、ジャポニが先に口を開いた。


「あの……。ケンセイさんは、犬、好きですか?」

「え? 犬? あ、ああ、好きだ」

「僕の大切な人も、犬が好きなんですよ」

「た、大切な人?! そういう相手がいるのか……」

「ええ、ずっと好きな人です。今、ケンセイさんを見て嬉しそうにしているラビを見ていて、その人が犬好きだったことを思い出しましてね。今はもう飼ってないのかなぁ」

「なんだ、知らないのか?」

「はい。今はその人と会えないから、わからないんです」

「どうして会えないんだ?」

「実は、その人が僕と会うのを嫌がっているようで」

「……嫌がってる? なぜ?」

「わかりません」

 ジャポニはそう言った後、ケンセイの顔をじっと見つめ、そして質問した。


「なぜだと思いますか?」


「な、なぜ、私に聞くのだ!」

「その人とケンセイさんがとてもよく似ているのです。だから参考までにご意見聞かせていただければと思いまして……」

「いや、しかし、そんなこと私には見当が――」


「僕のことが嫌いになったのでしょうか」

「え? それは違うだろう……」

「それじゃぁ、他に好きな人ができたとか」

「そ、そんなわけがない!」


「ふふふ……」

「な、なにがおかしい?!」

「い、いえ、すいません。でも、自分のことのように答えてるから」

「え? いや、違う! 推測で答えただけだ」

「……そうですか。では推測で結構ですので、理由はなんだと思います?」


「そ、それは……」

「それは?」

「それは、会うと君を悲しませると思っているからではないか?」

「僕が悲しむ……。なぜ? どうして僕が悲しむのですか?」

「だってそれは……。い、いや、わからん! 推測で言っているだけだ! 本人を見つけて聞けばいいだろう」


「そうですね。そうしましょう。実は先日やっと見つけたんですよ……」


 ケンセイをじっと見つめるジャポニ。

 そしてケンセイは、急激に鼓動が早くなる。


「み、見つけたって、どうやって……」

「この前、僕、その人に強く抱きしめられましてね。その感じでわかったんですよ。ああ、この人がそうだったのかって。どうして今まで気づけなかったんだろうって」


 ケンセイはなにも言えないまま目を反らした。


「その人はずっと近くにいた人で、僕のことに気づいていたようです。それなのに僕に会おうとしてくれない。なにがあったのかわからないけど、でも僕は……その意思を尊重しようと思います。でも……理由はやっぱり知りたいです」


「……そいつのことは早く忘れるべきだな」

「忘れて欲しいのですか……」

「早く忘れて新しい人を探した方がいい。どうしても結ばれない恋というものもある」

「それはなぜ……」

「君は優しい人だ。だから尚更、理由は聞かず、このまま会わない方がいいだろう」

 そのとき――。


「それは駄目ですわ!」


 突然後ろから叫ぶ声がする。

 少し離れた公園遊具の後ろ側。

 そこに立つのは、カトレア殿下であった。

 更にその横から、レンカとクックそしてミリタイド大佐もぞろぞろと姿をみせる。


「え?! みんな?! カトレアまで、どうして?」

「ケンセイ様! わたくしたち、二人のことはすべて知っておりますのよ」

「すべてとはどういうことだ?」


 すると、レンカが深く頭を下げた。

「すみません、ごめんなさい! 私が皆さんに全部話してしまいました! でもお二人のためにはその方がいいと思ったんです! 先生もすみません!」

「レンカさん……」


 続けて、ケンセイに詰め寄るミリタイド大佐。

「ケンセイ。事情は聞いたが、やはりここは理由をはっきりすべきではないだろうか。事実を話せない理由を」

「シャロン……。なんのことを言っているのか、私には――」

「逃げては駄目だ! そんなのケンセイらしくない!」


 クックも心配そうに、声をかける。

「そうですね。ジャポニさんはどういう理由であっても大丈夫でしょうから、信じて話してみるべきですよ。ねえ、ジャポニさん」

「クック……」


 そして最後に、カトレア殿下がケンセイに迫るのだった。

「ケンセイ様。わ、わたくしは婚約を解消するつもりはございませんわ!」

「カトレア、私は君と婚約はしてないはずだが……」

「わたくしはしているつもりです! しかし! 理由を話されてみて、ジャポニ様がそれでもということなら……。そのときは少しだけ、考えてみてもよろしいですわ」

「いや、そういうことではないのだ……」


「そ、それなら他になにが問題で?! レンカさんからお二人の悲しい過去をお聞きして、どうすればよいのか悩みました。しかし、ここを避けては皆が前に進めません。どうか真実をお話ください!」

「しかし、どうなる……。真実を話して、どうなるというのだ!」

「いったい、ケンセイ様はなにを悩まれているのか――」


「話したところで、男同士では結婚できないではないか!」


 ――その言葉に全員が絶句する。

 そしてケンセイはついに、思いのたけを話し始めた。


「だってそうだろう! 私が事実を話したところで、私たちが男同士だというのは変えようがない! 彼は優しい男だから、無理してでも男の私を受け入れるかもしれない。だが、そんなことを彼にさせたくはないのだ! 彼に辛い思いはさせたくない! だから、男になった私が彼に会うべきではないと思ったのだ!」

 ケンセイの目に涙が溢れる。


 そして、皆が茫然とする中、最初に口を開いたのはクックだった。

「あの、ケンセイさん? いくら勇者様とはいえ、その勘違いはジャポニさんに失礼では……」


 次にミリタイド大佐が困った様子で声をかける。

「なるほど、そういうことでしたか……。まあ、私もたまに間違われることはありますが……。ここまで、はっきり言われると辛いかも」


 呆れた顔で天を仰ぐカトレア殿下。

「事実とは、わかってみればこんなものですね。ああ、神様! こんな天然馬鹿な勇者様をお許しください」


 皆が言う言葉の意味がわからず、ポカンと口を開けたままのケンセイ。

 するとジャポニは、彼の手を取りそっと自分の胸に押しあてる。

 そして優しく微笑みながら、彼に伝えた。



「僕は女ですよ」


「な、な、なんだとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」



 顎が外れそうなほど驚いているケンセイに、レンカが呆れた様子で声をかける。

「あの、ケンセイさん……。見てすぐにわかりませんでしたか? この綺麗なもち肌、高く澄んだ声、そして長いまつ毛にかわいらしい瞳! どう見てもジャポニさんは女性です!」

「そ、それならどうしてレンカ殿は、彼とお付き合いしていると……」

「いや、冗談です。普通わかります。あれは突っ込むところです。まさか本気にしていたとは……。でも私は百合系も嫌いじゃないのでぇ、先生さえよければ全く問題ないですけどぉ――」


「い、いやしかしだな! ジャポニ殿は自分のことを『僕』と言っていたし、女性の服を着ているのも見たことがない!」

 ジャポニはその言葉に、顔を赤くして恥ずかしそうに答えた。

「だって僕の心は男のままだし、急に『わたし』とか『ですわ』なんて言えないよ。スカート履くのも恥ずかしいし……」


 思い込みとは恐ろしい。

 ケンセイは、ジャポニがとてもかわいい女性にしか見えなくなってきた。


「そ、そうだったのか……。私は男、壮ちゃんは女に転生していたのか。私は今までなにを悩んでいたのだ……」


「ああ、もう馬鹿らしいですわ! 皆さん、もう撤収しましょう。後はお二人でやってくださいな。ねえ、レンカさん?!」

「そうですよ! でも、うまくいかなかったらすぐに言ってくださいね! 行きましょう、大佐!」

「ははは。性別が逆転してもお似合いですよ。ねえ、クックさん」

「そうですね。でも、ジャポニさんの心はゴリゴリの男だったなんて……。知らずに目の前で着がえたりしていたのに……。後でお説教ですね」


 そして二人だけを残し、皆がいなくなった――。



「すまない、壮ちゃん。私が本当に馬鹿だったよ……」

「あははは。もういいよ。僕も理由がわかってよかった」

「そう言ってくれてうれしい……」

「でももし僕が男だったとしても、僕の気持ちを勝手に決めちゃ駄目だよ。僕は性別なんて関係無い。君が美琴さんであることが大事なんだよ」

 優しい表情ではあるが、頬を膨らませ少し怒った顔を作ってみるジャポニ。


「か、かわいい……」

 ケンセイは思わず心の声が口に出る。


「な、なにを言ってるの?!」

「す、すまない! 女性だとわかると、なぜかその……かわいく見えるものだな。うん。こういう壮ちゃんも悪くないな」

「まさか、スカート履けとか、化粧しろとか言わないよね……」

「だ、駄目なのか?!」

「勘弁してよ!」


 笑い合う二人の間に爽やかな風が吹く。そして二人はそっと手をつないだ。


「でも本当にすまなかった。私は表面のことばかり気にして、大事なことを忘れていたよ」

「もう謝らなくていいよ。遠回りしたけど、こうしてまた出会えたわけだし」

「この広い世界で、本当に奇跡だ……」

「うん。そして君の命が助かってよかった。それにベルもね」

 そう言って、ラビを撫でるジャポニ。


「え?! この子はベルなのか?!」

「間違いないよ。だって、ほら。お手!」

 その言葉に反応し、ラビはジャポニの手の平にそっと手を乗せた。

 それを見たケンセイは、ラビを抱きしめ嬉しそうに涙を流した――。



「それで……。この異世界でまた美琴さんに会えたなら、言おうと決めていたことがあるんだ」

「ん? なんだ、壮ちゃん」


「こんな僕だけど、もう一度お付き合いしてくれませんか」


 病院の前に植えられた数本の金木犀。その黄色い花びらが風に舞う。


「と、当然だ! する! するに決まっている!」

「ははは。よかった。ありがとう。本当はプロポーズしてもよかったんだけどね。でも、この世界で出会えたら、もう一度恋人からやり直そうと思ってたんだ。医者として成長した僕を見てもらってから結婚したいって思っていたから」

「壮ちゃんは今でも十分に成長してると思うが……。でも、了解した。そのときを楽しみに……いや、そうか。ということはプロポーズをもう一回してもらえるということか……」

「そ、そういうことだね」


「そ、それは楽しみだ……。結婚したら私は『ケンセイ・クルソー』になれるのか」

「違うよ。この世界でも男性側の姓を名乗るのが多いから、僕の名前がジャポニ・キャ、キャスタ……キャステリア……ハ、ハイル……ハイネストミロードに――って、なんでこんな長い名前になったの?!」



 二人の笑い声、そしてラビの嬉しそうに鳴く声が風に乗る。

 それは金木犀の香りともにその異世界の青い空に吸い込まれていった。


 ―― 完 ――



最後までお読みいただきありがとうございました。

はるなん

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異世界でまた君に会えたなら はるなん @harunan_novel

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